議事録担当の財務責任者

大洋マーケットの取締役面接で、久慈凌真は次期CFOとして迎えられるはずだった。

履歴書には、月森リテールの財務責任者として資金繰りを立て直し、倒産寸前から黒字へ転換したとある。採用後の報酬案と就任発表文も、すでに机上へ配られていた。面接前の投票は採用四、反対一。反対したのは、入社三年目の人事担当、海老沢だけだった。取引先審査の保管期限が延長され、偶然残っていたログを見つけていた。

社長が最後の質問を促すと、海老沢は声を震わせながら言った。役員推薦の候補へ異を唱えるのは、これが初めてだった。

「久慈さん、再建会議ではどの資料を作成されましたか」

「資金繰り表も、銀行説明資料も、すべて最終責任者として承認しました」

「編集したファイル名を一つ、教えてください」

久慈は笑った。「責任者はファイル名まで覚えません」。その笑いで、海老沢の手の震えは止まった。

海老沢は、月森リテールが取引先へ公開した再建用データルームの監査記録を映した。久慈のアカウントは閲覧専用。資金繰り表には一度もアクセスしておらず、開いたのは会議議事録だけだった。

「別の管理者IDを使っていました」

「アカウント対応表に別IDはありません」

続いて会議室予約が表示される。再建会議の参加者欄で、久慈の役割は毎回〈議事録担当・派遣〉。財務責任者の欄には別の人物の名がある。メールのCCも同じだった。

久慈は社長へ向き直った。「若い担当者が肩書の形式にこだわっています。実際には、私が裏から再建案をまとめたんです」

海老沢は採用システムの版履歴を開いた。応募当初の履歴書は〈経理補助・派遣、九か月〉。紹介会社から〈CFO経験が必須〉と連絡があった十二分後、久慈自身が〈財務責任者、四年〉へ書き換えていた。更新通知は海老沢にもCCされていたが、役員推薦案件として無視するよう上司に言われていた。

沈黙のあと、社長が採決画面を開いた。

四つ並んでいた「採用」の票が、一つずつ消える。

「次期CFOの採用決議を撤回します」