第444話 第六章「名を持たない乗客」後編

 試験は、停車中の旧貨物車で行われた。

 住民十二人。

 名前を変えないフェル。

 今月だけメラ。

 今日の名前を終えた少女。

 他九人。

 索を一人一本取る。

 半分を車両箱へ入れる。

 本人側へ希望条件を結ぶ。

 フェルは三輪。

「医療区へ連絡。登録は個人だけ。駅の場所は出さない」

 メラは二輪。

「保留。学校は続ける。教材だけ外と交換したい」

 少女は輪を作らない。

「決めない」

「決めない印も要る」とテトなら言うだろう。

 パルは索をほどいたまま渡す。

「結ばないが、選択」

 イヴァが車両箱へ同じ無結びの半分を入れる。

「無結び一」

「ゼロじゃない?」少女。

「乗っている人数には一」

「行き先は零」

「そうだ」

「私、人?」

 イヴァは答えるまで一拍置いた。

「少なくとも、この車両では乗客一名として数える」

「外では」

「外も変えるために、今試している」

「青い車掌が決める?」

「決めない」

「じゃ誰」

「あなたたち」

「全部?」

「全部ではない。車両の耐荷重は変えられない。雷の時間も。だが、名前と行き先は」

 少女が索を握る。

「後で決める」

「承知した」

 試験車が十歩だけ動く。

 床が九十度回る。

 索箱の半分が揺れる。

 一つの輪が外れた。

「一人足りない!」イヴァ。

「索が落ちただけ」とミラ。

「区別できない」

 パルが床下から輪を拾う。

「箱の留め方が悪い」

「人の失踪と札の落下を同じ警告にするな」とサナ。

「どう分ける」

「身体確認を先に。十二人いる」

「目視できない煙の中なら」イヴァ。

「呼吸反応、体温、足音。複数で」

「設備が要る」

「作れ」とミラ。

「無料で?」ロロがいないのに、全員が同じ調子で思った。

 パルは箱へ網を張る。

 索が落ちても箱内に残る。

 もう一度。

 十歩。

 九十度。

 今度は輪が残る。

 少女が途中で無結びを一輪へ変えた。

「降りる?」イヴァ。

「今は」

「どこへ」

「赤手袋のところ」

「診療?」サナ。

「名前を持たなくていいか、聞く」

「診療に名前は要らない。治療の内容は持っていて」

「分かった」

 車両が止まる。

 十二組の索を重ねる。

 十一組。

 一つ合わない。

 メラの索と、別の子の索が入れ替わっていた。

「誰が誰か分からない」とイヴァ。

「本人は分かってる」とミラ。

「事故後の照合では」

「本人が意識あるなら返す。なければ、形だけで個人を決めない」サナ。

「治療記録は」

「本人の袋へ。袋と名前を同じにしない」

「未解決が多い」

「試験だから」とパル。

 十一歳ほどの少年が、一番大人の言葉を言った。

「合意しない」とミラ。

「同意する」とイヴァ。

「また言葉を」

「合意していないことに同意した」

「面倒」

「運行では必要だ」

「でも試験は続ける」

「続ける」

「成立?」

「試験運用のみ」

「成立」

 ミラが手を出す。

 イヴァは握らない。

 代わりに、一本の索を二人の間へ置いた。

 結び目はない。

 これから決めるための形である。

 試験運用は、成功した形だけを残さなかった。

 第二試験では灯りを消した。

 煙を使うと診療所へ負担が出るため、黒布を窓へ張り、車輪音を大きくする。目で顔を確認できず、声も聞き取りにくい状況を作る。

「出発時、十二」とイヴァ。

「名前、零」とミラ。

「希望停車、七。保留、四。未決、一」

「その言い方、未決が悪いみたい」

「数え方です」

「言葉の顔つきは数に入らない?」

「入れる。『回答保留』へ変更」

「保留と重なる」

「『未回答、乗車継続』」

「長い」

「短くすると消える」

