第432話 第十二章「十三番の切符」後編

 七号車は、公会港の臨時保留線へ移された。

 扉は内外から開く。

 外から閉めれば、鐘と床模様が全区画へ表示される。

 閉鎖理由と解除時刻を記す。

 ラナは中へ入る前に、扉を三回開け閉めした。

「壊れない?」

「壊れる」とロロ。

「直す気ある?」

「壊れ方を見てから」

「先に直して」

「壊れてねえ!」

「壊れるって言った」

「いつかだ!」

 ラナは、少し笑う。

「明日、聞きに来る?」とイヴァ。

「法廷へ行くんでしょ」

「公会港の担当者が」

「イヴァは」

「通信で聞ける」

「自分で聞いて」

 イヴァは返事を止める。

 法廷へ向かうことと、ラナへ聞くこと。

 同じ時間に別の場所。

 誰かの目的地を聞くと約束すれば、別の人の目的地を聞けない場合がある。

「明日、朝鐘二つ目に通信する。列車が雷域へ入って途切れたら、公会港の担当者が聞く。記録を後で私が読む。直接話したいなら次の通信時刻を選べる」

「全部できるって言わないんだ」

「できない」

「じゃ、それで」

「承認」

「鋏、鳴らさないの?」

「封印中だ」

 テトが隣で小鋏を上げる。

「代理で」

「何でも穿つな」

「じゃ、口で」

 ラナは扉の内側へ入る。

 自分で閉める。

 鐘が一度。

 床へ三角模様。

『内側操作』

『理由 本人の休息』

『再確認 朝鐘二つ目』

 扉は牢の形をしている。

 違いは、誰が閉め、いつ開け、異議を誰へ言えるかが見えることだった。

 バスクは施錠救護区画へ移る前に、ハルへ言った。

「赤いの」

「マフラー」

「知ってる」

「じゃ名前」

「ハル。俺の槍頭、証拠で取られた」

「俺に言われても」

「代わりを寄越せ」

「逃げる武器?」

「手術台を固定する棒」

 ロロが折れた船梁を一本渡す。

「五ルム」

「廃材だろ」

「加工賃」

「切ってねえ」

「選定賃」

 バスクは笑い、帯を付けた両手で受け取る。

「法廷で会ったら、殴った分は認める」

「強盗は」

「やった分はな」

「やってない分は」

「やってないって言う」

「普通」

「囚人へ普通を残すのは大仕事だ」

 彼は救護車へ乗る。

 オルは紙束を三か所へ分けた。

 一つ、セレナ。

 一つ、公会港記録室。

 一つ、自分の上着裏。

「全部失ったら」とハル。

「覚えた者が話す」

「間違えたら」

「別の者が訂正する」

「皆いなくなったら」

「だから、お前も読め」

 死亡名簿の複製を一枚渡す。

 ハルは受け取る。

「俺、難しい字」

「読めないところへ印を付けろ」

「教える?」

「法廷で時間があれば」

「囚人に勉強教わるの、変?」

「王子へ聞け」

 カイルが後ろから言う。

「王族は昔から囚人に政治を教わっている。教わったと認めないだけだ」

「歴史の話?」

「家の悪口」

「公開していい?」

「今のは提案だ」

「ユノみたいになってる」とエリア。

 カイルは少し遠く、鏡砂環の方角を見る。

「元気で失敗しているといい」

「願い方が変」とハル。

「成功だけしている奴は、何かを見てない」

「俺たち、失敗多い」

「見すぎだな」

 出発前、セレナは資料を更新した。

 これまでの診療記録と事件記録へ照合する。

 ハルの左肩。

 急性損傷なし。三日間の固定。痛み三で交代。

 エリアの左肺。

 雷粉吸入による一時刺激。呼吸間隔を戻し、翌日まで長距離路図を制限。

 カイルの背部火傷。

 新規水疱二。王盾炎を四十八時間制限。

 ロロの一号補助腕。

 焦損。部品交換。請求先は運行局と公会港で争いあり。

 イヴァの不整脈。

