『封印された質問集』

冬木朔は、法務部の最終面接で淀みなく答え続けた。

内部通報を受けた時の初動、証拠保全の順序、利益相反の避け方。どの回答も模範解答そのものだった。

面接官の日下部灯が最後に尋ねた。

「質問集を事前に見ましたか」

「いいえ。応募者ポータルにある会社案内だけです」

「共有フォルダへ誤って置かれた『最終面接・回答例』も?」

「存在すら知りません」

日下部は満点の評価表を閉じた。

一週間前、採用チームの共有フォルダに、閲覧権限を誤設定したように見せた偽の回答集を置いていた。実際は応募者ごとに異なるファイルが表示され、文章の一か所だけ違う。冬木用には「証拠保全」を「証拠保存」と書いてあった。

冬木は先ほど、三度とも「証拠保存」と答えた。一般的な用語ではない。

「たまたまです」

冬木は言った。

「意味は同じでしょう」

日下部はアクセス履歴を表示した。冬木のアカウントは前夜二十二時十三分に回答集を開き、七分間閲覧している。端末情報は、今面接に使っているノートPCと一致した。

「ブラウザが自動で開いたのかもしれません」

「では、なぜダウンロード履歴を消したんですか」

監査ログには、二十二時二十一分にファイルを削除し、その直後、応募者ポータルの問い合わせフォームで「資料はすべて確認しました」と送った記録まで残っていた。

冬木は、閲覧できる状態にした会社にも責任があると反論した。

「法務なら、管理ミスを見つけた能力を評価すべきです」

「見つけた時に報告していれば、そうしました」

日下部だけが知る秘密は、回答集が罠であることだけではなかった。質問の正解は一つではなく、事前資料と異なる判断を説明できる人を採る設計だった。暗記した冬木は、唯一の不正解を完璧に再現していた。

「この面接で見ていたのは知識ではありません。見てはいけないものを見た後、嘘をつくかどうかです」

日下部は満点の評価表を破棄し、不採用欄へ一つだけ印を付けた。