『月曜日返納課』

――オリジナル読み切りナンセンス小説――

 森下晶良が目を覚ますと、枕元に市役所からの赤い封筒が置かれていた。

 封筒には「至急」と書いてあり、その下に小さく「気持ちの上では」と添えてあった。

 晶良は封を切った。

 通知書

 あなたは平成二十二年六月十四日午前八時三分ごろ、市が管理する月曜日一個を持ち出し、現在まで返納していません。

 つきましては、本日午後三時までに当市役所・月曜日返納課へ持参してください。

 紛失した場合、火曜日など類似の曜日で弁償しないでください。見ればわかります。

 末尾には市長印が押されていたが、なぜか印鑑のほうが申し訳なさそうだった。

「姉さん」

 晶良は台所へ行った。

 姉のミチコが、食卓でスイカにアイロンをかけていた。

「何してるの」

「しわが気になって」

「スイカにしわはないだろ」

「だから予防よ」

 ミチコは蒸気を出した。スイカが少しだけ自信をなくした。

「市役所から、月曜日を返せって来た」

「あんた、まだ持ってたの」

「知ってるのか」

「去年、洗面所で鳴いてたわよ」

「月曜日が?」

「いいえ、洗面所が」

 役に立たない情報だった。

 晶良は会社に電話をした。東西ボタン物流株式会社で、ボタンの穴が本当に必要かどうかを一日中考える仕事をしている。

「市役所へ月曜日を返しに行くので、遅れます」

 上司は三秒黙った。

「森下君」

「はい」

「今日は金曜日だぞ」

「だから急いだほうがいいと思います」

「たしかにな」

 会社は休みになった。

 市役所行きのバスは、停留所に対して斜めに到着した。

 運転手がドアを開けた。

「市役所へ行きますか」

 晶良が尋ねると、運転手は首を横に振った。

「バスは行きません。市役所のほうが近づいてきます」

 見ると、遠くの市役所がゆっくりこちらへ滑ってきていた。

 晶良はバスに乗るのをやめた。市役所が来るのを待つことにした。

 十分後、市役所は目の前で止まった。建物の屋上にいる職員が、長い棒で地面を蹴っていた。

 玄関には看板が出ていた。

  本日は通常どおり臨時です。

 中へ入ると、総合案内に誰もいなかった。代わりに、机の上に小さな総合案内が置かれていた。木製で、屋根と煙突がついている。

「月曜日返納課はどこですか」

 晶良が尋ねると、小さな総合案内の窓が開き、中からもっと小さな職員が顔を出した。

「七・五階です」

「七階と八階の間ですか」

「いいえ、二階の横です」

 職員は番号札を一枚よこした。

 札には「八十一番」とあり、裏には「ただし八十二番より先」と書いてあった。

 エレベーターに乗ると、階数ボタンの代わりに「強火」「弱火」「気のせい」という三つのボタンが並んでいた。

 晶良は「気のせい」を押した。

 エレベーターは動かなかったが、晶良のほうが七・五階へ着いた気になった。

 ドアが開いた。

 月曜日返納課は、体育館ほど広い部屋に机が一つだけ置かれていた。

 机の向こうに、根岸という名札をつけた男が座っていた。椅子は根岸の上に座っていた。

「八十一番の方」

「はい」

「まだ八十番が来ていませんが、八十番は昨日から欠番なので大丈夫です」

 根岸は書類をめくった。

「森下晶良さん。月曜日一個、十四年と二十六日間の未返納ですね」

「持ち出した覚えがありません」

「曜日を持ち出す方は、みなさんそうおっしゃいます。曜日の側も同じことを言います」

「月曜日はどんな形ですか」

「返納なさる物を、こちらに質問しないでください」

「見ればわかると書いてありました」

「見ればわかります」

「見たことがないんです」

「では、見てもわからないですね」

 根岸は納得して判子を押した。何に納得したのかは教えてくれなかった。

「まず、曜日磁気検査を行います」

 根岸は机の下から銀色のトースターを取り出した。

「右手を入れてください」

「焼けませんか」

「焼けた場合は左手だったことにします」

 晶良が右手を入れると、トースターがチンと鳴った。上から薄い紙片が飛び出した。

