魔王より先に崩れた陣形

魔王討伐隊の支援魔術師ヴェレナは、攻撃を一度も受けたことがなかった。

正確には、仲間の誰か一人へ攻撃が集中しないよう、敵意を五人へ薄く分けていた。

勇者ラグディオは魔王城の門前で彼女を追放した。

「最後に必要なのは火力だ。傷を散らすだけの術に一席は割けない」

代わりに最上級の雷術師が加わった。

城内最初の広間にいたのは、門番の石巨人一体。

これまでなら前衛が盾を構え、全員で削るだけの相手だった。

ラグディオが剣を抜く。

雷術師が詠唱を始める。

石巨人は二人を無視し、最後列の神官ミュトへ一直線に走った。

治癒魔力が最も濃い者こそ、石巨人にとって最大の脅威だった。

巨大な拳が振り下ろされ、ミュトの結界が一撃で砕ける。ラグディオが背後から斬っても、石巨人は振り向かない。二撃目を防ぐため全員が神官の前へ集まり、雷術師は詠唱を中断した。

陣形は十秒で崩れた。

勇者たちは門番一体を倒せず、負傷した神官を抱えて城外へ逃げた。城門は背後で閉じ、雷術師が置き去りにした高価な触媒だけが石巨人に踏み潰された。魔王へ届く前に、討伐隊は回復役と資金の半分を失った。

「なぜ今まで後衛が狙われなかった」

ミュトが息を絞る。

ヴェレナの支援術は傷を散らしていたのではない。敵が感じる脅威そのものを均し、前衛の盾へ視線を戻していた。彼女が守っていたのは体力ではなく、陣形だった。

同じころヴェレナは辺境防衛隊の砦で、百人の避難民を守っていた。

魔獣の群れの敵意を防壁上の兵へ均等に流すと、一匹も門へ向かわない。辺境公オルザフは彼女へ作戦卓の中央席を示した。

「強い一人を作る術ではない。百人を崩れない一つにする術だ」

防壁の兵は誰一人重傷を負わず、避難民の列も乱れなかった。守られた人々は勇者の名ではなく、門の上で杖を掲げたヴェレナの名を口々に呼んだ。彼女の術は、勝利より先に生還を確定させていた。

その場で防衛支援総監の印章が渡された。

夜、泥だらけのラグディオが単身で砦へ来た。

「魔王城へ戻る。お前を正式な六人目と認める。だから来い」

ヴェレナは印章を作戦図へ押した。

「魔王討伐隊との支援契約は、門前で追放された瞬間に終了しています」