魔妃にならない自由
王立図書塔の再開式で、フィエルの前には金の王冠が置かれていた。
重そうな冠を見ただけで首が痛む。彼女は締めつける装身具が苦手だった。
魔王ノアザークはそれを知っている。普段の髪飾りも、彼女のものだけ柔らかな布紐だ。
「冠を下げろ」
「本日は魔妃冊立も兼ねております」と宰相が答える。
「本人から聞いていない」
最強の魔王は、千年続いた敵国を七日で滅ぼした。逆らう者には一切の慈悲を見せない。その男が、フィエルの椅子だけは背もたれの角度を調べ、足が床につく高さに変えさせる。
「座りやすいか」
「はい」
「なら始めろ」
再開する図書塔は、かつて貴族だけのものだった。司書フィエルが五年かけて、誰でも入れる制度を整えたのだ。
宰相は式辞の最後で、冊立文書を読み上げた。
「フィエルを魔妃に迎え、図書塔を王家の私有財産とする」
フィエルは立ち上がった。
「承認しません」
広場を埋めた民衆がざわめく。
「図書塔は皆のものです。それに私は、魔妃になると返事をしていません」
宰相は困ったように笑う。
「陛下にあれほど愛されながら、王冠を拒むのですか」
「陛下を拒んでいるのではありません。王冠と、図書塔の私有化を拒んでいます」
ノアザークが冊立文書を取る。
誰もが、彼が命令で従わせると思った。彼の執着は都中が知っている。フィエルが他人と長く話しただけで、相手の経歴を三代前まで調べる魔王だ。
だが彼は、王冠ではなく図書塔の永久公開証へ印を押した。
「魔妃冊立を撤回する」
宰相が青ざめる。
「後継問題がございます!」
「余の問題だ。彼女の義務ではない」
「では、フィエル殿は何者として陛下の隣へ?」
ノアザークは彼女へ尋ねた。
「何と呼ばれたい」
「司書がいいです」
「記せ。王立司書フィエル」
彼は玉座の隣に用意された魔妃用の高い椅子を下げ、フィエルが選んだ低い椅子を置かせた。ただし座るよう命じず、出口への道も空けたままにする。
「今日はここに座るか」
「はい。再開式を最後まで見たいです」
「分かった」
金の王冠が箱へ戻され、図書塔の扉が市民へ開く。
ノアザークは集まった全員へ宣言した。
「フィエルは魔妃にならない自由を持つ。それでも余が彼女を特別に思うことは変わらない」
そして、彼女の名だけが書かれた席を指した。
「王冠を選ばなくても、彼女の望む場所は余の隣にある。座る日も、離れる日も、決めるのはフィエルだ」