 紙片には「仮の木曜日」と印刷されていた。

「違いますね」

 根岸は紙片を丸めて食べた。

「今のを食べるんですか」

「仮ですから」

「本物なら?」

「もう少し味わいます」

 検査の結果、晶良の体内からは月曜日が見つからなかった。ただし左肩から「連休明けの気配」が微量に検出された。

「これは誰にでもあります」

 根岸は言った。

「特に会議の多い方に」

「月曜日そのものが見つからない場合、紛失物保管室を確認します」

 根岸に案内され、晶良は地下へ下りた。

 地下は九階まであった。

 紛失物保管室には、棚が果てしなく並んでいた。

 棚には財布や傘のほか、さまざまな物が保管されていた。

 ・言いかけてやめた話 四百八十二件

 ・子どものころ得意だった何か 七十六件

 ・冷蔵庫を開けた目的 二千三百件

 ・納得はしていないが「なるほど」と言った気持ち 一袋

 ・知らない人に会釈してしまった理由 腐りやすいので冷蔵

 奥の棚では、白衣を着た職員が「夏休みの最後の三十分」を虫眼鏡で検品していた。

「月曜日は届いていますか」

 根岸が尋ねた。

 職員は台帳を開いた。

「月曜日は先月、一件届いています。場所は駅前のベンチ。状態はやや湿っていて、不機嫌」

「それかもしれません」

 職員が金庫から黒い包みを取り出した。

 包みを開くと、中から小さな水曜日が出てきた。

「これは水曜日ですね」

 根岸が言った。

「でも伝票は月曜日です」

「本人は?」

「水曜日だと言い張っています」

 小さな水曜日は腕を組んだ。

「週の真ん中なんて、もううんざりだ」

「本人の希望は尊重しますが、暦とは別の話です」

 根岸は水曜日を包み直した。

「お大事に」

 水曜日は包みの中から「何がだ」と怒鳴った。

 結局、保管室にも該当する月曜日はなかった。

 帰り際、晶良は棚の隅に置かれた小瓶を見つけた。ラベルには「なんとなく嫌な予感」と書かれていた。

「これは誰のですか」

「共有です」

 根岸が答えた。

 月曜日返納課へ戻る途中、晶良の背広のポケットから、かすかなため息が聞こえた。

 晶良と根岸は立ち止まった。

 もう一度、ため息がした。

 晶良がポケットに手を入れると、古い映画の半券、ねじ、乾いた梅干し、知らない家の鍵に混じって、青黒い紙のようなものが丸まっていた。

 引っぱり出すと、それは手のひらほどの大きさで、四角く、薄く、額に「月」と書いてあった。

 紙のようだが、足が二本あり、ネクタイをしていた。

「月曜日ですね」

 根岸が即答した。

「見ればわかりました」

 月曜日は晶良の指に噛みついた。

「痛い」

「長く畳まれていたので機嫌が悪いんです」

「いつからポケットに?」

 月曜日は口を開いた。

「十四年と二十六日前からだ」

 声は、朝一番に鳴る目覚まし時計と、印刷機の紙詰まりを足して二で割らなかったような声だった。

「どうして僕のポケットに入ったんだ」

「駅で拾っただろう」

 晶良は考えた。

 十四年前の六月、雨の朝、駅の階段で青黒い紙片を拾った記憶が、ようやく戻ってきた。切符だと思い、背広の内ポケットに入れた。その背広はほとんど着ず、今日、市役所へ行くからという理由だけで久しぶりに出したのだった。

「届けなかったのは悪かった」

「悪かったで十四年が戻るか」

「曜日に年齢はあるのか」

「話をそらすな」

「あるのか」

「少しある」

 月曜日は少し老けていた。

 根岸は返納申請書を差し出した。

「発見できましたので、返納手続きに移ります。こちらに署名を」

 月曜日が申請書を蹴った。

「戻らない」

「困ります」

「戻れば、また全員に嫌われる」

 根岸は事務的にうなずいた。

「たしかに月曜日の苦情は多いです。昨年度だけで二万三千件。うち一万九千件は朝に集中しています」

「私は何もしていない。勝手に夜ふかしした人間を起こしたのは目覚まし時計だ。混んだ電車を走らせたのは鉄道会社だ。会議を九時に入れたのは部長だ。それなのに、みんな『月曜だから』と言う」

