第740話 第十章「死亡記録を使って罠を壊す」後編
開始。
七拍の指揮権は、一人へ置かない。
一拍目、ハル。
「橋梁、入る!」
橋が開く。
幼い声。
雨。
赤い布。
一。
二。
三拍目に、ハルは跳ばない。
腰索へ結んだ空の工具箱を蹴る。
「配達完了!」
「中身なし!」ロロ。
「送料だけ高い!」
工具箱が最短路へ落ち、橋の床を崩す。
崩落床の錘が、炉外周の第一制動輪を下げる。
二拍目、エリア。
「婚姻塔、中心線を描く」
一本の淡緑線。
塔が彼女を中央へ閉じ込めるため回る。
七拍目直前、地図筆を住民へ渡す。
「最後の線を、外へ」
住民の手が、中心線を第一制動輪へ接続する。
婚姻塔は閉じる代わりに、崩落床の錘を横から支えた。
「二つ、噛んだ!」ロロ。
三拍目、ロロ。
機関室。
異音。
一次弁。
「豆パン、四分の一! 揚げパン、保持! 焦げパン、爆薬管!」
「工具名の説明がない!」カイル。
「分かる奴だけ分かればいい!」
「施設が分からないから有効!」セレナ。
再機の残響が弁を三秒保持。
ロロは出る。
爆薬管だけが、証拠庫の排気路へつながる。
機関室が爆発。
炎は証拠庫へ入らず、排気圧だけが欠落証言台を持ち上げる。
第四、カイル。
「全員、盾の後ろへ!」
記録どおりの号令。
ただし「後ろ」は一か所ではない。
十二枚の板を円へ立て、全員が互いの後ろになる。
「言葉の詐欺!」ハル。
「外交だ!」
王盾炎、十九。
吸収炉が赤くなる。
臨界前で、住民が板を傾ける。
吸われた力が、第三制動輪へ流れる。
第五、セレナ。
証拠庫。
欠けた証言図。
筆先を白い欄へ置く。
記入開始。
書かない。
「それ、筆を置いただけ!」ハル。
「記録上、記入工程です」
「法の言葉遊び!」
「手続です」
証拠庫が監査待機へ入り、七本の命令軸を一拍停止する。
「今!」ロロ。
第六、ノクス。
七皿。
一皿を外す。
夜獣檻の閉鎖歯が一枚外れ、炉中央へ幅一尺の隙間。
アムナが走る。
魔法はない。
死亡記録もない。
炭で黒い指と、借りた保守鉤だけ。
板持ちが索を持つ。
ハルは持たない。
持ちたい手を、握って止める。
「距離!」
「七歩!」板持ち。
「残り!」
「四!」
「アムナ!」
一度。
二度目を待つ。
「アムナ!」
「いる!」
中央へ到達。
手動停止輪。
八本の握り。
「八?」
アムナの声。
「今は止めろ!」ロロ。
「命令?」
「頼み!」
「期限」
「七拍! 止まらなければ離せ!」
アムナは握る。
一拍。
二拍。
三拍。
炉が抵抗する。
六枚の死亡記録と一枚の空白板が、一斉に赤くなる。
橋の床がさらに崩れる。
婚姻塔が中心へ戻ろうとする。
機関室の二次爆薬が点火。
盾炉が最大出力を要求。
証拠庫が自動記入を始める。
夜獣檻が閉じる。
記憶井から、全員の大切な声が上がる。
「ハル!」母の声。
「エリア!」亡母の声。
「カイル!」王妃の声。
「ロロ坊!」ニアの幼い声。
名前が引く。
四拍。
「聞くな!」セレナ。
「聞こえる!」ハル。
「本人か不明!」
五拍。
カイルの盾が震える。
エリアの左肺が詰まる。
ロロの右手が動かない。
六拍。
アムナの両腕が、停止輪へ引かれる。
「離せ!」ハル。
「まだ六」
「死ぬ!」
「七拍で返す」
七拍。
彼女は離した。
停止輪は、惰性で半回転する。
止まらない。
しかしロロは笑った。
「十分」
「止まってない!」
「七本が一拍ずつずれた!」
橋の錘。
塔の横支え。
機関の排気圧。
盾炉の吸収。
証拠庫の監査停止。
夜獣檻の欠歯。
記憶井の音声負荷。
同じ時刻に死を作るはずの七機構が、互いの出力を食い違わせる。
炉は結果を確認しない。
ハルが落ちたか。
エリアが閉じ込められたか。
ロロが爆発したか。
カイルが盾の後ろにいるか。
知らない。
期待した動作が始まったという信号だけで、次へ進む。
だから、七つの「始まり」を別の「終わり」へ接続できる。
「逆回転!」ロロ。
炉が一度、止まる。
次に、反対へ回る。
停止輪が反対へ回り始めた時、危機は終わらなかった。
逆回転した命令軸は、七つの罠から未使用の力を一斉に返す。
橋梁から落下荷重。
婚姻塔から回転慣性。
機関室から爆圧。
盾庭から吸収熱。
証拠庫から監査停止時間。
夜獣檻から閉鎖ばね。
記憶井から音声圧。
「戻りすぎる!」ロロ。
炉の外周が持ち上がる。
赤い紙片が刃のように飛ぶ。
「伏せろ!」カイル。
王盾炎。
二十。
「最大にするな!」エリア。
「紙を燃やさない範囲!」
炎盾を上へ向ける。
飛ぶ紙を焼かず、熱風だけ横へ流す。
セレナは証羽を閉じる。
紙片と羽が混ざれば、原位置が失われる。
「記録箱!」
外周見張りが空の工具箱を蹴り返す。
先ほど橋へ落とした箱が、制動輪から戻ってくる。
「配達、返送!」ハル。
「送料二倍!」ロロ。
ハルは箱を取ろうと走る。
左肩。
痛み三。
止まる。
「板持ち!」
名前ではなく役割を呼ぶ。
