第494話 第七章「各車両の停車条件」後編
第五枚。
ナミル移動群れ。
地域ではない。
移動する生活。
「地域切符なのに、動く」とハル。
「地域は土地だけではない」とエリア。
「どこからどこまで」
「人と機能が互いを支える範囲」
「曖昧」
「線は更新する」
条件。
家畜と人を別荷重へ数えるが、別目的地を強制しない。
祖先布は財産重量でなく、本人が生活必需と申告した場合に避難荷へ含む。
返答不能を群れ長の賛成へ入れない。
群れを分割する時、再集合時刻と失敗時の次の連絡方法を持つ。
「群れ長は反対」とテト。
「何に」
「分割。『群れが群れでなくなる』」
「本人たちは」
「八十二人は分割可。十六反対。十一保留」
「合計」
「百九」
「では一つへ戻さない」
「十六人は」
「同じ路へ残れる」
「八十二は」
「三路」
「保留は」
「行き先を保留する臨時駅」
「群れが四つになる」
「再集合する選択も残す」
「次を決めてない?」テト。
「決めない」イヴァ。
テトは、切符へ四つの穴を開ける。
第六枚。
中央法廷車。
カイルの声。
『王命撤回準備中』
「まだ効力なし」セレナ。
『分かっている』
「この車両の停車条件」イヴァ。
『判決・撤回文・地域有効化命令を送れる中継点』カイル。
「中央へ行く?」
『今は中央外縁。王府と通信できる距離へ』
「王命に引かれる」
『利用する』
「中央へ着いたら」
『降りない』
「王府へ入らない?」
『入れば、列車から切り離される』
「王太子が逃げたと」政府代理人。
『逃げない。公開線上で撤回する』
「危険」とセレナ。
『監査者は』
「私は残ります。ただし右手首の処置を受ける」
『受領』
「勝手に受領しないでください」
『本人が言った』
「医療を受けることだけ。あなたの計画全体ではありません」
『細かい』
「権力は」
『隙間から増える。覚えた』
第七枚。
運行車。
イヴァ自身。
「責任者」とテト。
「複数」
「名前」
「停止条件、テト。経路、エリア。構造、ロロ。救難走行、ハル。記録、ミコ。隣接間隔――」
言葉が止まる。
「イヴァ」とハル。
「私」
「全体じゃない」
「隣接間隔だけ」
「左右の車両」
「前後も」
「四つ」
「見られる」
「見られない時」
「申告し、渡す」
「誰へ」
「テト」
見習いが顔を上げる。
「僕?」
「拒否できる」
「怖い」
「受領」
「でも、やる」
「理由」
「師匠が倒れた時、列車を止める人が必要」
「目的地は」
「決めない。間隔だけ」
「受領」
イヴァは、自分の切符へ穴を開けない。
鋏はテトが持っている。
「師匠の切符」
「あなたが」
「条件を言って」
「強雷で抜け拍三以上、運行判断から外れる。右手振戦が肩へ上がったら座る。左耳側からの報告は復唱。全体図を一人で更新しない」
「行き先」
「この災害の救難線」
「場所じゃない」
「仕事」
「降りる条件」
「地域へ停止権を渡し終える。あるいは医療停止」
「その後」
イヴァは息を飲む。
次の停車を言う前の癖。
「保留」
「期限」
「災害収束後、最初の夜明け」
「受領」
テトが穴を開ける。
かちん。
イヴァは、その音を自分の外から聞く。
分割切符が十二地域へ広がる。
全員が同じ規則を持つわけではない。
それでも、最低限の共通信号だけは同じにする。
丸――停止。
三角――医療優先。
四角――介助必要。
横線――行き先保留。
二重輪――変更あり。
鋸歯――構造危険。
光が見えない時は、鐘。
一打――停止。
二打――進行。
三短打――医療。
長一打――構造危険。
音が聞こえない時は、旗と触図。
「全部必要?」ハル。
「同じ危険へ、複数の入口」テト。
「覚えられない人」
「車両に一人、信号担当。担当が倒れたら、最も簡単な停止だけ残す」
「進めなくなる」
「衝突するよりいい」
「保留」
「時間窓」エリア。
透明板へ、雷の周期を描く。
「中央時刻が死んでも、雷雲中心の大放電は全域から見える」
「同じに見える?」
「光の到着差は地域距離で変わる。あらかじめ補正表を切符へ刻む」
「難しい」
「だから形。大放電一回目から、自地域の待ち拍を数える。進入窓は十二拍。窓外は停止」
「通信なしで」
「同じ現象を時計にする」
「雷が変わったら」
「窓を広げ、速度を下げる。精度が落ちた分、安全側へ」
「一つの時刻表じゃない」とイヴァ。
「同じ拍を聞く、別々の時刻表」とエリア。
「中央がなくても、無秩序じゃない」
「中央を小さく分ける」とロロ。
「地域全部が中央?」ハル。
「自分の範囲だけな」
「じゃ端は」
「隣と握る」オルサ。
「握れない時」
「止まる」
「止まると落ちる車」
「先に申告し、専用窓」
「例外が増える」
「例外を隠すよりまし」イヴァ。
最初の実地運行。
病院列車。
中間岩礁へ停止。
王命の赤い牽引へ、青い分割切符が抵抗する。
テトが鐘を一打。
停止。
病院車の地域代表が、同じ一打を返す。
自由港艇が三短打。
医療物資。
工場発電車が二打。
送電再開。
学校車が横線旗。
行き先保留。
「動いた」ハル。
「一地域」とイヴァ。
「嬉しくない?」
「嬉しい」
