予備の太陽

 正午三分、私は私を撃ち損ねた。

 弾丸は男の左耳をちぎり、背後の広告板に穴をあけた。穴の向こうでは、白い歯を見せた市長が「あなたは、あなたであり続ける」と笑っていた。

 男は私と同じ顔で、私より上手に驚いた。

「照準がずれたな、シン」

「風だ」

「地下街に風はない」

「では、手がずれた」

 私は二発目を撃った。男は買い物客の列へ飛び込み、赤いコートの女を盾にして床を滑った。私は女の肩越しに狙ったが、女が悲鳴を上げて身を縮めたので、弾は天井の散水管を破った。生ぬるい水が降り、照明が明滅し、地下街はたちまち祭りのような混乱になった。

 逃げる男の後頭部には、私と同じ場所に小さな傷があった。七歳の夏、空の瓶で殴られた傷だ。殴ったのは父だった。瓶の中にまだ蝉がいると思ったらしい。父は翌年、連続性局に身体を売った。

 私は水煙の中を走った。

 私の職業は代替体回収官だった。

 この市では、資産等級が三以上の市民は、自分の予備を一体持つことができる。臓器だけを育てる者もいる。若い肉体を丸ごと作る者もいる。記憶を定期転写し、事故や病気で本体が損なわれたとき、法的な自分を予備へ移す。市の標語では、それを「死への行政的勝利」と呼んでいた。

 予備は人間ではない。少なくとも、帳簿の上では。

 帳簿は銃より強い。銃で人を殺せても、帳簿なら最初から人でなかったことにできる。

 逃げた男の管理番号はSN-0だった。名前は宮古シン。私と同じだ。顔も、指紋も、幼いころの記憶も同じ。違いは、彼が違法に目覚め、所有者の命令を拒んだことだった。

 そして、その所有者も宮古シンだった。

 つまり私だ。

「南口を封鎖しろ」

 耳の奥の通信機へ言った。

 返事の代わりに、甲高い雑音が鳴った。男が妨害器を使ったらしい。準備がいい。私の記憶から、私が追うとき何をするか知っているのだ。

 階段の上で爆発が起きた。

 人々がこちらへ雪崩れた。私は手すりを飛び越え、逆向きに走る群衆の肩と頭を踏んで上った。途中で老人の帽子を蹴り落としたが、謝らなかった。謝罪は相手が人間であると確認してからするものだ。この街では確認に時間がかかる。

 地上は真夏だった。

 太陽が建物の角という角を白く焼き、車道の樹脂が柔らかくなっていた。SN-0は配送用の三輪車を奪い、中央大通りを南へ走っていた。荷台から青い冷却液が漏れている。

 私は警備員の電動二輪を奪った。

「局の徴用だ」

「証明を」

「あとで死体に見せる」

 警備員が手を伸ばしたので、肘を逆に折った。乾いた枝のような音がした。彼は倒れながら私を罵った。その罵り方も行政用語だった。

 私は二輪を加速させた。

 中央大通りの両側では、上層市民の昼食を運ぶ担人たちが列を作っていた。彼らは背に冷蔵箱を縛られ、首の輪から伸びた導線で歩調を制御されている。信号が青になると輪が緩み、赤になると締まる。誰も信号を無視しない。秩序とは、たいてい首の周りにある。

 SN-0は担人の列へ突っ込んだ。

 冷蔵箱が宙を舞い、銀色の皿、花、氷、半生の肉が路上へ散った。輪の導線が絡まり、十数人が一斉に倒れる。私は車体を傾け、倒れた担人の間を縫った。前輪が誰かの手を踏んだ。感触は小さな段差と変わらなかった。

