第110話 第五章「停車しない駅」後編

 王環駅の信号塔と、十二号車の通話回線が繋がった。

『王環駅信号扱い所』

 若い男の声。

「獅堂凱。臨時通過指示の署名者と理由を確認したい」

『運行上の照会ですか』

「乗客側からの公開照会」

『権限は』

「八旗協議の傍聴・発言資格。鉄道への命令権はない」

『命令ではない』

「そうだ」

 相手が少し息を吐く。

『通過指示は、運行責任者・折部翼。承認、環状線運行部・古橋巡。王環駅信号担当、榎木修』

「あなたが榎木修」

『はい』

「顔と氏名の公開範囲は」

 七瀬が割って入る。

『顔は外してください。氏名、職位、署名時刻、理由は公開記録へ』

「受領」

 七瀬。

「榎木修。なぜ通過を受けた」

 凱。

『前方区間が空いている。列車に機械異常なし。駅ホームへ抗議者が増え、停車した場合の接触危険が高い。証言者移送は形式上、正規です』

「本人の意思確認は未了だ」

『車内で継続する通知があります』

「降車希望が出たら」

『現運行責任者へ連絡し、停車可能駅を選定します』

「停車可能駅は、乗客へ示されているか」

『示されていません』

「なぜ」

『一般ホームでの待ち伏せ防止。保安上の非公開です』

「乗客本人へだけでも」

『運行責任者の判断です』

「あなたは、その条件で通過を選んだ」

『はい』

「違法ではない?」

 真琴。

『現行規程上、直ちに違法とは判断しません』

「正しいと思うか」

 凱。

 回線の向こうが黙る。

 列車は駅を離れ、通話可能区間の端へ近づく。

 急げば、一言で終わる。

 榎木は急がない。

『駅員としては、停車より通過の方が安全だったと思います』

「乗客の選択について」

『分かりません』

「分からないまま、通した」

『はい』

「責任を負うか」

『信号操作の責任は負います。乗客の意思を決めた責任までは、負えない』

「では、そう記録する」

『お願いします』

「俺に止めろと言われたら」

『あなたの王命では、てこを動かしません』

「今、ホームはそう思っていない」

『私も、さっきまで少し思っていました』

「何が変わった」

『権限がない、と先に言った』

 回線へ雑音が増える。

『獅堂さん』

「凱でいい」

『凱さん。あなたが止めなかった責任も、記録してください』

「する」

『通過、完了。王環駅信号、榎木修』

 回線が切れた。

 違法な命令はなかった。

 不正な印章もない。

 誰かを殴れば剥がれる偽装もない。

 正規の手続きが、本人の答えより先に走っている。

「楽じゃない敵」

 迅が言った。

「敵ではない」

 真琴。

「じゃあ何」

「運用です」

「もっと殴れない」

「殴らないでください」

 タマキが窓の外へ消える駅を見る。

「停まらなかった駅も、記録になる?」

「なる」

 七瀬。

「じゃあ、切符の裏に書く」

「何を」

「通った時刻」

「持ち主の許可は」

「俺の券」

「折部さんが落とした券です」

「今は拾得物」

「所有ではありません」

「面倒」

「必要です」

 榎木との回線が切れたあと、凱は通話器をすぐ戻さなかった。

 黒い受話部へ、自分の指紋が曇っている。

「止めなかった責任」

 タマキが言う。

「書く?」

「書く」

「何て」

 凱は答えようとして、言葉が見つからない。

 列車を止める権限がなかった。

 だから責任がない。

 そう書けば簡単だ。

 だがホームの人々は、権限ではなく彼の声へ期待した。

 期待を作った過去は、今日の規程に載っていない。

《王命による停止を求められたが、運行命令を発しなかった》

 真琴が案を出す。

「理由」

「権限がない」

「それだけではない」

「何だ」

「乗客意思が分かれている可能性」

「可能性ではなく、まだ分からない」

