青い綴じ糸
鳥越青葉が古書喫茶「綴じ糸」で見つけた製本の手引きは、背表紙が半分外れていた。
修理本なのに、と苦笑して開くと、本文以上に実践的な書き込みがある。糊の濃さ、針を通す角度、乾燥時間。失敗した頁には「開かなくなった」「表紙を破った」と記され、そのたび別の方法が試されていた。
終章の余白には、青いインクで一行ある。
「元どおりにするのではなく、次に開けるようにする」
青葉は友人と二人で、小さな文芸誌を五年間作ってきた。友人が就職と引っ越しを理由に編集を離れることになり、次号で休刊すると読者へ告知する文章を用意している。
続けたい気持ちはあった。けれど装丁も入稿も発送も、半分以上は友人が担っていた。一人で作れば刊行間隔も紙も変わる。二人の雑誌を、自分の都合で似ていないものへしてしまうくらいなら、きれいに終わらせるべきだと思った。
閉店時刻が近づき、店主が本を会計へ持っていった。背の外れを確かめると、売れないと言う代わりに、引き出しから針と青い糸を出す。古い糸と同じ茶色ではない。三か所だけ新しく穴を通し、外から見える結び目を作った。
修理跡は隠れなかった。青い線が背を横切り、元の本とは違う見た目になった。それでも店主が表紙を開くと、さっきより平らに頁が止まった。
店主は通常の紙袋ではなく、口の広い袋を選んだ。糸を擦らないよう本を入れ、封はしない。帰宅してすぐ開けられる状態で渡した。
青葉は休刊告知を読み返した。「二人でなければ同じ形を続けられない」という一文は本当だった。ただし、同じ形でなければ続けられない、とは限らない。
文章を「次号から季刊へ変更します」に書き換える。装丁は簡素になること、発送を外部へ頼むため価格が少し上がることも記す。最後に、新しい編集協力者の募集欄をつけた。
送信すると、これまでの誌面とは違う未来が確定した。友人の代わりを埋めるものではない。綴じ方そのものを変える決定だった。
青葉は包みから本を出し、青い糸の結び目へ触れた。目立つし、不揃いで、古い茶色には戻らない。
それでも頁は開いたまま止まる。青葉は店を出る前に、募集欄の公開ボタンを押した。