第496話 第八章「列車を橋にする」後編

 ハルが図を持つ。

「ここ、何」

「梁」ロロ。

「どれ」

「太い線!」

「太いの三本」

「中央!」

「中央って言うな! どの基準!」エリア。

「図面中央!」

「紙の長辺基準、左から二本目」

「最初からそう言って!」ハル。

「俺の図!」

「他人が読む」

「今までは俺だけ!」

「今から違う」

 ロロは歯を食いしばる。

「紙長辺基準、左から二本目。切るな。短辺側から四つの留めを外す」

「分かる」ハル。

「記録」ミコ。

「何を」

「図面の説明」

「恥ずかしい!」

「次にロロがいなくても橋を直す」

「いる!」

「いる時にも使う」

 説明書は、職人を不要にするためのものではない。

 職人が倒れた時、仕事と一緒に死なないためのものだ。

 六両を分解。

 二列の桁へ。

 ゼロスター号を中央継手へ出す。

 無人の船へ、ハルとエリアが乗る。

「船体荷重、左舷へ七」エリア。

「七何」ハル。

「割合!」

「十の七?」

「そう!」

「最初から!」

「割合は普通!」

「地球でも七割って言う!」

「じゃ分かるでしょう!」

「七だけだった!」

 言い争いながら、帆を畳む。

 ゼロスター号は飛ぶための船だ。

 今日は飛ばない。

 船底を、橋の中央へ向ける。

 鏡砂の補修布。

 翠獣環の獣毛索。

 自由港の縫い目。

 学院の留め具。

 旅の傷が、荷重を分ける。

「船を橋にしていい?」ハル。

「本人へ聞く?」エリア。

「船、喋らない」

「船の所有は共同。私たちが決めて、後で全員へ説明」

「壊れたら」

「直す」

「ロロが」

「一緒に」

「料金」

「払う」

「俺、金ない」

「労働」

「何回」

「この橋を渡る人の数だけ、と言われる」

「払えない!」

「だから契約前に聞くの」

 ゼロスター号を横へ固定。

 自由港艇二隻が、両端の可動継手。

 ミラが義足を上げたまま操船指示を出す。

「風帆、右二! 右は外島から見て上!」

「参照点、正確!」エリア。

「褒めても値引きしない!」

「してない!」

 橋がつながる。

 空貨物の床板。

 船底。

 食堂車の梁。

 真っ直ぐではない。

 重力変化へ合わせ、緩く弧を描く。

 歩く橋ではなく、動くもの同士が互いの揺れを逃がす橋。

「最初に誰」ハル。

「荷重試験」とロロ。

「俺?」

「道具箱」

「人じゃない」

「壊れたら道具で済む」

「でも次、人」

「段階」

 道具箱を載せる。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 梁が鳴る。

「音」ハル。

「正常」ロロ。

「正常の音、ある?」

「壊れる前に鳴る。壊れる音と違う」

「ひびの音、使う?」

「お前の耳は証拠じゃない。俺の計測も一緒」

 ハルは、手すりへ触れる。

 約束のひびを聞く能力を、決定打にしない。

 かすかな軋み。

 それより、ロロの荷重針。

 エリアの揺れ周期。

 オルサの締結角。

 船員の帆張力。

 複数の証拠が、橋を渡れると言う。

「一人目」

 外島の年配者。

「歩ける?」サナ。

「杖で」

「介助」

「要らない」

「必要なら途中で言える?」

「言う」

「橋の中央、揺れが大きい。戻れる」

「戻らない」

「今はそう選んだ。変更可」

 年配者が歩く。

 一歩。

 二歩。

 橋は鳴る。

 ロロの指が工具へ伸びる。

 自分で直しに走らない。

「音、許容」オルサ。

「右桁、二ミリ沈み」エリア。

「補正不要」ロロ。

 年配者が中央へ着く。

 ゼロスター号の船底。

「船の上を、橋として歩く日が来るとは」

「飛ぶより安全?」ハル。

「お前がいるから同じ」

「評判」

 渡り切る。

 拍手はない。

 次の人が来る。

 橋は式典ではない。

 患者。

 寝台。

 四人で運ぶ。

「重量、均等」とサナ。

「均等じゃない」とエリア。「右前が重い。酸素器」

「右前、半歩内側」

 ハルが補助索を持つ。

 左肩には掛けない。

「痛み」

「二」

「上がったら」

「言う」

「勝手に我慢」

「しない」

「信用は」

「手順と両立」

「セレナの病気」

「感染」

 寝台が橋へ。

 中央で、重力が変わる。

 床が壁になる。

「構造床の白矢印側へ!」エリア。

「寝台を回す!」

「一、二、三!」ハル。

 四人が同時に回す。

 左肩へ痛み三。

「三!」

「交代!」サナ。

「あと一歩」

「申告したら交代!」

「受領!」

 自由港船員が代わる。

 ハルは手を離す。

 自分がいなくても、寝台は進む。

 以前なら、離せなかった。

 橋の上で、自分の役割も可動継手になる。

 工場部品。

 水樽。

 学校の教材。

 子供。

 家畜。

 匿名札。

 同じ橋を、違う重さが渡る。

 食堂車の壁板は、岩礁側へ避難小屋になった。

 学校車は、窓を信号室にする。

 病院車は、橋を渡る人の処置場。

 工場車は、橋の可動継手へ電力。

 列車は動かない。

 失敗ではない。

