第154話 第五章「盗まれたことになった宝」後編
パンは、ノクスが食べた。
「証拠!」とサディ。
「実演品です」とセレナ。
「代金!」
ノクスは半分を口へ入れたまま、銀手形へ前脚を置く。
「ノゥ」
「払うって」とハル。
「根拠は」
「顔」
「翻訳として採用しません」
ノクスは残り半分も食べた。
「現行犯」とカイル。
「星律官、逮捕」とロロ。
「被疑個体の意思確認と、所有者ではない乗員代表の立会いが必要です」
「本気で手続き始めるな!」とハル。
サディは額を押さえた。
「パン一つで会議が壊れる」
「物の価値で壊れ方を変えない」とセレナ。
「誉めてない」
ミラが一ルクを置く。
「食費」
「足りない」
「半分は実演料」
「誰が払う」
「あなた」
「なぜ!」
「説明が分かりやすかった」
「親切を請求された!」
ハルが笑う。
緊張が一度だけほどける。
事件は解けていない。
解けていない時、人間は笑ってはいけないわけではない。笑わずに長く考え続けられる者ばかりでもない。
「七分で、受領術を起動できる?」
カイルの問いへ、サディは頷く。
「事前登録があれば、一分」
「事前に?」
「L・Oは第五契約を押す前から、輸送物番号を知っていた」
「誰が教えた」とセレナ。
「第五契約の付属板」
「番号は公開情報?」
「競売関係者へだけ」
「匿名枠を通した」
「そう」
「受領術を起動した痕跡は」
「銀手形の術痕が、輸送小艇へ残る」
「今、噴気孔の中」とハル。
「回収すれば確認できます」
「回収する」
「まず呼吸」
「分かってる」
ハルの手は零星針へ行っていた。
蓋を一回。
二回。
エリアが見ている。
「使う?」
「聞くなら、何を」
「箱の場所」
「サーガが分かってる。第一気道の外袋」
「誰が盗んだか」
「まだ盗まれた物が分かってない」
「最初に受け取る権利」
「それを失わせた原因」
ハルは蓋へ親指を置いたまま、開かなかった。
「今、針に聞いたら、契約板を指す気がする」
「推測?」とセレナ。
「うん」
「証拠ではありません」
「分かってる。だから使わない」
零星針は失われた原因を指す。
だが問いが粗ければ、粗い答えしか返さない。
権利を失わせた原因は、契約かもしれない。
樹脂かもしれない。
嘘をついた人か、説明しなかった人か、未来を何度も売れる制度かもしれない。
一人を指せば、他の原因が消える。
「先に人間で分ける」とハル。
「珍しく慎重」とカイル。
「珍しくを付けるな」
「では記念日」
「増やすな」
フェンを再度、呼んだ。
彼は会議室へ入るなり言った。
「私は被害者だ」
「九回目」とセレナ。
「数えるな!」
「九の鐘二十五分。なぜその瞬間、停止申請を出せた」
「順位板を見ていた」
「常時?」
「私の財産だ!」
「受領順位です」
「私の権利だ!」
「失うと分かっていた?」
「撤回が間に合うと思っていた」
「モロウが板を持って逃げたのは」
「二十一分」
「二十五分まで四分ある」
「競売院警備へ連絡した」
「記録は二十三分」
「走った」
「順位板へ戻る時間は」
「一分」
「申告書を準備する時間」
「書記に口述した」
「文面が正確すぎます」とセレナ。
「何が言いたい」
「『本人の認識しない契約発効』という表現は、一般の申告者が即座に使わない」
「保険仲買人だ。契約語は使う」
「申告書の最初の墨だけ、乾燥が早い」
「だから?」
「二十五分より前に、一部を書いていた」
フェンの指鞘が動く。
「盗まれると知っていた?」とハル。
「違う!」
「何を知ってた」
「モロウが、二十五分に発効すると言った」
室内が静かになる。
「いつ」とセレナ。
「契約時」
「乾燥時刻を?」
「『二十五分に順位が移る。心配なら、その瞬間に止めろ』と」
「なぜ従った」
「私は撤回するつもりだった。止めれば権利は私へ戻る」
「停止発効は七分後」
「知らなかった!」
「競売規則にあります」
「緊急なら即時だと思った!」
「聞かなかった?」とハル。
「バルドが言った。市場では聞く能力も価格だと。私は聞いた! モロウへ、撤回できるかと!」
「答えは」
「できると」
「方法は」
「水を戻せ。板を割れ」
「相手が板を持って逃げることは」
「言わなかった!」
言わなかった。
嘘ではない。
破約の匂いも薄い。
必要な来歴を減らす時、人はしばしば嘘をつかない。
相手が聞いた範囲へだけ答える。
答えなかった部分へ、危険を残す。
「モロウは、二十五分を知っていた」とエリア。
「乾燥条件を先に計算していた」
「または自分で調整した」とロロ。
「第五契約者L・Oも、七分を知っていた可能性が高い」とセレナ。
「受領術の準備済み」とサディ。
「二十五分に権利が渡る」
「三十二分に止まる」
「七分あれば、小艇へ受信先を結べる」
ハルは空中へ手を伸ばす。
見えない七分をつかむように。
「盗んだのは、その時間?」
「使ったのは」とセレナ。「七分間の合法な受領順位」
「合法?」とカイル。
「契約発効自体が有効なら」
「じゃあ犯罪じゃない」
「まだ判断しません。遠隔受領の範囲違反、来歴不告知、輸送危険の偽装を分けます」
「また四枚?」
「必要なら十枚」
「事件、増える」
「混ぜて一つにすると、責任が減ります」
セレナは時刻表へ黒い線を引いた。
九の鐘二十五分。
第一受領順位、L・Oへ。
九の鐘三十二分。
緊急停止、発効。
その間、七分。
「最終受領者が術を使えたのは、この七分です」
「どこから」とハル。
「次に調べます」
「何を」
「乾いた順番」
会議室の外で、ラナの胸から低い歌が響いた。
翼鯨が歌う低い天候歌。
ジルが扉を開ける。
「遊んでる暇は終わりだ」
「遊んでない」とハル。
「ラナが雷を嗅いだ。次の呼吸、深くなる」
「小艇は」
「今のうちに器具を作る。次の次で雷雲へ潜る」
「潜る?」
「翼鯨は嵐を避けない。腹へ電気を通して寄生虫を焼く」
「町ごと?」
「町ごとだ」
ハルは立つ。
七分の正体を追う時間と、鯨の内側へ落ちた小艇を救う時間。
二つは同じ時計で減っていた。