「法的記録では、未確認」

「人の言葉では」

「分からない」

「なら、両方書け」

 真琴は紙へ二段にする。

《運行権限なし》

《乗客意思、未確認》

 凱が言う。

「もう一つ」

「何だ」

「俺の名で止めれば、誰が停止を選んだか消える」

「それは動機です」

「記録しない?」

「事実と分ける」

「七瀬みたいだな」

「侮辱か」

「褒めていない」

「なら理由を」

「同じことを言う」

「私は原文を優先する」

 後ろから七瀬が口を挟む。

「私は原記録です」

「聞こえている」

「撮っています」

「休め」

「肩のためですか、あなたの発言のためですか」

「両方」

「珍しく正確です」

 七瀬はクランクを止める。

 肩を下げる。

 その間、タマキが時刻と発言者名を記録板へ写す。

 映像が止まっても、記録は止まらない。

 列車が揺れる。

 凱の左膝へ熱が広がる。

 彼は受話器を戻し、補助席へ深く座る。

 痛みを隠すと、人は彼の言葉を身体から切り離す。

 王の命令は、疲れない声に見えた。

 実際には、喉も膝も血を持つ。

「冷却、交換」

 七瀬が言う。

「あとで」

「今」

「九号車へ行く」

「十分休む約束」

「まだ十分経っていない」

「だから休む」

「言葉が罠だ」

「時間が時計です」

 タマキが鉄箱から新しい冷却布を出す。

「一円」

「医療品へ料金を取るな」

「保管」

「誰の」

「凱のために持った」

「頼んでいない」

「必要になった」

「それは折部の理屈だ」

 タマキの手が止まる。

 凱も気づく。

 必要だと判断し、本人の返事より先に運ぶ。

 冷却布と列車では重さが違う。

 違うから、同じ構造を無視してよいわけではない。

「使っていいか」

 タマキが訊き直す。

「頼む」

「料金」

「一円」

「滞納へ足す」

「今払う」

 凱は財布を探す。

 白い外套。

 内ポケット。

 ない。

「本当に財布ない」

 迅が言う。

「朝の訓練着に置いた」

「王様、無一文」

 タマキ。

「王ではない」

「じゃあ、ただの無一文」

 凱は反論しない。

 冷却布を受け取る。

 本人の同意を取った冷たさは、先ほどより少しだけ痛かった。

 十分後、凱が立つ。

 真琴が時刻を見る。

「九分五十二秒」

「八秒は歩きながら」

「休息ではない」

「扉まで二歩」

「歩数の問題では」

「迅より少ない」

「俺を使うな」

 迅が先に扉を開ける。

 九号車へ向かう途中、凱は各車両の表示板を見る。

 四号車には《北環まで継続希望、七》

 五号車には《停車候補説明を希望、四》

 六号車には空欄。

 まだ巴の確認が届いていない。

 空欄は賛成でも反対でもない。

 それを数へ入れないまま進むことが、今日の仕事になる。

 榎木との回線が切れる直前、凱は一つだけ訊いた。

「北環までの直行時間は」

『三十六分』

「現在の運行予定は」

『保護経路。西外周と北外周を一周ずつ追加。受入予定、十七時二十分』

「なぜ二周する」

『追跡車を振り切るため。聴取所の受入班が位置を固定されないよう、信号枠を巡回便へ紛れさせる』

「乗客へ説明済みか」

『運行概要には《保安上の迂回あり》

「所要時間は」

『具体時刻は非公開』

「直行三十六分と思って乗った者がいる」

『可能性はある』

「可能性ではなく、車内で確認する」

『それは私の権限ではない』

「知っている。だから、あなたの記録へ《所要時間の具体説明未確認》を足してくれ」

『足します』

 雑音。

『凱さん』

「何だ」

『列車が二周するから、時間があると思わないでください。外周へ入ると、駅は減る』

「停まれる場所が減る」

『正規の旅客駅は』

「正規でない場所は」

『私は答えられない』

