馬を替えて百里
停戦文書を百里先の王都へ送り、国王印を二日後の夜明けまでに国境へ戻さなければならなかった。
二日後の朝鐘までに国王印が返らなければ、国境軍は進撃する。王国一の騎手でも片道三日。折原統哉は乗馬が不得手だと笑われ、伝令候補から外された。
統哉が求めたのは、速い一頭ではなかった。
街道沿い十里ごとの宿へ、鞍をつけた馬と騎手を一組ずつ置く。文書は細い革筒へ封じ、到着した騎手が次の騎手へ手渡す。走り終えた者はそこで休み、文書だけが止まらず進む。
「十人使って一通を運ぶなど贅沢だ」
将軍は吐き捨てたが、戦になれば一万人が動く。統哉は答えず、最初の騎手へ革筒を渡した。
夕鐘と同時に出発。第一宿まで十里、馬は全力で走る。到着すると、泥を拭くより先に革筒が次の手へ渡った。二頭目、三頭目。月が昇るころには四十里を越えた。
一頭で百里を走る騎手は、夜には馬を歩かせ、明け方には眠る。だが革筒を持つ騎手は、いつも最初の十里を走る者だった。
深夜、七十里。夜明け前、王都南門。所要十二刻だった。
国王は文書へ印を押し、同じ道を逆に返した。翌日の夕鐘が鳴る直前、十頭目の騎手が白い息を吐いて戻る。革筒を開くと、停戦承認の金印が夕日に光った。
十か所の宿で革筒が止まった時間を合計しても二十七分。各騎手は十里だけを全力で走り、到着後すぐ馬を冷まし、翌日の便へ備えた。一頭を百里酷使する従来便では、途中休息だけで六刻、蹄鉄交換に二刻かかっていた。
帰路では国王印の文書だけでなく、次便の時刻札も宿へ残した。宿は馬を用意する刻を知り、鞍も水も先に整える。二回目の百里は十一刻半となり、最初よりさらに半刻縮んだ。
軍医が十頭を診ても、脈が危険域へ入った馬は一頭もない。最速馬一頭の購入費より、十宿へ払う待機料一月分のほうが安く、便は毎日使える。奇跡の一走ではなく、繰り返せる速さだった。
片道三日だった伝令は半日。倒れた馬は零。進撃旗が下ろされ、両軍の槍が地面へ伏せられた。
笑っていた将軍は、統哉へ百里街道の地図を差し出した。
「次は二百里先の同盟国まで継げ。王立継送院を設ける。初代院長は、お前だ」