第445話 第七章「設備として運ぶ」前編

機械は人間を守らない。

 機械は、守るよう設計された条件を守る。

 扉の向こうに人がいれば閉まらない装置も、人を熱源で数えるか、重量で数えるか、名札の信号で数えるかによって、守れる相手が変わる。

 背の低い子供。

 体温の低い病人。

 義足の乗客。

 荷物を抱えた妊婦。

 床へ倒れた者。

 設計者の想像から外れた身体は、機械にとって故障ではない。

 存在しない。

 制度も同じである。

 制度は人間を守らない。

 制度は、守るよう分類された人間を守る。

「この線を切った馬鹿は誰」

 監査主任は、挨拶より先に言った。

「俺」とロロ・ピクス。

「年齢」

「十四」

「資格」

「現場」

「資格名を」

「生存」

「無資格ね」

「生きてる資格ならある」

「それは今から確認する」

 ヘスタ・クレイは四十代半ばの女だった。

 白い監査外套。汚れを見つけるための白ではなく、汚れた時刻を記録するため、袖と裾に薄い方眼が入っている。灰茶の髪を耳の後ろで一本に束ね、長方形の透視眼鏡を鼻へ固定していた。右手の人差し指だけ、爪が黒い。監査印の染料が落ちないのである。

 声は低く、乾いている。

 怒っているように聞こえるが、実際には急いでいるだけらしい。

 急ぐ人間は、感情の説明を省く。

 省かれた感情は、受け手の恐怖が勝手に補う。

「排除磁場は未登録荷重を線路外へ落とす設定だった」とロロ。「切らなきゃ一人焼けた」

「人員登録は」

「零」

「なら設備内異物」

「目がついてんだろ。人だ」

「私は人に見えると言っていないわけではない」

「じゃ、認めろ」

「監査記録で人と認めるには登録が要る」

「登録しないと見えない眼鏡か、それ」

「登録しない人間を見たまま、記録では見なかったことにする眼鏡よ」

「外せ」

「外した監査官の記録は無効になる」

「制度の不具合を自慢するな」

「不具合を説明した」

 ヘスタは切断された制御線へ膝をつく。

 白外套の方眼へ焦げた油が付いた。

 時刻を確認し、外套のその位置へ小さな数字を書く。

「第六雷刻、三十二分。未登録荷重排除回路、現地修理者により切断。切断理由、生体保護」

「書くのか」とオルサ。

「見たものは」

「人って書いた」

「生体。人員とはまだ書けない」

「言葉を一段ずつ下げる仕事?」ハル。

「法廷で崩れない段まで下げる仕事」とセレナ。

 監査前室から戻ったハルたちは、旧貨物車の脇へ立っていた。

 セレナはヘスタの記録板を見ているが、覗き込まない。公開されていない記録を盗み見れば、正しい証拠も汚れる。

「星律官」とヘスタ。

「星律官セレナ・クロウ」

「被監査側に立つの」

「事実側です」

「便利な立ち位置ね」

「不便です。どちらからも嫌われます」

「経験上、正しい」

 ヘスタはロロへ戻る。

「切断は合理的。ただし復旧不能なら、設備全体を停める」

「停めたら呼吸機と配給線も止まる」

「人員零の設備に呼吸機は不要」

「四十七人いる!」

「登録すれば必要になる」

「登録したら追跡される!」

「なら設備のまま。設備なら規格外の生活反応を除去する」

「二択しか言えねえのか!」

「監査官は、選択肢を作る職ではない」

「じゃ、何のために来た」

「壊れる前に止めるため」

「今、止めたら壊れる!」

「だから確認する」

 ヘスタは立つ。

「あなたは仕組みを再現できる?」

「誰に言ってる」

「十四歳の現場資格者」

「褒めてねえな」

「資格は褒め言葉ではない」

「気が合わねえ」

「作業はできそう」

 ロロは駅の荷重系を分解した。

 分解とは、壊すことではない。

 壊れる順序を逆から辿ることである。

 表ホームの床下に、三系統の秤がある。

 一つ目、主機荷重。

 二つ目、付属設備荷重。

 三つ目、旅客荷重。

 主機はなし。

 付属設備は二六八四。