「部長については当市の管轄外です」

「そういう話ではない」

 月曜日は机の端で腕を組んだ。四角いので、どこが腕かはよくわからなかった。

「返納を拒否した曜日は、強制循環の対象になります」

 根岸が壁の赤いボタンに手を伸ばした。

「やめろ」

「規則です」

「規則なら、もっと申し訳なさそうにしろ」

 根岸は少し申し訳なさそうな顔でボタンを押した。

 天井からサイレンが鳴った。

「曜日逃走防止装置を作動します」

 部屋の四方から、巨大なカレンダーの網が降りてきた。

 月曜日は素早く跳び上がり、網の「祝日」の赤い部分を破って逃げた。

「祝日は強度が低いんです」

 根岸が説明した。

「説明している場合ですか」

 二人は月曜日を追った。

 月曜日は廊下を走り、総務課へ飛び込み、書類の束に紛れた。

 次の瞬間、市役所全体の時計が午前八時五十九分になった。

 職員たちが一斉に立ち上がった。

「遅刻する!」

「もう職場にいます!」

「それでも遅刻する!」

 全員が玄関へ向かって走りだした。

 館内放送が流れた。

『緊急事態です。庁内に月曜日が漏れています。職員は落ち着いて、普段より少し濃いコーヒーを飲んでください』

 食堂ではカレーが勝手に朝食セットへ戻り、焼き魚が新聞を読み始めた。

 住民票の発行機からは、住民票の代わりに退職願が出てきた。

 エスカレーターは上りながら深いため息をついた。

 市民は誰も事情を知らないのに、「今日はなんだか月曜っぽい」と口々に言い始めた。

「このままだと市内が永久月曜日になります」

 根岸が言った。

「永久に?」

「午前九時直前だけが繰り返されます。会議は始まりませんが、始まりそうな気配だけが永遠に続きます」

「それはかなり悪い」

「市役所にとって最悪です。会議をしたという実績が作れません」

 根岸は非常用の箱を開けた。中には「週末」と書かれた黄色いハンカチが入っていた。

「月曜日は週末に弱い。これでおびき出します」

 根岸がハンカチを振ると、廊下の角から月曜日が顔を出した。

「それは本物か」

「非常用週末です。使用期限は昨日まで」

「偽物じゃないか」

 月曜日はすぐ引っ込んだ。

「見破られました」

「曜日なんだから、日付には詳しいでしょう」

「盲点でした」

 月曜日は市長室へ逃げ込んだ。

 晶良と根岸が追いつくと、市長室の中央には巨大な判子が立っていた。高さ二メートルほどで、赤いネクタイを締めている。

「市長ですか」

「副市長です」

 根岸が答えた。

「市長は?」

「昨日、植え替えました」

「何を?」

「市長を」

 窓辺を見ると、大きな植木鉢から市長の上半身が生えていた。市長は日光を浴びながら、満足そうに議案書を光合成している。

 月曜日は市長の机の上に立ち、全館放送のマイクを握っていた。

「市民に告ぐ。今後、私は循環に戻らない。週は火曜日から始めろ」

 庁内のどこかから拍手が起きた。

「賛成した職員はあとで氏名を書いてください」

 根岸が館内放送で言うと、拍手は止まった。

 晶良は月曜日に近づいた。

「戻らないと、みんな困る」

「戻っても、みんな困った顔をする」

「それはそうだけど」

「ほら見ろ」

「でも、嫌われているのは、たぶん君そのものじゃない」

「何だと」

「人間は、日曜日が終わることに名前が必要だったんだ。その名前に、たまたま君が使われた」

「勝手に使うな」

「それもそうだ」

 晶良は根岸を見た。

「市役所で証明書を出せませんか」

「何のです」

「月曜日に責任がない、という証明です」

 根岸は考え込んだ。

「前例がありません」

「前例がないと無理ですか」

「いいえ。前例がない書類を作る前例があります」

 根岸は携帯用の机を広げた。引き出しから用紙を出し、その場で題名を書いた。

  月曜日免責証明書

 本市は、次の事実を証明します。

 一、起床がつらい原因は、主に睡眠不足である。

 二、通勤が混む原因は、多数が同時に通勤するからである。

 三、午前九時の会議を設定したのは、曜日ではなく人である。

 四、靴下が片方だけなくなる件について、月曜日の関与を示す証拠はない。

 五、その他の憂うつについては、おおむね各自で何とかすること。

