第446話 第七章「設備として運ぶ」後編

 再現試験は、住民の同意を取って行われた。

 人を危険へ乗せない。

 ロロは重りへ温熱袋、呼吸袋、足音器を付けた。

 人間に似せるのではない。

 安全装置が人を何で認識しているか、一つずつ分けるためである。

「第一試験。旅客札あり」

 温熱。

 呼吸。

 足音。

 六十キロル。

 車台を切離す。

 警告。

「第二。旅客札なし、温熱あり」

 切離し。

 警告なし。

「第三。旅客札なし、呼吸あり」

 警告なし。

「第四。旅客札なし、足音あり」

 警告なし。

「第五。十三番札」

 付属設備として切離し許可。

「つまり」とハル。

「生きていることを何個証明しても、切符が人じゃないと言えば人じゃない」とロロ。

「逆もある」とヘスタ。

 空の椅子へ旅客札を置く。

 切離し不可。

「人がいなくても、登録があれば守る」

「機械は人を守ってない」とハル。

「札を守ってる」と少女。

 少女は今日の名前を終えている。

 ハルは呼ばない。

 彼女は自分から重りの前へ来た。

「四号札、置いたら?」

 ロロが十三番札を載せる。

 切離し許可。

「私が座ったら?」

「座るな」と全員が言った。

「試験にならない」

「人を乗せない条件」とロロ。

「人だって認めてる?」

「俺たちはな」

「機械は」

「これから直す」

「いつ」

「今!」

 ロロの声に合わせるように、車台の下で何かが鳴った。

 乾いた破裂音。

「退け!」

 補助腕が少女を抱え上げる。

 同時に、切離し試験用の斜路が外れた。

 車台が本線側へ滑る。

 空の椅子。

 旅客札。

 十三番札。

 六十キロルの重り。

 制御器は旅客札と十三番札を同時に読み、判断を循環させた。

『旅客乗車中。切離し不可』

『設備移送。切離し実行』

『旅客乗車中』

『設備移送』

 連結器が開閉を繰り返す。

 車台が半分外れ、半分残る。

 雷鎖が引っ張る。

「制御弁が裂ける!」ロロ。

「全停止」とヘスタ。

「全停止したら診療区の循環も止まる!」

「試験区だけ」

「旧規格に区分がねえ!」

「手動で切る」

「三か所同時!」

 ロロの補助腕が二か所へ伸びる。

 一本足りない。

 ヘスタが白外套を脱いだ。

 右腕へ巻き、火花の中へ手を入れる。

「監査官!」

「三番を言って!」

「左下、黄色い弁!」

「色では分からない者がいる」とテト。

「三角刻み!」

 ヘスタが三角の弁を掴む。

 ロロが二本を掴む。

「同時、三、二――」

「逆だ!」ハル。

「俺の現場では三から数える!」

「怖い数え方!」

「一!」

 三つの弁が閉じた。

 切離し車台が止まる。

 ヘスタの右袖から煙が上がる。

 黒い爪の指先に、小さな火傷。

 サナが走り寄る。

「手を」

「記録が先」

「手が先」

「時刻だけ」

「三十秒だけ私にくれ」

 サナの赤い手袋が、ヘスタの手首を取る。

 傷の悪化を三十秒だけ保留する脈止め〈サーティ・ホールド〉

 淡い方眼光が皮膚を覆う。

「三十秒後に痛みは戻る。治ったと思わないで」

「承知」

「返事が監査文」

「癖です」

「直す気は」

「要監査」

「面倒」

 サナは冷却布を巻く。

 ロロが止まった車台を見る。

「今の事故、空の椅子を旅客として守ろうとして起きた」

「同時に、重りを設備として切ろうとした」とセレナ。

「一人を二つへ分類したら?」ハル。

「両方の命令が互いを壊す」とエリア。

 ヘスタは火傷した右手で記録板を持たない。

 左手へ持ち替える。

「現行設備は、人員登録と設備十三種を併用できない」

「じゃ、第三の欄を作れ」とロロ。

「今日中に中央規格は変えられない」

「現場の配線なら」

「違法改造」

「人が落ちるよりまし」

「法廷で無効になる」

「法廷まで生かせ!」

「そのための暫定命令を、私一人では出せない」

「一人へ権限を集めるなって話、今まで聞いてなかった?」

「聞いている。だから監査班三名と、設備局一名の合議が要る」

「そいつらは」

「列車内」

「呼べ!」

「呼ぶ。ただし――」

 ヘスタは白い監査列車を見る。

「班の判断は二択になる。人員登録を受けるか、無人設備として切離すか」

「第三案を見せる時間は」

「八時間」

「さっき九時間四十二分」

「試験事故で危険度が上がった」

「短くなった責任、俺?」

「事故原因は併用不能の規格。試験実施は共同。記録する」

「逃げないのか」

「監査官だから」

「嫌な答え」

「本日五人目」

 セレナが静かに言った。

 ヘスタが初めて、ほんの少しだけ口元を動かした。

 第三の欄を作る試みは、最初から失敗した。

 ロロは旅客欄と設備欄の間へ、仮の安全継電器を置いた。

 匿名索の半片が箱に一つでもある間、切離しだけを禁止する。名前も行き先も読まない。数だけを見る。

「単純」とハル。

「単純にするまでが複雑なんだよ」

「一個でもあれば、空の車両も止まる」とヘスタ。

「人が降りたら半片を戻す」

「戻し忘れ」

「警告」

「警告を無視」

「現場確認」