 SN-0が振り向き、片手で散弾銃を撃った。

 私は二輪から横へ身を投げた。散弾が車体を蜂の巣にした。私は転がりながら拳銃を三発撃ち、三輪車の後輪を潰した。

 三輪車が横転する。

 SN-0は路面を滑り、火花を引き、立ち上がる前に私へナイフを投げた。

 刃が私の肩へ刺さった。

 私は速度を落とさず彼に体当たりした。二人で果物屋の屋台へ突っ込み、熟れた桃と木片の中を転がった。同じ顔が目の前にあるのは、鏡より不快だった。鏡は殴り返さない。

 彼の拳が私の顎を打った。

 私の肘が彼の喉を打った。

 彼の膝が私の腹へ入った。

 私は肩のナイフを抜き、そのまま彼の脇腹へ突き立てた。

 彼は笑った。

「そこも同じだ」

「何が」

「刺し方」

 彼は私の手首をつかみ、刃をさらに自分の体内へ引き込んだ。近づいた私の額へ頭突きを入れる。視界が白く弾けた。次に見えたとき、彼は果物屋の裏口へ消えていた。

 私は立ち上がった。

 桃が一つ、潰れずに転がってきた。拾ってかじった。ぬるく、甘かった。

 母が死んだ日も暑かった。病院の廊下で私は桃の缶詰を食べた。医師が死亡時刻を告げる間も食べていた。あとで叔母に薄情だと言われたが、桃と死には関係がない。関係のないものを無理につなげるから、人は物語に飼われる。

 肩の傷へ止血剤を吹き、私は裏口へ入った。

 果物屋の奥は、地下輸送路へ続いていた。

 壁に貼られた案内図には、市の断面が描かれている。地上から順に、居住層、商業層、機械層、育成層、廃棄層。育成層より下は一般市民の立ち入りが禁じられていた。市民でないものを育てる場所だからだ。

 SN-0の血が階段に点々と落ちていた。

 私は追った。

 六階分降りたところで、照明が消えた。

「止まれ」

 女の声がした。

 私は止まらず、声の方向へ撃った。銃口の火で、剃り上げた頭と銀色の歯が見えた。女は弾を避け、低く潜り、私の脚を払った。背中から階段へ落ちる。後頭部を打つ直前、私は手すりをつかんだ。

 女の靴底が顔へ来た。

 私は首をひねり、彼女の足首をつかんで引いた。女は倒れながら短い刃を抜き、私の手の甲を裂いた。互いに一段ずつ落ち、暗闇で組み合った。

「回収官は話を聞かないのか」

「話は死体からでも聞ける」

「便利な耳だ」

 女が私の喉へ刃を当てた。私は銃口を彼女の腹へ当てた。

「相打ちだな」と女。

「先に死んだほうが負けだ」

「同時なら?」

「局が決める」

 非常灯が赤く点いた。

 女は二十代に見えた。裸の肩に、黒い数字が縦に刻まれている。0217。育成体の番号だった。舌先にも識別用の金属片が埋め込まれていた。

 彼女の背後にSN-0が立っていた。脇腹を押さえ、私の拳銃と同型の銃を構えている。

「銃を捨てろ、シン」

「どちらの」

「追ってきたほう」

 私は女の腹から銃を離した。女も刃を引いた。

「私はウヴァイ」と彼女は言った。

「育成体に名前はない」

「だから拾った」

「落とし物か」

「死んだ看護師から」

 SN-0が私へ小さな記憶端末を投げた。

「見ろ」

 端末には連続性局の認証印があった。再生すると、手術台に横たわる男が映った。顔は私だった。胸が開かれ、人工心臓の交換を受けている。画面の隅に日付が出ていた。

 三年前。

 次の映像では、同じ男が死亡確認を受けていた。

 さらに次の映像で、培養槽から一体の予備が出された。記憶を書き込まれ、宮古シンとして登録された。

 その予備の右肩には、小さな製造痕があった。

 私は上着を破り、自分の右肩を見た。

 同じ痕があった。

「映像は作れる」

「傷は?」

「傷も作れる」

「記憶は?」

「それもだ」

「では何が本物だ」

 私は答えなかった。

 答えられないのではない。質問が悪い。市では本物かどうかは構造ではなく所有権で決まる。公式な印鑑が押されたものが本物で、押されなかったものは肉でできた誤植だ。

 SN-0は壁にもたれた。

「おまえは三年前に起動されたSN-1だ。俺はその一年前に作られたSN-0。元の宮古シンはとっくに死んだ」

「なら、私の所有者は誰だ」

「局だ」

「命令書には私とある」

「局は代替体同士を殺し合わせ、生き残ったほうを正式な宮古シンとして使う。回収官には、自分の逃亡体を始末したと思わせる。逃亡体には、偽物を倒せば自由になれると思わせる。安い選別だ」