 安静時回復。強雷区間は運転操作禁止。知識助言可。

 テトの停職。

 効力争いあり。船内雇用契約とは別。

 サナの左手。

 既往変形。今夜の悪化なし。休息勧告は本人が部分受容。

「『部分』って」とハル。

「四十分横になりました」とセレナ。

「寝た?」

「目は閉じたと本人申告。眠ったか未確認」

「そこまで正確」

「以前の記録を優先します。怪我は時間経過で回復しても、なかったことにはしません」

「治ったら消していい記録じゃない?」

「回復した事実を追加します」

「記録、減らない」

「記録しません」

 セレナは事件資料の末尾へ、修正事項を書く。

『七号車消失』という名称。

 車両は消えていない。

 正式記録では、

『七号車下層分岐・編成表示誤認事件』

 へ改める。

「題名が長い」とハル。

「正確です」

「雷導監獄・消えた一両の方が分かりやすい」

「消えていません」

「読んだ人が気になる」

「記録は宣伝文ではありません」

「新聞はそっちにする」とテト。

「訂正要求を出します」

「毎朝出す?」

「必要なら」

 事件名を正しくすることは、真相を閉じることではない。

 第二条件を誰が変えたか。

 なぜ旧保守線の記録が削除されたか。

 政治囚移送の正当性。

 ブラック・ラインそのものの制度。

 未解決欄は、解決欄より長い。

 それでも、この事件で確かめるべきことは確かめた。

 一両は透明にならなかった。

 時間を飛ばなかった。

 鏡門へ消えなかった。

 八秒だけ、別の線路を走った。

 その八秒を救難に使った人間がいた。

 逃走へ使おうとした人間がいたかもしれない。

 戻す仕組みを衝突へ変えた操作があった。

 同じ方法へ、違う目的が乗った。

 だから責任も、別々に運ぶ。

 ゼロスター号が出航する。

 ハルは甲板へ出る前に、イヴァの前へ立った。

「行き先」

「お前が聞くのか」

「毎回聞かれるから」

「法廷」

「経由は」

「雷鎖北回り。鐘路二。中央鎖を避ける」

「理由」

「ブラック・ラインの周回と重なる。強雷。私の心拍条件へ反する」

「自分の身体も経路に入れた」

「当たり前だ」

「昨日は入れてなかった」

「昨日の私は不正確だった」

「認めた」

「記録するな」

「覚える」

「記録より悪い」

 イヴァが今度は問う。

「ハル。甲板で何をする」

「出発見る」

「その後」

「前へ」

「前のどこ」

「船首」

「手すり内」

「分かった」

「肩三で」

「戻る。交代を頼む」

「よろしい」

 かちん、と言いかけて、イヴァは止める。

 トランジットは封印箱。

 会話へ必ず穴を開けなくても、約束は残る。

 ハルは甲板へ上がる。

 エリアがすでに船首で地図を広げていた。

「手すり内」と言う。

「イヴァと同じ」

「正確な条件が一致しただけです」

「仲良くなった?」

「地図と時刻表は、昔から仲が悪い」

「人は」

「保留」

 エリアの地図には、法廷までの経路が描かれている。

 測定済みの光線。

 雷雲の厚さ。

 逃げ込める島。

 そして左下に、白い囲み。

「また空白」

「行き先保留ではありません。未測定区間」

「違いは」

「本人の選択か、私の知識不足か」

「見た目は同じ」

「だから注記します」

 白い囲みへ、エリアは二文字を書く。

『未測』

 その隣に、別の白い囲み。

『保留』

「空白にも名前を付けるの?」

「空白を同じ意味へしないためです」

 地図は、描かれた線だけでできていない。

 何を知らないか。

 誰がまだ決めていないか。

 それを別の白で残すことも、道を作る仕事だった。

「出航!」

 テトが放送する。