 旅客は零。

 実際の床へ同じ重さが乗っているのに、数字だけが別の経路へ流れる。

「ここ」とロロ。

 黄色い上着の袖を歯で引き上げ、左手で細い銅板を示す。四本の補助腕は別々の蓋を保持している。

「荷重計そのものは人間と荷物を区別してねえ。床が押された分だけ測る。問題は後だ」

「分類弁」とヘスタ。

「知ってるなら説明しろ」

「あなたの再現を見る」

「試験官かよ」

「監査官」

「もっと悪い」

 ロロは重りを置く。

 六十キロル。

 旅客札をかざす。

 旅客荷重、六十。

 付属設備、変化なし。

 次に、十三番穴の銅札をかざす。

 旅客荷重、零。

 付属設備、六十増加。

「人を設備へ変えてるんじゃない」とロロ。「床の重さを設備欄へ流してる。本人の身体には何もしてねえ。だから見た目で分からない」

「安全装置は欄を読む」とエリア。

「そうだ。旅客欄が一以上なら、扉挟み防止、切離し禁止、急加速制限、避難放送、補償記録が動く。設備欄なら――」

 ロロは別の小型車台へ重りを移す。

 旅客札。

 切離しレバーを引く。

 赤い警告。

『旅客乗車中。切離し不可』

 十三番札。

 レバー。

 警告なし。

 車台の連結器が開き、重りを乗せたまま斜面へ滑る。

 カイルが足で止めた。

「景気が悪い実演だな」

「足を使わないで」とエリア。

「左膝じゃない」

「右足でも、肋へ返る」

「心配か」

「診断です」

「この現場、診断が多い」ハル。

「患者が無茶をするから」

 ロロは重りを指す。

「設備は守られないわけじゃねえ。主機を壊しそうな荷重なら切離しを止める。けど基準は、人が死ぬ重さじゃなく機械が壊れる重さだ」

「二六八四なら基準内」とヘスタ。

「四十七人が乗っててもな」

「設備荷重としては」

「人としては!」

 ロロの補助腕が一斉に床を叩いた。

 金属音が四つ重なる。

 喘息の呼吸が一段浅くなる。

 ハルが水筒を投げる。

 ロロは左手で取る。

「頼んでねえ」

「怒鳴る燃料」

「料金」

「後払い」

「高くつくぞ」

「生きてから請求して」

 ロロは一口飲む。

 右眼の焦点が戻るまで、ヘスタは急かさなかった。

 待ったことを親切として見せもしない。

 ロロはそれが少し気に入らず、少し信用した。

「この分類を作った時、切離し保護を追加しなかった」とロロ。「なぜ」

「追跡危険下の救難施設は、いつでも本線から外せる必要があった」ヘスタ。

「追跡者から逃がすため」イヴァ。

「そう。接続を切れない救難施設は、追跡路になる」

「だから人員保護を切った?」

「人員欄を使えば中央名簿へ照会される。当時の設計者は、照会を止めるため人員欄そのものを使わなかった」

「別の保護欄を作ればよかった」

「十五年前の規格にはなかった」

「作れよ!」

「その通り」

 ヘスタは即答した。

 ロロの怒鳴り声が行き先を失う。

「……認めるのか」

「設計上の欠陥は」

「なら止めろ」

「現行規則で私が止められるのは、危険設備の運用」

「住民の切離しは」

「危険設備を止める処置」

「人を落とす!」

「人員登録がない」

「またそれか!」

「私は、登録なしの人を人と記録する権限がない」

「権限がないなら、目を閉じるのか」

「閉じない。だから監査記録へ矛盾を全部書く」

「書いて落とすのか」

「落とす前に、登録か退去を要求する」

「退去先は」

「最寄りの中央収容区」

「追跡者が照会できる」オルサ。

「現行規則では」

「規則を盾にするな!」

「盾ではない。檻よ」

 ヘスタの黒い爪が、記録板を一度押した。

「私も中にいる」

「だから一緒に人を閉じ込める?」

「中から開けられる扉を探している。監査で違反を確定しなければ、法廷へ持ち込めない」

「その前に駅が落ちる」

「だから時間を測る」

 ヘスタは腕時計を見る。

「設備管轄移転まで九時間四十二分」