雪を黄色から退ける
野上郁が山あいの無人駅へ着いたのは、午後十一時を過ぎてからだった。雪で列車は止まり、ホームの点字ブロックまで白く埋まっている。
待合室には、郁と同年代の女性、それから杖を持った年配の女性がいた。始発は除雪が終わり次第だが、作業員が来るのは朝になるという。
若い女性は物置脇に立てかけられた雪かき棒を見つけ、ホームへ出ようとした。
「それ、鉄道会社の仕事でしょう」
郁は止めた。職場でも、気づいた女性が給湯室を片づけ、来客の茶を出し、誰にも数えられない仕事を引き受ける。善意を当然にされるのが嫌いだった。
「そうですね」
女性は反論せず、棒を戻しかけた。だが年配の女性が杖で床を探り、ホームの位置を尋ねる。白い雪の下では、黄色い線も凸凹も見えない。
「全部はやりません」
若い女性が言った。
「この線だけ。朝、歩く人の幅だけ」
郁は、それでも本来は仕事だと思った。女性は、誰かの役割を奪うためではなく、自分が待っている時間を使うだけだと言う。考え方は合わない。
郁は駅の連絡電話で状況を報告し、道具を使ってよいか確認した。許可を得ると、女性が棒を一本、郁へ差し出した。
二人はホーム全体ではなく、待合室から乗車位置までの細い道だけを開けた。雪を右へ寄せ、点字ブロックの突起が出るたび、年配の女性へ声をかける。郁は十分ごとに作業を止め、連絡電話で運行状況を確認した。若い女性は棒の先で排水溝を探し、溶けた雪が凍り直さないよう脇へ流した。
年配の女性は手伝おうと立ったが、二人は同時に「座っていてください」と言った。理由は違う。郁は転倒を避けたく、女性は通路の幅を測る目印でいてほしかった。手袋の中へ水が染みても、励まし合う言葉はなかった。
午前四時、作業員の灯りが線路の向こうに見えた。二人は道具を戻し、除雪した幅から外へは手を出さなかった。
夜の白の中に、黄色い線が一本だけ現れていた。
それは誰かの仕事を肩代わりした跡ではなく、三人が朝まで同じ場所にいられるだけの道だった。