「現場確認が間に合わない雷圧」

「お前、監査質問が武器だな」

「職能です」

 試験用車台へ、匿名索を一本入れる。

 切離し禁止。

 索を抜く。

 切離し許可。

 成功。

 次に、車台へ水桶を置く。

 線路が揺れ、水面が跳ね、桶の取手へ掛けた予備索が箱へ落ちた。

 切離し禁止。

「人いねえぞ!」ロロ。

「索がある」とヘスタ。

「分かってる!」

「機械は、あなたの意図を知りません」

「じゃ、索を箱へ固定」

「本人が持つ半片との照合は」

「二つが同時に鳴るよう小鈴を」

「雷で鳴ったら」

「音じゃなく振動」

「車輪振動」

「うるせえ!」

 ロロが工具を床へ置いた。

 呼吸が速い。

 右眼の焦点が二重になる。

 怒りの勢いで作業を続けると、いつも身体が請求書を出す。

 ハルは水筒を差し出す。

「後払い」

「今度は無料にしろ」

「無料ほど高いってミラが」

「じゃ、借り」

「何で返す」

「現場資格の講義」

「要らない」

「成立」

 ロロは飲む。

 ヘスタは質問を止めない代わりに、速度を落とした。

「機械へ人を判定させる必要はある?」

「何」

「索が人か物かを、機械へ決めさせようとしている」

「人を守る回路だ」

「守る条件だけ入れればよい。人の証明は、別の手続で行う」

 ロロは継電器を見る。

「半片が入ったら、理由を問わず切離し禁止」

「誤作動でも止まる」

「止まった後、人が確認する」

「遅延が出る」

「落下より安い」

「費用比較を記録する」

「お前、今のは賛成?」

「欠点を含めて採用候補」

「褒め方が景気悪い」

 匿名索の箱へ、透明な蓋を付ける。

 蓋は中央へ信号を送らない。

 現場から見えるだけ。

 機械は、索の持ち主を人と認定しない。

 ただ、誰かが「まだ切るな」と置いた印を無視しない。

 それで十分ではない。

 だが人間を機械へ理解させるより、機械に勝手な終了をさせない方が早かった。

「仮設名」とハル。

「名前要る?」

「呼べないと修理できない」

「匿名停止橋」

「長い」

「短くすると誰かが消えるんだろ」とロロ。

 セレナが遠くから言う。

「学習しましたね」

「聞いてたのか!」

 監査班の合議は、白い列車の公開放送で行われた。

『生体反応四十七を確認』

『人員申告は未提出』

『設備内部に教育、医療、調理に相当する不正改造を確認』

 メラが笑う。

「学校が不正改造」

「診療も」とフェル。

「人が暮らすと壊れる設備らしい」とオルサ。

 放送は続く。

『設備群十三種は翌日第一雷刻、中央拘束設備局へ移管する』

『移管に先立ち、無人資産として現保守線から切離す』

『切離しまで八時間』

『占有者は氏名、旧名、出生地、司法照会歴、目的地を申告し、旅客車へ退去せよ』

『申告しない生体は、設備付属物として移管対象に含む』

 どちらを選んでも、中央が行き先を決める。

 名前を出せば旅客として収容区へ。

 名前を出さなければ設備として拘束設備局へ。

 行き先を他人に決められること〈チケット・ロスト〉

 切符を失うのではない。

 自分の切符へ、自分で穴を開けられなくなることである。

 ロロは床下から顔を出した。

 煤で頬が黒い。

「八時間あれば直せる」

「規格全部?」ハル。

「無理」

「言い切った」

「だから、ここだけだ。設備欄と旅客欄の間へ、仮の橋を作る」

「法的には」とセレナ。

「お前らが作れ」

「物理は任せるのね」エリア。

「俺が地図描いたら、線路が泣く」

「すでに泣いています」

「直すから黙らせろ」

 ヘスタは切離し命令の原本をオルサへ渡した。

「受領署名は不要」

「親切?」

「署名すれば現地管理者として照会される」

「監査官が抜け道を教えるのか」

「手続上の事実を説明した」

「便利な言い方だ」

「不便だから使っている」

 オルサは原本を受け取る。

 署名しない。

「八時間後、本当に切る?」

「止める法的根拠が出なければ」

「四十七人を見た後でも」

「見たから、無記録で見逃せない」

「見逃せば助かる」

「次の監査官が、今度は警告なしで切る」

「今助けるため、明日を危険にするな?」

「違う。今夜生かし、明日も権利を残す証拠が要る」

 オルサはヘスタを見る。

「信用はしない」

「要求しない」

「その言い方、嫌いだ」

「本日六人目?」

 セレナを見る。

「数えていません」

「嘘ね」

「評価は記録しません」

 白い監査列車の側面で、八つの灯が点いた。

 一灯が一時間。

 時間が経つたび、一つずつ消える。

 最後の灯が消えた時、乗客零の駅は、無人設備として線路から切り離される。

 ロロは工具箱を開いた。

 四本の補助腕が、それぞれ別の工具を取る。

「人を設備として運ぶ仕組みは分かった」

 黄色い上着の背中で言う。

「次は、設備のまま落とされない仕組みを作る」

「人へ戻すんじゃないの?」名を持たない少女が聞く。

「戻すって言葉、元から人じゃなかったみたいで嫌いだ」

 ロロは一本目の線を引き抜いた。

「機械の方へ、遅れて気づかせる」

 最初の灯が消えた。

 残り七時間。