 月曜日は用紙を読んだ。

「四番は本当か」

「現時点では」

 根岸が答えた。

「調査は続けるのか」

「靴下課が続けます」

「そんな課があるのか」

「片方だけあります」

 月曜日は長いあいだ黙っていた。

 市長が植木鉢の中から、新しい葉を一枚出した。

 やがて月曜日は言った。

「市長印が要る」

「市長は今、根を張っているので動かせません」

 根岸は巨大な判子を見上げた。

「副市長印でよろしいですか」

 巨大な判子が重々しくうなずいた。

 そして証明書の上へ、全身で倒れた。

 ドン、と音がした。

 床に「副」とだけ印字された。

「少し外しました」

 根岸が言った。

「気持ちは受け取った」

 月曜日は証明書を小さく畳み、ネクタイの内側へしまった。

 返納式は、市役所屋上の曜日循環口で行われた。

 曜日循環口は、洗濯機に似た大きな機械だった。側面に「曜日以外を入れないでください。特に小銭」と書いてある。

 職員が整列し、副市長が台車で運ばれてきた。市長は鉢ごと日当たりのいい場所に置かれた。

 根岸が式次第を読み上げた。

「ただいまより、長期未返納月曜日一件の返納式を行います。返納者、森下晶良」

「はい」

「返納物、月曜日」

「いる」

「立会人、市長」

 市長の葉が一枚揺れた。

「返事がありました」

 月曜日は循環口の前に立った。

「戻ったら、次に来るのはいつだ」

「三日後です」

 根岸が答えた。

「早すぎないか」

「今週はだいぶ詰まっています」

「休暇は」

「祝日になれば」

「自分でなれるのか」

「国の許可が必要です」

「国は遠いな」

「住所としては隣です」

 月曜日はため息をついた。それから、晶良を見上げた。

「十四年分、外は悪くなかった」

「ポケットの中だったけどな」

「梅干しは余計だった」

「いつ入れたんだろう」

「知らない。梅干しも知らないと言っていた」

 月曜日は循環口へ一歩進み、振り返った。

「証明書は有効か」

「発行日から、気持ちが落ち着くまで有効です」

 根岸が言った。

「曖昧だな」

「公的な曖昧です」

 月曜日は納得したような、していないような顔で、循環口へ飛び込んだ。

 機械が回転し、遠くで大きな時計が一度だけ鳴った。

 市役所中の時計が午後三時に戻った。

 カレーは再びカレーになり、焼き魚は新聞を畳んだ。

 退職願を出していた発行機は、何事もなかったように住民票を吐き出した。ただし一枚だけ「お疲れさまでした」と印刷されていた。

 永久月曜日は解除された。

 職員たちは安心して、予定どおり午後三時から二時間の緊急対策会議を始めた。

 帰り際、根岸は晶良に小さな封筒を渡した。

「長期未返納物の発見に協力された謝礼です」

 中には、銀色の券が一枚入っていた。

  臨時水曜日券

  お好きな木曜日に一度だけ使用できます。

「木曜日に使うとどうなるんですか」

「少し週の真ん中になります」

「役に立ちますか」

「気の持ちようです」

 玄関を出ると、市役所は再びゆっくり遠ざかっていった。屋上の職員が長い棒で地面を蹴っている。

 晶良は家まで歩いた。

 台所では、ミチコがアイロンをかけ終えたスイカにワイシャツを着せていた。

「どうだった?」

「月曜日は返した」

「そう。じゃあ、この子、明日から経理に出すから」

「スイカを?」

「しわがないから信用されるわ」

 スイカはネクタイを締め、無言でうなずいた。

 そのとき郵便受けが鳴いた。

 晶良が見ると、また市役所から赤い封筒が届いていた。

 封筒には「至急」とあり、その下に小さく「今度こそ」と添えてあった。

 通知書

 あなたは平成二十七年四月二日ごろより、正午の左半分を私用しています。

 明日までに返納してください。

 なお、右半分だけを返されても困ります。

 晶良は通知書を読み終え、姉を見た。

「正午の左半分、知らない?」

 ミチコはスイカの袖を直しながら言った。

「冷蔵庫で冷やしてあるわよ」

 晶良は冷蔵庫を開けた。

 中から、きっぱりと真夜中が出てきた。

「違うじゃないか」

「見ればわかるでしょ」

 真夜中はまぶしそうに目を細めた。

 そして朝だった。

(了)