 ウヴァイが階段の下を指した。

「証拠は育成層の主台帳にある。私たちはそれを地上へ出す」

「出してどうする」

「人々が知る」

「知っても昼食を食べる」

「食べながら吐くかもしれない」

 そのとき、上階で金属音がした。

 六人分の足音。重い。一定。局の粛清班だ。

 ウヴァイが赤い非常灯を撃ち抜いた。

 暗闇。

 粛清班の照準灯が階段を赤い線で切った。私は床へ伏せた。頭上を弾丸が走り、壁の破片が雨のように降る。

「下へ!」とSN-0が叫んだ。

 三人で階段を飛び降りた。

 下の踊り場には整備用の無人貨車が止まっていた。ウヴァイが扉を蹴り開ける。私たちが飛び乗った直後、粛清班が姿を現した。全員、黒い外骨格を着ている。顔の代わりに鏡面の仮面。相手の顔を映し、撃たれる者に自分を殺す錯覚を与える装備だ。

 私は貨車の操作盤を撃った。

 安全装置が壊れ、車体が傾斜路を滑り始めた。

 粛清班が飛び乗ってくる。

 一人目の腕をSN-0がつかみ、車輪の下へ引き込んだ。外骨格ごと砕ける音がした。二人目は天井へ磁気爪を打ち込み、車体の上を走った。私は貨車の側板へ身を乗り出し、そいつの鏡面仮面を撃った。

 仮面が割れた。

 中には若い女の顔があった。驚くほど普通だった。女は一瞬、私と目が合い、それから天井の梁へ頭をぶつけて消えた。

 三人目が貨車内へ手榴弾を投げた。

 ウヴァイが蹴り返した。

 爆発が後方の壁をえぐり、傾斜路全体が揺れた。貨車は速度を増す。前方に閉鎖扉が見えた。厚さ一メートルの防爆扉。警告灯が赤く回っている。

「止めろ!」とSN-0。

「操作盤は私が撃った」

「なぜ撃った」

「そのときは正しいと思った」

 ウヴァイが貨車の床板を剥がした。下に整備用の空洞がある。

「入れ!」

 三人で潜り込む。

 貨車が防爆扉へ衝突した。

 世界が一枚の鉄板になって私たちを叩いた。

 何秒か、私は自分の名前を忘れた。

 名前を思い出すより先に、銃を探した。手は正直だ。脳が自分を見失っても、指は引き金の場所を知っている。

 貨車は潰れていたが、衝突で防爆扉も半分開いていた。ウヴァイが這い出す。SN-0は脇腹から大量に出血している。

「歩けるか」と私は聞いた。

「おまえと同じ程度には」

「私は歩ける」

「では歩ける」

 扉の向こうが育成層だった。

 白い霧の中に、透明な槽が何千本も並んでいた。

 槽の中には、人がいた。

 子ども。老人。妊婦。兵士。歌手。判事。上層市民が注文したあらゆる年齢、あらゆる体格の予備。眠っている者もいれば、目を開けてこちらを見ている者もいた。声は聞こえない。口だけが動いていた。

 頭上の表示板に、在庫、適合率、償却予定日が流れている。

 ウヴァイは一つの槽へ近づいた。中には彼女と同じ顔の少女がいた。肩に0218と刻まれている。

「妹か」と私。

「次の私」

「同じではない」

「そうだ。だから出す」

 ウヴァイが制御端末へ手を伸ばす。

 警報が鳴った。

 床の溝から四足型の警備機が跳び出した。人間の背骨を模した細長い胴体に、切断刃の脚が六本。頭部には所有者識別用の読み取り機がある。

 最初の一体がウヴァイへ飛んだ。

 私は横から蹴り、空中で銃を三発撃った。装甲が弾く。警備機は壁を走り、天井から私の背へ落ちた。刃が上着を裂く。私は床へ転がり、脚の関節へ肩から抜いたナイフを差し込んだ。

