第656話 第四章「一体構造の模型」後編
模型を三つへ増やす。
一号。
命令どおり下面を切る。
二号。
逆に上層の王城部だけを切る。
三号。
中央炉を停止し、圧が下がるまで全員避難する。
「王城を切る案も試すの」とカイル。
「下を切るなら上も切れ、って意見が二百九十一」とサラ。
「人数まで」
「読む」
「私も模型へ乗る?」
「豆袋一個」ロロ。
「王太子の質量が軽い!」
「政治荷重は模型外!」
「制度上の荷重へ入れろ!」
「自分で言うな!」
二号模型の王城を切る。
白い王城が落ちる。
一瞬、下面の荷重は軽くなる。
「助かる?」ハルの通信。
「待て」ロロ。
王城柱が引いていた炉管が外れる。
中央炉の熱が学院側へ偏る。
下面根が上層市場を引き上げ、反対側の根が折れる。
四十秒後。
王城以外も崩れた。
「上を捨てても同じ」とサラ。
「同じではない」とロロ。「崩れる順番が違う。王城側住民が先に落ちる」
「ざまあ、って言う者もいる」
「言わせとけ」カイル。
「王子」
「言葉まで処罰すれば、怒りが消えたふりをするだけだ。だが、王城を落として解決するという嘘には、反証を出す」
「自分が落ちる模型、平気?」ハル。
「平気ではない」
「怖い?」
「怖い。だから王盾炎で模型を守りたくなる」
「守ったら」
「証拠を壊す」
「成長」
「今褒めるな」
三号。
中央炉を止める。
湯が冷える。
圧は下がる。
十秒。
「いける?」
「待て」
浮力炉の停止で、王都全体が雲海側へ沈む。
上層の避難橋が傾く。
下面の逆潮圧は下がるが、頭上の海側へ引く力が勝つ。
二分後。
模型は、切られずに一体で落ちた。
「止めるだけも駄目」ハル。
「炉を止めず、動かす必要」とロロ。
「動く炉?」技官。
「古い座に可動輪がある」ニア。
「封鎖済みです」
「なぜ」
「炉は不動であるべきと」
「誰が」
「百年前の王都不動化事業」
ロロが寝台で笑う。
「名前からして馬鹿!」
「不敬だぞ」とカイル。
「お前も思ったろ!」
「王家文書に対して、正式には『再検討を要する命名』だ!」
「長い馬鹿!」
「短くするな!」
笑いは、模型の崩壊を軽くしない。
ただ、恐怖へ一つ別の音を混ぜる。
四つ目の模型を作る。
切らない。
止めない。
上も下も捨てない。
代わりに、各部を少しだけ動かす。
「まだ方法がない」とセレナ。
「だから仮模型」とロロ。
「仮値」
「全部書く!」
ロロは模型台の横へ捨てたもの一覧を書く。
『可動継ぎ目の現状不明。
六炉の同期方法不明。
未記録荷重、下限のみ。
住民移動による時間変化。
王盾炎の反作用。
骨製測量具の用途不明。
ロロ・ピクスの背部筋力、現在値不明。』
「最後いらない」とロロ。
「いる」とニア。
「模型外」
「操作担当者は模型内」
「人を入れると豆袋?」
「人の代替に豆を使うな」
「最初に使ったのお前も見てただろ!」
ニアは小さな黄色いねじを、模型台の中央へ置く。
「ロロ」
「何」
「質量ではなく、操作可能範囲として入れる」
黄色いねじの周囲へ、届く弁を円で描く。
二本の補助腕ならここまで。
三番腕があれば、ここまで。
右腕に痺れが出れば、ここまで。
寝たままなら、ここまで。
「俺を制限で描く?」
「能力も描く。制限だけ消すと、模型が嘘になる」
「姉のは」
ニアは自分の黒いねじを置く。
六本腕。
触覚低下。
断機使用後の感覚喪失。
背部慢性痛。
一人判断へ偏る傾向。
最後の項目をロロが読む。
「それ、構造?」
「操作誤差」
「自分で書くんだ」
「書いた方が、他者が止められる」
「昔も書けばよかった」
「そうだ」
「何で書かなかった」
「弱点を見せれば、現場から外されると思った」
「外されたくなかった」
「切れる者が必要だと思った」
「自分が必要だった?」
ニアは答えに時間を使う。
「必要とされる役割を失えば、何が残るか分からなかった」
「俺と同じにすんな」
「似ていると言っていない」
「今のは似てるだろ!」
「おまえには修理が残る」
「姉貴には」
「分からない」
ロロは三番腕を見る。
