魔王と聖獣の相部屋

「自分の屋根の下で、魔物同士が傷つけ合えなくなる? 家から出れば終わりではないか」

王都の技能院は、ディーネを無能として街道宿へ追いやった。

【技能:《同じ屋根》――ディーネの住居の屋根の下では、宿泊を受け入れた魔物は互いを故意に傷つけられない】

人間には効かず、敵意も消えない。ディーネは古い砦を宿へ直し、火鬼には石風呂、水精には桶部屋、夜鳥には梁の寝床を用意した。仲の悪い種族も、同じ鍋の匂いがすると食堂へ集まった。

十年戦争の末、魔王軍と聖都軍が峠で向かい合った。

魔王妃ゼルフィアの黒竜と、聖都の白獅子は、顔を合わせれば必ず戦う宿敵だった。和平使節は三度殺され、四度目の会談場所も決まらない。

ディーネは両軍へ宿の札を送った。

「武器を置く必要はありません。ただ一晩、客になってください」

黒竜は中庭へ頭を入れ、白獅子は食堂の反対側へ座った。屋根は巨蜘蛛の糸で砦全体へ継ぎ足してある。二頭が客帳へ爪印を押すと、ディーネは大鍋の根菜煮を同じ柄杓でよそった。

夜半、何者かが厨房へ狂乱香を投げ込んだ。

黒竜と白獅子の瞳が赤くなり、同時に飛びかかる。だが牙は相手の寸前で止まり、爪も空中から進まない。《同じ屋根》が故意の傷を許さない。

戦えない二頭は、怒りの向きを変えた。黒竜が鼻で煙の流れを追い、白獅子が床下の足音を聞く。見つかったのは、戦争で利益を得ていた両国の武器商人だった。人間には技能が効かない。だからこそ二頭は彼を傷つけず、襟と帯をそれぞれ咥えて食堂へ運んだ。

朝、商人の帳簿から、過去三度の使節殺しも明らかになった。

黒竜と白獅子は隣り合って朝粥を食べた。敵意は残っている。それでも塩壺を取り合わず、食べ終えるまで同じ屋根にいた。

技能院の役人が「宿の中だけの平和だ」と言う。

ゼルフィアは砦の継ぎはぎ屋根を見上げた。

「国境も城壁も、最初は誰かが引いた線にすぎぬ」

魔王妃は自分の和平印をディーネの客帳へ押す。

「一晩の平和を作れぬ者に、百年の和平は語れない。次の会談も、その次も、この宿で開け」