第778話 第五章「竜と機関士の証言」後編

 ノクスが、第七作業台の前で牙を見せる。

 古い銘板。

『第七心片・夜渡り用』

「ノクスの原型?」ハル。

 ノクスが唸る。

「違う」とアムナ。

「起源としては」とセレナ。

 ノクスがさらに低く唸る。

 セレナは言い直す。

「古代記録は、現在のノクスをその分類へ入れようとする。本人は拒否」

 尾が一度。

「記録修正」とアムナ。

『銘板表記――第七心片。

 現在個体ノクスは同一視を拒否。

 起源関係は、所有・帰属・再統合義務を意味しない』

 ノクスは銘板を壊さない。

 前脚で裏返す。

 文字を見えなくするが、消さない。

「公開制限?」ハル。

 尾を二度。

「今は見せない。後で本人が戻せる」とアムナ。

 夜獣が、自分の記録範囲を選ぶ。

 その横に、八番目の小さな工具掛けがある。

 何も掛かっていない。

 床へ、壊れた方位器の針。

 北を指さない。

 八方向へ回した傷。

「手作り方位具と似る」とハル。

「年代が違う」とセレナ。「こちらは千年前」

「同じ遊びを、ソウジが知った?」

「可能性」

「誰から」

「まだ不明」

 ノクスは古い針を鼻先で押す。

 針が一周し、第八工具掛けを指す。

 偶然である。

 床が傾いている。

 それでもロロは、傾斜角を測って記録する。

「偶然を、運命として修理依頼にするな」

「誰も依頼してない」とハル。

「おまえの顔がしてる!」

「顔は証拠じゃない」

「セレナの悪用!」

 床下へ降りるのは、ロロとアムナ。

 ハルは行かない。

「小さいから?」

「肩が引っかかる」とエリア。

「理由が物理!」

「前にも聞いた」アムナ。

「物理に負け続けてる」

「生きてる」

「それは勝ちか」

「大きい」

 ロロの喘息は一。

 右手の痺れ二。

 補助腕二本、稼働。

 アムナは名札を持たない。

 炭筆、紙、紐。

 床下の第八管は、七心核の中心から外へ伸びていなかった。

 逆である。

 七基から少しずつ集まり、一つへ入る。

「分配管じゃない」とロロ。

「集める」

「余りを」

 管の内壁に、黒い砂。

 採取しない。

 位置と層を写す。

 七方向の管には、圧を均す弁がある。

 第八管には、戻す弁がない。

「入るだけ」とアムナ。

「出口は先」

「閉じられる?」

「ここからは無理。上流側の七弁を全部止めるか、先の受け口で」

「受け口」

「機械なら槽。人なら」

 ロロは言葉を止める。

 管の支持具に、革の繊維が挟まっている。

 金属へ固定するための硬い革ではない。

 皮膚へ当てるため、内側へ布が縫われている。

「身体へ?」

「可能性」

「大きさ」

「肩幅、狭い。子供か、細い大人」

 アムナは紙へ書く。

『第八管。七系統から流入。逆止めなし。身体装着用に似る支持具。対象不明』

「名前欄」とロロ。

 支持具の横に、名札跡がある。

 四隅の留め穴。

 塗装の退色。

 板だけ外されている。

「故障で落ちたなら、留め具も一部残る」とロロ。

「全部外した」

「意図的」

 その時、頭上で七基のピストンが同時に動いた。

 一。

 二。

 三。

 四。

 五。

 六。

 七。

 第八管へ、黒い砂が走る。

「上へ!」

 床下の管が震える。

 ロロの補助腕が壁へ固定。

 アムナの足元が滑る。

 右手を伸ばすロロ。

 痺れた指が握れない。

「左!」アムナ。

 彼女はロロの左手へ紐を投げる。

 ロロが握る。

 アムナは自分で壁へ膝を当てる。

「引く?」

「本人確認!」

「引いて!」

 引く。

 二人が上へ戻る。

 工場全体が、呼吸していた。