 SN-0が散弾銃を奪って撃つ。

 警備機の頭部が吹き飛んだ。

 残りが一斉に来た。

 ウヴァイは培養槽の管を引き抜いた。青い液体が床へ噴き出す。警備機の脚が滑る。私は一体の背へ飛び乗り、読み取り機をつかんで別の一体へ向けた。互いを侵入者と誤認し、刃で切り合う。

 SN-0が笑った。

「俺たちは同じことを考える」

「今それを言うな」

「気味が悪いか」

「少し」

 最後の一体がSN-0の胸を貫いた。

 刃の先が背中から出た。

 私は警備機の脚をつかみ、全体重をかけて折った。ウヴァイが頭部へ銃弾を撃ち込み続ける。警備機は痙攣し、止まった。

 SN-0は床に座った。

 胸から泡立つ血が出ていた。

「主台帳は中央塔の最上階だ」と彼は言った。

「知っている」

「俺の記憶だからな」

「私の記憶でもある」

「では、どちらが行く」

 私は答えず、彼の胸へ止血材を押し込んだ。

「無駄だ」とウヴァイ。

「知っている」

 SN-0が私の手首をつかんだ。

「正式な宮古シンになりたいか」

「なれば給料が出る」

「それだけか」

「昼食券も」

「悪くない」

 彼は笑い、咳をし、血を吐いた。

「俺は自由になりたかった」

「自由になって何をする」

「知らない」

「計画性がない」

「自由は計画の外にある」

 SN-0の手から力が抜けた。

 私はしばらく彼を見た。

 自分の死体を見るのは初めてではなかった。訓練では、私の顔を合成した標的を何度も撃った。それでも実物は違った。違うはずだった。

 悲しくはなかった。

 ただ、彼が死んだことで、私が一人になったのが不愉快だった。孤独とは誰もいないことではない。自分を否定してくれる同じ顔がいなくなることだ。

 ウヴァイがSN-0の銃を拾った。

「行くぞ」

「その前に槽を開ける」

「全開放すれば生命維持が落ちる」

「何体死ぬ」

「三割」

「閉じたままなら?」

「予定通り全部使われる」

「なら開けろ」

 私たちは制御端末を破壊した。

 何千本もの槽が順に開いた。

 白い霧が育成層を満たし、裸の人々が床へ崩れ落ちた。泣く者、叫ぶ者、ただ座る者。目覚めたばかりの彼らには名前も服も行き先もない。それでも所有者は、少なくとも今ここにはいなかった。

 ウヴァイは0218を抱き上げた。

 少女は目を開け、ウヴァイの顔を見た。

「あなたは誰」と少女が聞いた。

「先に起きたほう」

「私は?」

「あとから起きたほう」

 少女は納得しなかったが、質問をやめた。

 中央塔へ向かう昇降機は封鎖されていた。

 私たちは保守用の垂直軌道を登った。途中で三度、局員に襲われた。一度目はウヴァイが配管の蒸気を噴かせ、二度目は私が昇降籠を落とし、三度目は目覚めた育成体たちが局員へ群がった。