「顔」
「放送中」
「今、放送してない」
イヴァの口元が、わずかに上がる。
「観測」とミコ。
「記録するな」
「今日の記憶だけ」
「期限」
「私が忘れるまで」
「長い」
「人の記憶へ削除命令出せる?」
「出さない」
二地域。
三。
四。
通信は、断続的にしか生きていない。
信号が一つ遅れる。
北西貨物環で、二両が同じ窓へ入る。
「衝突!」
イヴァは反射的に全線停止標を出そうとする。
左手が上がる。
テトが鋏を持つ。
「師匠」
呼ぶだけ。
止めない。
イヴァは手を下ろす。
「北西担当へ」
「通信なし!」
「隣接車へ長一打。構造危険。両車は自地域条件で停止」
鐘。
長い一打。
片方が止まる。
もう片方は、停止すると炉が失速する車両だった。
二打を返す。
進行継続。
止まった車両の横を、低速で抜ける。
衝突しない。
「私が止めた方が速かった」イヴァ。
「全部止まってた」とテト。
「でも確実」
「病院も」
「落ちる」
「今は、北西だけで決めた」
「成功したから正しいわけではない」
「失敗しても、どこで決めたか分かる」
テトの言葉。
師匠が教えたのではない。
法廷で、セレナから聞いた。
学校車で、メラから見た。
自由港で、ミラと争った。
人は一人の先生から育たない。
イヴァの心拍が、また抜ける。
一。
二。
三が来ない。
四も。
視界が白くなる。
雷ではない。
床が遠い。
「イヴァ!」
ハルの声。
右側から。
聞こえる。
「座る」
自分で言う。
だが身体は、座る前に落ちる。
ハルが右腕を出す。
左肩は使わない。
エリアの路図が、床までの距離を短い光で示す。
ロロの補助腕が座席を寄せる。
ミコが鋏を拾わない。
鋏はテトが持っている。
「脈」ハル。
「数え――」
「俺が数えない。サナ」
通信。
雑音。
『聞こえる。意識』
「ある」イヴァ。
『胸痛』
「なし」
『息』
「浅い」
『横にするな。背を少し預けろ』
「完全には」
『癖の話じゃない!』
イヴァは、背を座席へ預ける。
初めて完全に。
急停車へ備えない。
誰かが止めると信じる姿勢。
「運行判断」とサナ。
「外れる」
『期限』
「脈安定。再評価後」
『誰へ』
「テト、各地域代表」
『全体』
「持たない」
『受領』
意識が、一度暗くなる。
目を開けた時、列車は走っていた。
イヴァは運転していない。
テトが窓へ形札を出す。
エリアが時間窓を更新する。
ロロが車輪温度を見る。
ハルが隣車へ紙切符を運ぶ。
ミコが匿名札の裂け目を照合する。
オルサが外の連結を締める。
誰も、全体を見ていない。
全体は、見えていない部分を含んだまま動いている。
「何地域」
「七」とテト。
「事故」
「接触一。負傷なし。停止遅延二。連絡不能三」
「連絡不能」
「各地域条件で継続」
「怖くない?」
「怖い」
「なぜ動かす」
「止める方が危険な車もある」
イヴァは、座席へ背を預けたまま外を見る。
青い列車灯。
白い形旗。
銅色の救難帆。
一本の時刻表ではない。
失敗は増えるかもしれない。
地域差も出る。
声の強い者が地域を支配する危険もある。
分散は善ではない。
一つの失敗で全てが落ちないという、一つの構造にすぎない。
「師匠」
「何」
「鋏、返す?」
テトが穿票鋏を掲げる。
イヴァは見る。
返してほしい。
自分の手にない道具は、身体の一部を外されたようで落ち着かない。
「第六雷刻まで」
「まだ」
「持て」
「受領」
通信板が、一枚ずつ消える。
中央法廷車。
病院列車。
工場発電車。
学校車。
自由港。
声が遠くなる。
「全域通信、残り一系統」とロロ。
「何」
「鎖網の保守脈。低速。文字八字まで」
「送る内容」ハル。
「『分割切符運用開始』」テト。
「八字超え」
「『各車条件』」
「意味が足りない」
「『行先別々』」
「命令に見える」
「『保留可』」ミコ。
「四字」
「残り四」
「『隣確認』」エリア。
「保留可・隣確認」
「送る」イヴァ。
八字。
『保留可隣確認』
全域へ流す。
返答は来ない。
届いたかも分からない。
通信脈が暗くなる。
「完全断」とロロ。
車内が静かになる。
雷は鳴っている。
車輪も鳴る。
人の息もある。
だが遠い地域の声は、ゼロ。
イヴァは反射的に立とうとする。
座ったまま止める。
「次の停車は」テト。
師匠へ聞く。
イヴァは答える。
「あなたが決めて、ではない」
「はい」
「各車両が、自分の条件で決める」
「全体放送、届きません」
「なら、ここへ言う」
イヴァは名乗る。
「イヴァ・レイルです」
聞いているのは、同じ車内だけ。
「運行判断を、各車両と地域へ移します」
「私は隣接間隔だけを担当します。見えない範囲を、見えているとは言いません」
「行き先を言え。保留でもいい」
「返答が届かなくても、同意とは数えません」
放送ではない。
宣言でもない。
自分へ課す条件。
外では、通信を失った列車が、それぞれの鐘を鳴らし始める。
一打。
二打。
三短打。
長一打。
同じ音が、同じ命令を意味する。
違う列車が、違う方向へ動く。
誰も全体を報告しない。
だから全体は、初めて一人の頭から外へ出た。