「知らない?」

『知っていても、回線で言えない』

 折部や窓口と同じ言葉。

 だが今度は、隠しているものの形が少し違う。

 停まれないのではない。

 停まれる場所を、誰が知るかが決められている。

 回線が切れた。

 タマキが凱を見る。

「二周」

「聞いたな」

「切符の切欠き、外周の分岐かも」

「調べられるか」

「床の音と、窓の標識」

「今から」

「ずっと」

 タマキは鉄箱から小さな鉛筆を出す。

 停まらなかった王環駅の時刻を、切符の裏へ書く。

《十一時四十七分》

「列車の時計は」

 真琴。

「十一時四十七分二十一秒です」

「駅時計は三分進んでた」

「王環も旅客時計は進行表示です」

「どっちを書く」

「標準時」

「乗客が見たのは進んだ時計」

「両方書けば」

「裏、狭い」

「では、《標》《旅》で分ける」

「真琴、使える」

「以前からです」

 凱は補助席へ深く座った。

 左膝を伸ばす。

 七瀬が冷却布を替える。

「十分休息」

「質問は」

「今しません」

「本当に」

「あなたが黙っている間に、他の人が話せます」

「休息の説明として悪意がある」

「事実です」

 凱が座ったことで、通路の視線が一度だけ集まる。

 彼は目を閉じない。

 眠れば、無関心に見える。

 起きていれば、判断を待たれているように見える。

 存在が命令になる身体は、休む時まで不便だった。

 隣の長椅子に、北環の証言所へ向かう老夫婦がいた。

 夫は進みたい。

 妻は、次に停まれる場所を知りたい。

 巴の確認を待ちながら、小声で言い争っている。

「着いてから考えればいい」

「着いたら戻るのに半日だよ」

「戻る必要があるか」

「猫」

「隣が餌をやる」

「隣の猫が全部食べる」

「証言と猫を比べるな」

「比べてない。両方、私が決める」

 凱は口を挟まない。

 王だった時なら、近所へ命じて猫を分け、夫婦を進ませた。

 問題を解いたつもりになれた。

 今は、猫が本当にいるかも知らない。

 十分の休息が、三分過ぎる。

 夫が凱へ言う。

「王様なら、どっちが正しい」

「王ではない」

「じゃあ、でかい人」

「もっと悪い」

「答えは」

「知らない」

 妻が笑った。

「ほら、知らないって」

「何が、ほら、だ」

「私たちより知らない人へ預けなくていい」

 夫は黙る。

 それから、妻へ向き直る。

「次の停車候補を聞く。猫の餌は市場へ連絡する。俺は行く。おまえは」

「場所を聞いてから」

 答えは揃わない。

 会話は続く。

 凱が何もしなかったためではない。

 何もしないと決め、自分の答えを置かなかったために、二人の言葉が残った。

 七瀬が小声で訊く。

「休めましたか」

「頭が疲れた」

「身体は」

「少し」

「なら成功」

「誰の判断だ」

「私」

「命令か」

「医療上の要請」

「拒否」

「もう終わりました」

 凱は負けた顔をした。

 列車は最初の外周へ入り、窓の景色が市街から高い防音壁へ変わった。

 駅は見えなくなる。

 停まれる場所も、表からは消えた。

 午後零時二分

 十二号車から九号車へ移るまで、凱は走らなかった。

 走れない。

 それを勇気へ言い換えない。

 迅が先に車両間扉を開け、通路の揺れを確認する。

「段差、二センチ」

「見える」

 凱。

「膝は見えない」

「痛み、四」

「本当」

「五」

「七瀬に言う」

「本人に言っている」

「記録される」

「聞こえてる」

 後ろで七瀬が答える。

「痛み五。歩行継続。次の座席で十分休息」

「十分、長い」

「座っている間に質問できます」

「休息ではない」

「身体は休めます」

「頭が疲れる」

「王だった時も使っていません」

「厳しい」

 十一号車には郵袋と医療資材。