「動かない列車、料金取れる?」ハル。

「橋代」ロロ。

「通行料?」

「救難中は利用者から取らない。王家と基金へ」

「無料じゃない」

「誰かが払う。払う人を隠さない」

「未来の税?」

「あり得る」

「じゃ渡った人も、後で」

「負担能力を聞く。均等割りしない」

「ティアが聞いたら」

「前なら均等って言う。今は所得差を聞く」

「別航路、続いてる」

「人は、画面外でも生きてる」

「また巻って言いそう」

「言ってねえ!」

 ロロの呼吸が戻る。

 作業へ立つ。

「再評価」とサナ。

「息、七割」

「何の七割」

「俺の普通」

「普通を数字にしろ」

「会話しながら十歩で息切れなし。今は六歩」

「煤区画、五分。外気で十分。吸入筒携帯」

「作業は」

「指揮。切断刃は他人」

「俺が」

「人名を呼べた。次も呼べ」

「診断に入れるな!」

「重要所見」

 ロロは顔を背ける。

 耳が赤い。

「ハル」

「何」

「右桁の下、補助索を二本増やす」

「工具じゃない」

「お前を呼んだ!」

「嬉しい」

「気持ち悪い!」

「料金」

「一ルク!」

「成立!」

「安すぎた!」

 橋を渡る人数、百八十六。

 全員ではない。

 中央へ行かない者。

 外島へ残る者。

 病院へ来る者。

 学校車へ戻る者。

 保留小屋へ入る者。

 橋は一方向ではない。

 右側通行、左側通行という規則も、重力が反転すれば意味を失う。

 エリアは、進行方向を色でなく形へする。

 三角面が岩礁行き。

 円面が外島行き。

「向き、変わったら」ハル。

「札も回す」

「回す人」

「中央継手に二人」

「落ちたら」

「二人とも同じ側へ立たない」

「細かい」

「細かくないと、人が同じ穴へ落ちる」

 王命の赤い牽引は、橋へも作用する。

 病院列車だけでなく、橋にした貨物車も元の運行台帳では「中央へ向かう車両」だった。

 車輪を外しても、登録は変わらない。

 赤い光が床骨を走る。

「橋が列車へ戻ろうとしてる!」ハル。

「機械じゃない、制度が!」ロロ。

「違い」

「車輪はない! でも重力固定が中央進路を取る!」

「止める」

「各車の台帳札を外す!」

「所有記録」

「消さない。運行機能だけ切る!」

 オルサが台帳箱へレンチを入れる。

「封印されてる」

「王家規格」とカイルの遠い形光。

「壊す」

「証拠保全」とセレナ。

「橋が落ちる!」

「外した封印片を全て保管。位置記録」

「時間!」

「記録者を分ける。壊せ」

「許可」

「星律官として緊急証拠移動を認める」

「王命違反」政府代理人。

「異議を記録」

 オルサが封印を砕く。

 破片をミコが袋へ。

 運行札を抜く。

 赤い光が一両ずつ消える。

 列車は、法的にも橋になる。

 名称を書き換える余裕はない。

 だが機能を止める。

 最後の集団が中央部へ差しかかる。

 子供六人。

 教師二人。

 水樽一。

 幼い荷獣一頭。

 先ほどの箱の獣。

 群れの匂いを見つけ、ようやく自分から歩いている。

「重量、範囲内」とエリア。

「風、外島側から九」ミラ。

「九何」ハル。

「今は黙れ!」

「割合?」

「風速!」

「単位!」

「橋が揺れる!」

 雷雲中心で、大放電。

 時間窓の基準光。

 一回。

 各車両が、自地域の待ち拍を数える。

 橋の上で、全員が止まる。

「停止窓!」テトの鐘、一打。

 止まる。

 橋が一度沈む。

 二度目の光。

 その間に、中央側の鎖が切れた。

 音は遅れて来る。

 先に、橋の中央が白くなる。

 ゼロスター号を固定していた旧係留索へ、急な荷重。

「中央継手、上限超え!」エリア。

「何割!」ロロ。

「百三十!」

「一割じゃない!」ハル。

「今そこじゃない!」

 橋の中央。

 船底と貨物桁の接合部。

 一本の亀裂。

 白い。

 ロロの耳には、壊れる前の音が分かる。

 きん。

 小さい。

 完全に沈黙する直前の音。

「全員、橋の両端へ!」

「中央に子供!」

「走るな! 荷重が跳ねる!」

「どうする!」

 ロロは、リメイクを使わない。

 元の列車へ戻せば、橋が消える。

「ハル!」

 人名を呼ぶ。

「いる!」

「中央へ行け。補助索三本。左肩へ掛けるな。子供と荷獣を、両側へ半分ずつ」

「半分?」

「身体をじゃねえ! 人数!」

「分かってる!」

「エリア、荷重が軽い側を毎拍!」

「受領!」

「ミラ、船を浮かせすぎるな! 亀裂が開く!」

「一寸だけ!」

「単位が古い!」

「今そこ!?」

「オルサ、割れへ締結板!」

「長さ足りない」

「食堂車の床骨!」

「避難小屋が」

「一本だけ抜く!」

「小屋の屋根、落ちる」

「代わり」

「貨物扉」

「やれ!」

 全員が動く。

 通信はない。

 鐘。

 旗。

 手。

 口。

 橋の中央で、亀裂がもう一度鳴る。

 きん。

 今度は、長い。

 白い線が、ゼロスター号の船底を横切った。

 列車を橋にした。

 橋は、人を渡した。

 そして橋の中央で、最後に残った鎖が、また裂け始めた。