「誰に習ったの」

「面倒な記録官」

 黒布の中で、車両が最初の分岐音を鳴らす。

 低い一音。

 七本の索が一輪。

 四本が二輪。

 一本は無結び。

 途中で、誰かが一輪をほどき、二輪へ変える。

 車両箱側の半片は、まだ一輪のまま。

「不一致」とイヴァ。

「本人が変えた」とミラ。

「誰が」

「聞く」

「名を?」

「変更した人だけ、合図して」

 暗闇で、鈴が二度鳴る。

 色も名も出ない。

 パルが箱側の半片を二輪へ結び直す。

「変更、受領」とイヴァ。

「理由は聞かない?」

「運行上必要なら」

「必要?」

 次の分岐まで、二輪の車両へ移る余裕はある。

「不要」

 イヴァが答える。

 列車が曲がる。

 その時、床へ一人が伏せた。

 事前に頼んでいた模擬失神者である。

 足音が十一へ減る。

 匿名索は十二。

「一名、応答なし」とイヴァ。

「誰」と言わない。

 サナが暗闇へ入る。

「触れます。返事がなければ右肩へ触れます」

 返事なし。

 右肩へ触れる。

 呼吸あり。

 脈あり。

 模擬札を確認。

「救命代理不要。現在位置だけ保持」

「目的地は」とイヴァ。

「本人の索どおり」

「どれが本人の索か分からない」

 問題が出た。

 十二本の索は箱にある。

 床の人物が持つ索は、倒れた拍子に手から離れている。

 形だけでは、近くに落ちた二本のどちらか分からない。

「なら目的地を決めない」とサナ。

「分岐が来る」

「最寄りの安全車まで医療保留」

「本人の希望と違うかもしれない」

「違うかもしれないから、最終目的地へ送らない」

 ミラが暗闇で言う。

「安全車へ一時、目覚めたら選び直す。これが赤手袋の代理料金」

「料金ではありません」

「責任は」イヴァ。

「私、運行、現地代表。時刻を残す」

 オルサが鍋を一度鳴らす。

「現地代表、同意」

 テトが停止標を足元へ出す。

 色は見えない。

 標の縁が三角に盛り上がり、三拍の低音を鳴らす。

「一時医療停車」

 車両が止まる。

 模擬失神者が起き上がった。

「私は一輪だった」

 離れた場所の索が一つ鳴る。

 一輪。

 本人の希望と、一時医療停車は違った。

「失敗?」パル。

「違う目的地へ運んだ」とイヴァ。

「でも、選び直せる」とサナ。

「成功とは言わない」とミラ。「人を死なせず、間違いを戻せるところで止めた」

「暫定成功」とイヴァ。

「言葉が固い」

「事故報告に『まあまあ』とは書けない」

「書けば人間味が出る」

「監査で落ちる」

「監査の人間味が落ちてる」

 黒布を外す。

 十二人いる。

 目的地変更、一。

 一時医療保留、一。

 名前公開、零。

 試験は、完全に正しかったから続くのではない。

 間違い方を見つけ、その間違いを戻せる範囲へ狭めたから続けられる。

 監査列車から、第二通告が届いた。

『設備内部の生体反応、四十七』

『申告人員、零』

『不一致を確認』

『全占有物を設備付属として固定する』

 固定。

 名を持たないまま、人として動けなくする命令。

 試験車の床で、十二本の索が揺れた。

 名前はない。

 だが十二人いた。

 イヴァが放送器へ手を伸ばす。

 右手は震えている。

 ミラが止めない。

「何て言う」

「次の停車条件を、乗客自身が試験中」

「乗客って認めさせる?」

「まず、こちらが数える」

 イヴァは息を吸う。

 放送の明瞭な低声。

「こちら臨時試験車。乗客十二名。氏名非公開。希望停車、七。保留、四。未決、一。総数確認。本人所持札、照合中」

 監査列車は答えない。

 答えないから、聞いていないとは限らない。

 パルが十二本目の索を箱へ戻す。

 名を持たない乗客は、初めて、零ではない数字で放送された。