 通路が狭い。

 轟が左肩を使わず、右肘と腰で荷物を寄せる。タマキは箱の宛名を読み、移動してよい物だけを床の固定環へ繋ぐ。

「これは」

「北環第六、記録紙」

「動かす」

「これは」

「冷却剤、十一号救護係」

「残す」

「これは」

「宛名なし」

「開けない」

「危険物表示」

「なし」

「じゃあ、誰から誰へ何のため」

 沢代が荷札を見る。

「車庫から折部責任者へ。予備義足工具」

「必要」

「本人は十号車より前」

「今は残す。壊れたら取りに来る」

「不吉だな」

「工具は壊れる前に使う」

 凱は予備工具箱を見た。

 黄土色の小さな印。

 折部の身体も、運行計画の一部へ組み込まれている。

 身体を隠して速くする者ほど、道具の置き場所は正直だ。

 十号車へ入る。

 証言者と付き添いが十五人。

 巴が長い説明板を並べている。

 一枚、二枚、三枚。

 まだ増える。

 今は口を挟まない。

 九号車。

 柏木秋枝、三一、波佐間啓吾。市場の人々。

 凱が入ると、会話が止まる。

「座って」

 秋枝が言う。

「質問が」

「膝が先」

「ここでもか」

「王様は椅子を譲られるのが仕事だったんでしょ」

「譲られた椅子へ座らないのが威厳だった」

「迷惑」

「今は知っている」

 凱は通路端の補助席を開き、左脚を伸ばす。

「全員を次の停車で降ろす案を考えている」

 最初に言った。

 設計としては正しい。

 正しすぎるため、穴が見えない。

 秋枝は頷かない。

「次って、どこ」

「まだ非公開だ」

「じゃあ同じ」

「何が」

「折部さんと。行先を言わず、安全な場所へ連れていく」

「俺たちは、選べる停車を作る」

「停まったら全員降りる?」

「危険から離す」

「何の危険」

「意思確認前に管轄外へ着くこと」

「私は降りたい」

 秋枝は言う。

「母の診療先へ連絡したい。戻るか、別の日に話すか、自分で決めたい」

 波佐間が反対側で腕を組む。

「俺は止められたくない」

 硝子職人の厚い指。

「正式聴取所へ行くと決めた。市場へ戻されれば、また『全員の意思が揃っていない』で棚上げされる」

「戻すとは言っていない」

 凱。

「途中で降ろすんだろ」

「選択を作る」

「俺には、進む選択がある」

「ある」

「なら、列車を止めるな」

「秋枝には止まる選択が必要だ」

「別の列車で」

「今、同じ列車だ」

「だから困る」

 三一が言った。

「俺は、まだ分からない」

「何が」

 凱。

「降りたいか。北環へ行ってもいい。でも、途中で変えられないなら嫌」

「変えられるなら」

「変えるかは、あとで決める」

「今の答えは」

「今は、決めない」

 波佐間が息を吐く。

「そんな答えで列車を動かせるか」

「列車はもう動いてる」

 三一。

「だから、俺の答えを待たなかった」

「俺は待てと言ってない」

「波佐間啓吾は進む。柏木秋枝は停まりたい。俺はまだ。三人で一つの列車」

「そうだ」

 凱は答える。

 自分の最初の案が崩れる音はしない。

 誰も机を叩かない。

 ただ、「全員を降ろす」という言葉が使えなくなる。

 英雄案は、拍手される前に死ぬ方がよい。

 拍手された後だと、人を巻き込む。

「俺は、列車全体を止めない」

 凱は言った。

 秋枝が眉を上げる。

「では、私は」

「止まれる場所を作る」

「波佐間さんは」

「進める場所を残す」

「三一は」

「決めないままいられる時間を作る」

「王様の言い方」

 三一。

「どこが」

「全部、作るって言った」

「俺一人ではない」

「でも主語、俺」

 凱は口を閉じる。

 王の文法は、王冠を脱いでも残る。

「誰が作る」

 三一が訊く。

「乗客、運行員、巴、タマキ、早瀬、轟、真琴、七瀬、迅、俺」

「多い」

