PTAグループの社長夫人
PTAの連絡グループで、紫苑森愛梨沙は自分の名前を〈愛梨沙・商社役員夫人〉に変えた。
夫の海外出張、子どもの英語資格、会員制レストランの写真。投稿は毎日続いた。
古都ヶ谷佳純が夫の職業を尋ねられ、「会社員です」と答えると、愛梨沙はすぐ返信した。
〈普通の会社員家庭だと、海外研修の費用は大変ですよね。うちの主人の会社なら奨学枠を紹介できるかも〉
佳純は礼だけ返した。
学校の国際交流事業を支援する企業説明会の日、愛梨沙は夫・大伴森俊雅を連れて最前列へ座った。
「主人は総合商社の執行役員です。今日の寄付も、うちがまとめました」
俊雅は小声で訂正した。
「僕は関連会社の執行役員だ。寄付を決めたのは本社だよ」
本社代表が入場すると、俊雅は立ち上がり、深く一礼した。
相手は佳純の夫・古都ヶ谷景理だった。
景理は総合商社グループの代表取締役社長で、海外教育基金の理事長でもある。佳純が「会社員」と答えたのは、社長も会社で働く一人だと思っているからだった。
グループの画面に、愛梨沙が昨夜送った投稿が残っている。
〈役員夫人の口利きで、希望者は優先できます〉
景理は説明会で明確に否定した。
「奨学枠は所得と応募内容を第三者委員会が審査します。社員、役員、社長の家族による口利きは認めません」
愛梨沙は慌ててグループ名を変更しようとした。だが俊雅が端末を押さえる。
「会社名で約束した投稿は、削除する前に訂正して謝ってくれ。僕の役職も勝手に本社役員へ変えないでほしい」
子どもの英語資格も、愛梨沙が上位級と書いていただけで、本人は一つ下の級へ挑戦中だった。子どもは皆の前で「まだ合格してない」と正直に話した。
佳純の娘も同じ級を受ける予定で、二人は一緒に勉強する約束をした。
愛梨沙は佳純へ囁いた。
「社長夫人なら、海外研修へ娘さんを確実に入れられるでしょう?」
佳純は応募用紙を受け取る。
「確実なのは、親が肩書を書き足すことではなく、本人が申し込むことだけです」
俊雅がグループへ正式な訂正文を投稿し、景理が公平な奨学制度の設立書へ署名した。
表示名から〈商社役員夫人〉の文字が消え、俊雅が本社社長へ一礼する通知写真が配信された瞬間、グループの最上段から全家庭を見下ろしていた愛梨沙だけが、顔面蒼白で“普通の会社員”の正体を知った。