「受ける!」
板持ちが索を引き、箱の軌道を変える。
ハルは右手だけで蓋を開く。
セレナとエリアが紙片を順に入れる。
「全部は無理!」エリア。
「優先順位」とセレナ。「原本、修正履歴、命令接続表。個人写しは床位置を記録して後回し」
「誰が決めた」とカイル。
「私の提案。異議」
「なし!」
「あり」とアムナ。
中央で、両腕を停止輪から離した彼女が叫ぶ。
「空白板も!」
「文字がない!」
「空白だった事実!」
エリアが一本の路図を空白板へ伸ばす。
ただし本人が取りに行かない。
ノクスが跳ぶ。
「ナ!」
二本の尾で、白い板を弾く。
箱へ入る。
「ノクス、採用!」ハル。
「本人判断です」とセレナ。
炉の主軸が反転を続ける。
一つ目の停止爪。
「入れる!」ロロ。
「右手」とセレナ。
「左の補助腕!」
補助腕が爪を持つ。
右手は位置を指すだけ。
ガン。
仮止め。
軸が跳ね、ロロの身体を持ち上げる。
「索!」
ハルは自分で掴まず、カイルへ渡す。
「お前が引け!」
「肋骨!」
「二!」
「俺の肩三!」
「どっちが安い!」
「身体を値段にするな!」エリア。
板持ちが二人の間へ入り、索を腰で受ける。
「三人で引く!」
三人でロロを戻す。
二つ目、反転爪。
エリアが位置を描く。
完成線ではない。
爪が入った後に軸がどちらへ逃げるか、二つの可能性を残す。
「右へ逃げたら」とロロ。
「カイルの盾板」
「左へ」
「ハルの空箱」
「上へ」
「ノクス本人判断」
「万能な本人判断!」ハル。
爪が入る。
軸は上へ跳ねた。
ノクスは避ける。
「避けた!」
「本人判断!」
空いた上方向へ、ハルが空箱を投げる。
「俺の担当じゃなかった!」
「新しい手順!」エリア。
箱が軸へ噛み、上昇を止める。
最後、完全停止爪。
ロロの喘息が二。
右手の痺れ三。
補助腕の熱四。
「交代」とセレナ。
「最後だけ!」
「最後だから」
「誰が」
外周見張りが手を上げる。
「俺は機関士じゃない」
「だから、俺が説明する」ロロ。
停止爪を渡す。
「角度、右へ二度。音が高くなったら待つ。低くなったら半寸。俺が止めろと言っても、七拍を過ぎたらセレナを見る」
「お前の命令を聞かない?」
「聞く期限を決める」
外周見張りが頷く。
一拍。
二拍。
三拍。
音が高い。
待つ。
ロロが「今」と言いかける。
四拍。
低くなる。
半寸。
五拍。
軸が揺れる。
六拍。
ロロが叫ぶ。
「入れろ!」
七拍。
外周見張りは入れない。
一拍空白。
軸の揺れが止まる。
セレナが言う。
「今」
ガン。
三本目が入る。
炉は、完全に止まった。
ロロは怒鳴る。
「何で俺の時に入れなかった!」
「七拍過ぎた」
「正しい!」
「怒るのか褒めるのかどっち」とハル。
「両方!」
修理工は、自分の命令を聞かなかった人に救われた。
静寂の中で、紙の落ちる音だけが続く。
死亡記録は残った。
罠への命令は止まった。
被害者の選択は、これから分け直せる。
アムナは中央から戻る。
ハルは索を持たない。
板持ちが最後まで持つ。
「距離!」
「四!」
「残り!」
「二!」
「アムナ!」
一度。
彼女が自分で答える。
「いる!」
二度目を、ハルは言わない。
確認を彼女へ返す。
アムナが外周へ足を掛けた時、七枚の扉が開き始めた。
扉の上に、未来の答えはない。
橋。
塔。
機関。
盾。
証拠。
檻。
記憶。
過去に何を入力し、誰を標準へしたかを残す、七つの証言室だった。
炉が止まった後、ロロは主軸へ耳を当てたまま、一分動かなかった。
「止まってる?」ハル。
「止まってる」
「じゃあ離れろ」
「止まってる音を聞いてる」
「無音だろ」
「機械の無音は種類がある。壊れて死んだ無音。休んでる無音。次に動くための無音」
「今は」
「勝手に動かない無音」
ロロはようやく耳を離した。
「一番高い」
「修理費が?」
「価値が!」
セレナは停止時刻を記す。
エリアは七つの扉と、壁へ続く摩耗を描く。
カイルは板持ちと外周見張りへ、治療と報酬の手続を尋ねる。
「報酬はいらない」と板持ち。
「無償にすると、次も住民の善意を前提にする」とカイル。
「じゃあ、決める権利を」
「何の」
「私の記録を、どこまで残すか」
「それは報酬でなく権利だ。最初からある」
「最初からなかった」
カイルは返事を失う。
「なら、最初からある、と書くんじゃなく、今ここで渡す手続を作る」
王子の言葉は、まだ制度ではない。
制度になる前の約束は、破られる可能性を持つ。
それでも、破られた時に責任を問えるよう、セレナが時刻と証人を記した。
アムナの白い死亡記録は、箱の中で他の紙と同じ重さを持っている。
「空白なのに重い」とハル。
「紙だから」とエリア。
「そういう意味じゃない」
「意味を付けすぎないために、まず紙の重さを言った」
七つの証言室が開く。
その間の壁へだけ、子供ほど短い歩幅が続いている。
八室迷宮は、七つの死を止めた後も、一つの空白を残した。