工具がなくても自分は残る、とすぐには言えない。
姉へ言える言葉を、自分へまだ言えない。
「じゃ、今日切らなかったら探せ」
「何を」
「役割以外」
「おまえも」
「交換条件?」
「共同作業」
「期限」
「今日の後」
「広い」
「生存後七日以内」
「細かい」
「生きるため」
「それ、ずるい」
四つ目の模型へ、六つの仮関節を入れる。
まだ動かし方はない。
だが初めて、切断後の崩壊でも、炉停止後の落下でもない形が机上に残る。
模型の値を現物へ確かめるため、ロロは自分で行くと言った。
「行けない」とニア。
「這えば」
「背部圧迫」
「お前が運べ」
「私が?」
「補助腕六本!」
「二本稼働」
「俺と同じ!」
「だから二人で一人を運べない」
「一人を物扱いすんな!」
エリアの通信。
『現地映像を送ります。ロロは模型から指示』
「画面じゃ匂いが分からない!」
『ノクスを各管へ』
「ノクスは計器じゃない!」
『判断へ使わず、異常箇所の候補を増やす』
「……それなら」
ノクスが画面の向こうで、管を一本ずつ嗅ぐ。
油。
水垢。
豆。
薬。
花園の土。
王城厨房の香草。
王都の上下をつないでいたのは、設計者の壮大な思想だけではない。
暖房を分けた人。
排水を再利用した人。
葬送棚を温めた人。
許可を待てず、今日を生きるため管を一本増やした人。
生活は、都市を一体構造へ変えていた。
「ノクス、右から五!」ロロ。
夜獣が一つだけ列から外す。
「そこは?」
『匂いなし』ハル。
「空管?」
『叩く』バズ。
音は詰まっている。
「匂わない詰まり」
『封蝋! 王家規格!』
「いつ」
『刻印、百三年前!』
「不動化事業」とニア。
封蝋を模型へ足す。
切断後の荷重が逃げない理由が、もう一つ増える。
王都を動かない象徴にするため、逃がし管まで封じられていた。
「模型は」とカイル。
「一体」とロロ。
「断定できる?」
「現物接続六、圧返り三、生活改修五、長期亀裂一致。全部が同じ循環へ入る」
「セレナ」
『物証上、下面根、上層柱、中央炉配管は相互に荷重を渡す一体構造である可能性が極めて高い。切離しによる上層安定の前提は棄却できます』
「言った」とロロ。
「証明した」とニア。
それは姉の感情ではない。
技師の評価である。
ロロが欲しかったものの全部ではない。
それでも、技術を技術として受け取られた言葉だった。
「今の、記録」とロロ。
「既に」とセレナ。
「二重に!」
「欲深い」
「修理代と評価は取りっぱぐれない!」
模型の再計算は、ロロを寝かせた横で続いた。
セレナが数字を分ける。
エリアが路図へ重ねる。
バズが現物の管を一つずつ確認する。
サラが無許可改修を申告する。
カイルが、申告者を直ちに処罰しない臨時免責へ期限を書く。
ニアは切断盤へ、新しい条件を入れた。
『下面切離し後、上層柱群へ連鎖荷重集中』
成功率表示。
九三・八。
七十二・一。
四十四・六。
そして。
『上層安定見込み 二八・九パーセント』
命令盤が警告する。
『切離し推奨値を下回りました』
「自動停止する?」ハル。
『しない』ニア。
「何で!」
『非常手順は、執行時に入力された計算を固定する』
「新しい証拠を食べない?」
『現地修正者が手動で停止するまで』
「停止者は」
『私一人』
ロロは寝台から模型を見る。
切った後、全体が崩れた町。
「証明したぞ」
「一つ目の停止条件」とニア。
「なら止めろ」
「停止する」
彼女が盤へ手を置く。
表示。
『停止には執行者生体鍵を要求』
ニアの指先が白く光る。
その下に、小さな一行。
『停止後の再起動、同一鍵で可能』
ロロは読む。
「止めても、お前一人でまた始められる」
「そうだ」
「それを停止って呼ぶ?」
「時間は止まる」
「権限は止まらない」
ニアは手を置いたまま、押さない。
模型は答えを出した。
危険部分を切れば残りが助かる、という前提は崩れた。
だが、王都を切る仕組みは、正しい答えを知っても止まらない。
それは間違った機械だからではない。
一人を正しい者として作られた機械だった。