「次は――北回り雷、小雨二分、途中停車は相談中!」

「船に停車はない」とロロ。

「停空?」

「新語を作るな!」

 帆が開く。

 片帆の継ぎ目へ風が入る。

 ゼロスター号は桟橋を離れた。

 公会港の下では、ブラック・ライン十一両が低速で周回している。

 七号車を失った黒い編成。

 運行局は停止させられない。

 公会港はそのまま走らせられない。

 協議の結果、十一両は証拠列車として公開法廷近くの検査環へ移されることになった。

 前後へ救難機関車を追加。

 車内の収容区画は空。

 職員と証拠のみ。

 グラド・メインは先頭車へ残った。

 処分を待つためではない。

 自分の出した命令記録を、列車ごと法廷へ運ぶためだった。

『ゼロスター号へ』

 通信鐘。

『証拠列車、北回りへ合流する。護衛を要請』

 カイルが答える。

「王国船としてでなく、公開移送契約に基づき同行する」

『いちいち言うな』

「言わないと後で王命にされる」

『面倒な王子だ』

「本日六人目」とセレナ。

『何の話だ』

「記録しません」

 ゼロスター号と十一両の列車が並ぶ。

 船は空を飛ぶ。

 列車は雷の線を走る。

 速さが合うと、窓の中の人間が止まって見える。

 ハルはグラドへ手を上げる。

 グラドは上げない。

 一拍後、折れた指揮杖を窓へ立てた。

 それが返事かどうか、セレナは記録しなかった。

 出航から二十三分。

 ノクスが客員席の下へ頭を突っ込んだ。

「何か隠した?」ハル。

「ノゥ」

「隠す前の顔」

 二本尾が別々に動く。

 一方は封印箱。

 一方は床。

 ロロが座席下の板を外す。

「新しい固定具を勝手に壊すなよ」

「自分で付けたのに?」

「だから壊れ方がまだ分からねえ」

 板の奥から、銅色の切符が出た。

 古い。

 運賃印なし。

 駅名なし。

 所有者名なし。

 穴が十三個。

「灰帽の?」とハル。

「材質が違う」とセレナ。「少なくとも本日穿った紙票ではありません」

 イヴァが手を伸ばしかける。

 行動制限札を見る。

「証拠へ触れていいか」

 自分から聞く。

 セレナは薄手袋を渡す。

「私とロロの監督下で」

 イヴァは左手だけで切符を取る。

 穴を光へ透かす。

 十三個目は、外縁ではない。

 十二の穴の中央。

「位置が違う」とテト。

「十三番符号には、二種類ある」とイヴァ。

「駅じゃない穴と、もっと駅じゃない穴?」ハル。

「説明を壊すな」

「じゃ何」

「外縁は、乗客の行き先保留。中央は、列車の行き先保留」

「列車が迷う?」

「運行先を時刻表へ載せない。災害時、保守線の空いている区間へ一時退避する乗務員符号」

「座標?」エリア。

「違う。どの保守線へ入るかは、現在位置と線路状態で決まる。穴そのものに場所はない」

「誰がこの切符を」

「未確認」とセレナ。

「ノクスが隠した?」

 夜獣は強く首を振る。

「見つけただけ?」

「ノゥ」

 ノクスは座席の脚へ鼻を寄せる。

 旧保守油の匂い。

 切符には、七号車の床で使われていたものと同じ植物樹脂が付いている。

 それ以上は分からない。

「誰のものか、いつ入ったかは未確認」とセレナ。「用途は、旧式の列車行き先保留符号。そこまで」

「使える?」テト。

「現在の中央信号は廃止扱い」とイヴァ。

「廃止扱いって、現物がないとは限らない」とロロ。

 全員が、彼を見る。

「何だよ。今日ずっとそうだったろ」

 地図から消された下層線。

 撤去済みとされた検査台。

 抹消されなかった救難条件。

 制度がないと言った物は、物理的に残る場合がある。

 エリアが切符の穴を地図へ重ねる。

「座標ではありません。重ねても位置は出ない」