「足りないかもしれない」

「折部は」

 波佐間。

「反対する」

「運行責任者だ」

「だから、彼女の仕事も必要だ」

「敵の仕事を使う?」

「列車を安全に進ませる仕事を、敵と呼んで捨てれば、俺たちが代わりに持つ」

「持てる?」

「持てない」

「なら、どうする」

「話す」

「遅い」

「知っている」

 凱は、三人の答えを座席番号へ書き換えようとしなかった。

 それは巴の仕事でも、タマキの仕事でもない。

 まず荷物を見た。

 秋枝の裁縫箱。

 波佐間の硝子見本。

 三一の空の青果籠。

「止まる車両へ移る時、持っていく物」

 秋枝は即答する。

「薬箱と裁縫箱」

「両方」

「両方が私の仕事」

「重い」

「だから置いていけって?」

「違う。持つ人が要る」

「私が持つ」

「移動中、手摺を掴めない」

 秋枝は黙る。

 選択肢を作ると言っても、荷物を抱えた身体が通れなければ、紙の上だけだ。

「誰へ預けられる」

「薬箱は七瀬さん。前に持ってくれた」

「本人へ訊く」

「裁縫箱は」

「自分」

「片手で」

「縫い紐を肩へ掛ける」

 秋枝はその場で紐の長さを測る。

 降りる意思が、荷物の結び方へ変わる。

 波佐間は硝子見本を膝へ置く。

「俺は前へ進む。だが、この箱は衝撃に弱い。切離しで割れたら証言資料が減る」

「前方車両へ固定場所を作る」

「誰が」

「轟」

 轟が後ろから言う。

「勝手に仕事を増やすな」

「できるか」

「右手だけなら。箱の寸法」

 波佐間が測る。

 進む意思も、固定具の長さへ変わる。

 三一は空の籠を持ち上げる。

「俺のは軽い」

「置いていける」

「置かない」

「空だ」

「市場を出る時、これだけ持ってきた。空だから」

「意味」

「何も持たされたくなかった」

 誰かの代表証言。

 市場全体の期待。

 店を畳んだ理由。

 全部を籠へ入れられそうで、空にした。

「前へ行くなら持つ?」

「まだ決めてない」

「決めない間も」

「持つ」

 保留にも、置き場所がいる。

 凱は三人の荷物を見て、ようやく理解する。

 人の選択は、言葉だけを車両へ移せば済まない。

 薬。

 仕事道具。

 証拠。

 空の籠。

 それぞれが、選んだ先まで一緒に行けなければならない。

「俺は、全部を作ると言った」

 凱は三一へ言う。

「言った」

「訂正する。俺は、必要な仕事を見つけ、誰が持つか訊く」

「小さくなった」

「不足か」

「前より信用できる」

「王として?」

「荷物係として」

「格下げだな」

「給料は」

 タマキ。

「ない」

「同じ」

 凱は立ち上がろうとする。

 左膝に痛み。

 秋枝が裁縫箱を自分で肩へ掛けながら言う。

「座って。荷物係が増えると困る」

「俺は荷物ではない」

「医者から見たら患者」

「今は違う」

「膝、熱い」

「見える?」

「外套の裾、左だけ動かない」

 凱は座り直す。

 人の身体も、持っていく条件の一つだ。

 王の声だけ先へ送って、膝を置いていくことはできない。

 巴が九号車へ入る。

 白い手袋。

 折り畳み黒板。

 右人差し指は保護帯で伸びたまま。

「説明を始めます」

 声の音量が少し大きい。

 彼女自身は気づかない。

 黒板を一枚、二枚、三枚。

 秋枝が数える。

「何枚?」

「七枚。必要なら追加」

「列車より長いね」

 巴は冗談と判断するまで一拍かかる。

「列車は十二両です」

「本当に長い」

 タマキが言った。

 巴は八枚目を出そうとして、止めない。

 まだ、この方法が入口を塞ぐと知らない。

 凱は立ち上がらず、王の席に見える中央を空けた。

 停まらなかった駅は後ろへ消えた。

 車内には、三つの目的地が初めて言葉になって残った。

 進む。

 停まる。

 まだ決めない。