零点の証明

白峰史朗は目覚めると、枕元の端末で感情スコアを確かめる。二十四時間連続でゼロになった者は、生命反応なしとして死亡登録される。生きている人間には必ず何かを感じる。それが身元制度のたった一つの前提だった。

史朗は四十三。隣で眠る小夜はゼロだった。

「また読み取りミスだろ」

小夜は笑った。笑顔なのに、表示は動かない。前日の朝からずっとゼロで、あと三分で二十四時間になる。

二人は端末を外し、付け直した。手を握り、好きな音楽を流し、冷たい水を飲ませた。小夜はくすぐられて声を上げた。史朗が初めて告白した録音を聞かせると、恥ずかしそうに耳を塞いだ。それでもゼロ。

「怖い?」と史朗が聞いた。

「怖いよ」

数字は変わらなかった。

午前七時、通知が届いた。

《小夜の感情消失を確認しました》

《死亡時刻:本日七時》

《同居人・白峰史朗へ住居契約および残余財産を移管します》

小夜は史朗の目の前に立っていた。端末を見て、呼吸し、泣いている。

玄関の鍵が彼女の顔を認識しなくなった。銀行口座も通信契約も消えた。社会は死体を片づけるように、彼女の名前だけを静かに消していった。死亡証明書だけが、本人の端末へ礼儀正しく届いた。

「役所へ行こう」

史朗が腕を引くと、小夜は動かなかった。

「外で検問されたら、存在しない人間が歩いてることになる」

「生きてるだろ」

「あなたには見えるね」

その言い方が、史朗には別れの言葉に聞こえた。怒り、悲しみ、恐怖が一度に押し寄せる。ところが彼の数値は四十三から、二十、七と落ちていった。

最後にゼロになった。

「なんで」

小夜が史朗の端末をのぞく。彼女の指は温かい。

画面に説明が出た。

《登録死亡者に向けられた感情は、実在対象を持たないため無効です》

史朗が小夜を抱きしめても、ゼロのままだった。

一分後、新しい計時が始まる。

《白峰史朗:感情消失一分》

《死亡判定まで、二十三時間五十九分》

小夜は泣きながら笑った。

二人の端末には、同じゼロだけが並んでいた。