 七心核が順に圧縮される。

 第八管だけが膨らむ。

「誰かが再演を起動した?」ハル。

「違う」とエリア。「王家版と兵士版が近づいて、負担が工場版へ流れた」

「歴史同士の衝突圧」とロロ。

「言葉が物理を超えてきた」

「元から物理!」

 中央壁に、機関士の手順板が現れる。

 一、七心を個別に確認。

 二、撤回弁を開放。

 三、流入者へ離脱条件を伝達。

 四、同意確認。

 五、負荷開始。

 六以降が削られている。

 別の板。

 一、七心を固定。

 二、中央受けへ余剰を集約。

 三、受け口の名を記録から除外。

 四、終了まで解除を禁ず。

「手順が二つ」とセレナ。

「最初のは安全手順。後のは戦時改造」とロロ。

「誰が」

「署名なし」

 手順板の裏から、低い声が出る。

『その呼びかけは、今の私へ向けたものか』

 ノクスの毛が逆立つ。

「オルド?」ハル。

『現在の私は、応答記録。全体ではない』

「質問していい?」

『質問者、範囲、停止条件を示せ』

「厳しい」

「正しい」とアムナ。

 セレナが宣言する。

「質問者、現地調査班。目的、第八管の原設計確認。三問。応答停止は記録の音割れ、工場圧五、ノクスの撤退意思」

『受領。結ぶ前に、離れる道を示せ』

「第一問」とロロ。「第八管は原設計にあったか」

『なかった。七心は七者へ分け、各者が撤回できる設計だった』

「第二。誰が追加した」

『記録欠損。王家、軍、機関士会の共同改造印。個人名、削除』

「第三。何を流した」

 応答が遅れる。

 工場の音が下がる。

『守られなかった呼びかけ。撤回された命令。果たされなかった帰還。互いに矛盾する救命。七心へ残せば全系が停止するため、中央の――』

 音が割れる。

「停止!」セレナ。

 ロロが手回し輪を止める。

 完全な答えを得ようとして、記録を壊さない。

「中央の何」とハル。

「聞こえた範囲だけ」とセレナ。「推定は別欄」

 工場圧が四へ上がる。

 第八管の受け口が開きかけている。

「全部止める」とカイル。

「七弁同時は無理」とロロ。「一つ止めると他へ圧が偏る」

「第八へ逃がす?」

「それが昔の答え!」

「じゃあ分ける」とハル。

「七人で?」

「七箇所へ」エリア。「人へじゃない。外壁の空き容積へ逃がす」

「工場が割れる」

「割れる場所を選ぶ」

「修理代!」

「人へ流すより安い」

「正しいけど値段で言うな!」

 七つの小弁を、別々の時刻で開く。

 同時ではない。

 各心核の圧が上限へ達する直前。

 エリアが目盛りを読む。

 セレナが順序を記録。

 カイルとハルが手回し輪。

 アムナが開放確認を二度呼ぶ。

 ロロが中央の第八管を閉じる。

 ノクスは、七つの弁の間を走る。

 一つ目。

 二つ目。

 三つ目。

 四。

 五。

 六。

 七。

 最後に第八管へ戻る。

 黒い夜獣は、その管を噛まない。

 前脚を当てる。

 管の向こうから、七つの空洞音が返る。

 ノクスの二本の尾が、床へ低くなる。

 起源であるオルドへ戻ることを、本人は望まない。

 七心の一部と呼ばれるたび、牙を見せる。

 それでも第八管の振動には、自分と同じものがあった。

 一人へ押しつけられた複数形。

「ノクス」とハル。

 本人は振り向かない。

「戻る?」

 靴紐を噛まない。

「残る?」

 尾を一度、床へ打つ。

「本人判断。残る」アムナ。

 ノクスは第八管の前へ座る。

 七つを一列へ並べる時、いつも一つを外へ置く夜獣が、その日初めて、外へ置かれた一本の側に自分から座った。

 管の名札は外されている。

 けれど、外された跡だけは、機械が千年守っていた。