鞄の隙間の旅妖精

空港の手荷物相談所に、持ち主のいない小さな鞄が届いた。

開けると、中には服も書類もなく、羽の付いた旅人が一人、膝を抱えていた。

「旅妖精なのに、荷物が詰まりすぎて、どの鞄にも入れない」

相談員が自分の旅行鞄を見せると、妖精は首を振った。

相談員は翌週、転職のため遠い町へ引っ越す。

服、仕事道具、亡き母の写真、実家の鍵まで、隙間なく詰めていた。

「誰かから受け取る物のために、わざと空けた場所でしか眠れないの」

相談員は困った。

もう受け取る物などないと思っていた。

姉とは実家の処分で喧嘩し、見送りにも来ない。

妖精を相談所の引き出しへ泊め、翌日も持ち主を探した。

該当する届け出はない。

妖精自身も、どこから来たか覚えていない。

引っ越し前夜、相談員は鞄を開けた。

母の写真を減らせば場所ができる。

実家の鍵も、売却後は不要。

けれど捨てて作った隙間は、

「受け取るためではなく、減らすための空き」

と妖精に断られた。

相談員は外側の小さなポケットから充電器を出し、別の荷物へ移した。

そこを空のまま残す。

何を入れるか決めない。

誰から受け取るかも決めない。

妖精はようやくポケットへ入り、丸くなった。

出発当日、搭乗口に姉が現れた。

息を切らし、古い封筒を差し出す。

母が姉妹それぞれへ書き、渡せずにいた手紙だった。

「中身は読んでない」

姉が言う。

「私のも、そっちにあった」

相談員は謝ろうとし、姉も同時に口を開いた。

二人ともやめた。

「着いてから電話する」

相談員が言う。

「すぐじゃなくていい」

姉は答えた。

「でも、住所は教えて」

封筒を空けていたポケットへ入れる。

妖精は目を覚まし、隙間から飛び出した。

「もてなし、ありがとう」

「埋まってしまったけど」

「受け取った物で埋まるのが、旅の隙間だよ」

妖精は出発案内の光へ溶けた。

新しい町で、相談員は手紙を読んだ。

母の言葉は、姉妹を仲直りさせる魔法ではなかった。

互いを頼む、と無責任なことも書いてある。

相談員は腹を立て、姉へ電話した。

二人で母の悪口を言い、それから新しい住所を伝えた。

鞄は全部を持っていくための箱ではない。

まだ知らない人や言葉を受け取れる空きを、少しだけ残して旅を始めるための物だった。