「音は」とイヴァ。

 テトが切符を軽く弾く。

 かん。

 銅板の響き。

 列車側の信号鐘が、一拍遅れて返す。

 かん。

「返事した」とハル。

「偶然の共鳴」とセレナ。

 もう一度。

 テトが弾く。

 かん。

 今度は、証拠列車の下から十三回の短い鐘が返った。

 一。

 二。

 十二。

 そして中央から、低い一音。

 十三。

 イヴァが立つ。

「座れ」とサナはいない。

 代わりにセレナが言う。

「心拍」

「百二十」

「テト」

「百二十二。続行可能」

「何が起きた」とカイル。

 証拠列車の前方。

 地図にない空間へ、青白い灯が一つ点く。

 次に、その先。

 さらに先。

 雷雲の底へ、間隔の不揃いな保守灯が並ぶ。

 線路は見えない。

 灯だけが、何もない空へ進んでいく。

「旧保守信号」とイヴァ。

「行き先は」とハル。

「分からない」

「保留だから?」

「現在空いている退避線を、古い機関が選んだ」

「どこへ出る」

「分からないと言った」

「行くの?」

 イヴァは証拠列車を見る。

 十一両の前照灯が、青白い保守灯へ向きを変え始める。

『こちらグラド』

 通信が入る。

『中央北回り信号、閉鎖。前方雷鎖が断線した。旧灯だけが開いている』

「戻れるか」とカイル。

『後方へ雷雲壁。制動距離不足』

「止まれる?」

『列車は落ちる』

 選択肢は多くない。

 旧保守線へ入る。

 断線へ進む。

 止まって落ちる。

 それでも、イヴァは勝手に命じない。

「グラド・メイン。列車側の希望」

『旧線へ入る。乗員十九名、全員確認済み。証拠箱も運ぶ』

「異議者」

『二名。理由は行き先不明。代替が断線か落下であることを説明し、旧線へ同意』

「ゼロスター号」とイヴァ。

 ハルを見る。

 エリア。

 カイル。

 ロロ。

 セレナ。

 テト。

 ノクス。

「追うか」

「法廷へ行く道?」ハル。

「不明」

「戻れる?」

「不明」

「危険」

「高い」

「列車だけ行かせたら」

「証拠と十九人が、地図外へ入る」

「助けが必要になるかも」

「なる」

「じゃ追う」

「目的地は法廷だ」

「経由を更新」

「お前が言うな」

 エリアが地図を見る。

「測定済み経路は、保守灯一つ目まで。以降、未測」

「描ける?」

「進みながら」

 カイルが印章指輪を外したまま言う。

「王命ではない。乗客として同行へ同意」

 ロロは焦げた一号補助腕を上げる。

「部品代が増える」

「反対?」

「請求先が増えるなら賛成」

 セレナは証拠羽根を閉じる。

「現在事件の証拠列車を監督する必要あり。同行。後続原因は未確認と記録」

 テトは帽子を二度叩く。

「次は――地図外、停車予定保留!」

 ノクスが二本尾を前へ向ける。

「ノゥ」

「全員?」とイヴァ。

「イヴァは」とハル。

「私は被移送者だ」

「希望」

 青い三つ編みが、客員席の背へ一本の線を描く。

「法廷へ着くために、列車を見失わない」

「承認」

「お前が承認するな」

「聞いた責任」

 イヴァは息を飲む。

 いつもの放送を始める前の、一拍。

「次の停車は」

 全員が待つ。

「――保留」

 鋏は鳴らない。

 ゼロスター号が旋回する。

 証拠列車が、青白い一つ目の灯へ入る。

 鉄の車輪の下で、地図にない線が雷を帯びる。

 二つ目。

 三つ目。

 雲の奥へ、古い保守灯が順番に目を覚ます。

 エリアは未測の白を消さない。

 その縁へ、現在位置だけを描く。

 列車は走る。

 船は並ぶ。

 行き先は、まだ穴の中にない。

 それでも誰が乗っているかは、一人も消さない。