 彼らは武器を持っていなかった。

 だから、局員から奪った。

 人間は何者かを教えられる前に、武器の使い方を覚えるらしい。

 地上百八十階、中央塔の主台帳室に着いたとき、窓の外では夕方が始まっていた。真昼から逃げ続けた太陽が、街の端で赤く捕まっている。

 主台帳室には、一人の老人がいた。

 白い衣服。白い髪。背後の壁いっぱいに脳のような配線が広がっている。老人の身体からは何十本もの管が伸び、床下へ消えていた。

「宮古シン」と老人は言った。

「どの」

「現在の」

「便利な呼び方だ」

「君は選別を通過した。逃亡体を排除した功績により、正式な市民権を与える。こちらへ来なさい」

 床に一本の黄色い線が引かれていた。

 私は線の前で止まった。

「あなたは誰だ」

「連続性局長、御堂アラタ」

「何代目の」

「その質問に意味はない」

「では、あなたも私と同じだ」

「違う。私は制度そのものだ」

 老人が指を動かす。

 ウヴァイの首輪が締まった。

 彼女は膝をつき、喉をかきむしった。育成体の識別具には、遠隔処分機能がある。少女0218の首も締まり始める。

「線を越えなさい」と局長。

「越えれば?」

「君を本物にする」

「越えなければ?」

「在庫へ戻す」

 私は黄色い線を見た。

 線は薄かった。靴底よりも薄く、弾丸よりも弱そうだった。しかし街のすべては、こういう線でできている。市民と所有物。人間と部品。本物と代替。生者と死者。

 私は線を越えた。

 局長が笑った。

 私はそのまま走り、机を踏み、老人の胸へナイフを突き立てた。

 老人の顔が驚きに歪んだ。

「なぜ」

「線のこちら側なら、市民としてあなたを殺せる」

 局長の指が痙攣する。壁の配線が動き、天井から防衛銃が降りてきた。

 ウヴァイが床を転がりながら発砲した。銃弾が一基を壊す。残り三基が火を噴く。私は局長の椅子を盾にして主端末へ走った。弾丸が老人の身体を貫き、白い衣服を赤くする。

「愚か者」と局長が息を漏らした。

「そうかもしれない」

「台帳を壊せば、誰が誰か分からなくなる」

「今も分からない」

「所有権が消える」

「いいことだ」

「相続も、婚姻も、犯罪記録も、医療資格も消える」

「困るな」

「ならばやめろ」

「困ることと、やめることは同じではない」

 私は主端末へ拳銃を撃ち込んだ。

 一発。

 二発。

 三発。

 画面に亀裂が走り、街中の登録情報が乱れ始めた。壁面に無数の名前が流れ、入れ替わり、重なり、文字化けする。

 防衛銃の弾が私の腿を貫いた。

 倒れたところへ、天井の銃口が向く。

 ウヴァイが局長の身体から管を引き抜いた。

 床が震えた。

 主台帳室の照明が消え、防衛銃が止まり、ウヴァイと0218の首輪が弾けた。局長は椅子の上で小さくなった。制度そのものにしては、血の量が少なかった。

 窓の外で、中央塔を囲む広告が一斉に消えた。

 代わりに、台帳の最終情報が街中の画面へ流れた。

 上層市民の七割が代替体。

 局員の九割が代替体。

 資産等級一の評議員全員が、すでに三回以上交換済み。

 原本と呼べる人間は、ほとんど残っていなかった。

 街が静かになった。

 ほんの数秒。

 それから、遠くで銃声がした。

 別の場所では歓声。

 別の場所では泣き声。

 どこかで窓ガラスが割れ、どこかで食事が続けられた。

 人は真実を知れば変わる、とウヴァイは言った。

 たしかに変わった。

 ただし、どちらへ変わるかまでは、誰も決めていなかった。

 中央塔から降りる途中、私たちは何度も呼び止められた。

「私は市民か」

「この顔は私のものか」

「夫は三年前から別人だったのか」

「私の子どもは在庫なのか」

「あなたは宮古シンか」

 最後の質問にだけ答えた。

「今日はそうだ」

 外へ出ると、太陽は沈みかけていた。

 塔の前では、首輪を外した担人たちが冷蔵箱を燃やしていた。上層市民たちは自分の認証端末を何度も顔へ向けている。端末は誰にも同じ表示を返した。

 該当者なし。

 ウヴァイは0218の手を引いて歩き出した。

「これからどうする」と彼女が聞いた。

「給料が出ない」

「昼食券も」

「重大だ」

「自由になった感想は?」

「腹が減った」

 通りの自動販売機は、認証障害で止まっていた。

 私は拳で前面を割り、温くなった炭酸飲料を三本取り出した。一本をウヴァイへ、一本を0218へ渡す。

 少女が缶を見つめた。

「これは誰のもの」

「今は君のものだ」

「どうして」

「君が持っているから」

 少女は缶を開けた。泡が噴き出し、手を濡らした。彼女は初めて笑った。

 私は自分の缶を飲んだ。

 甘すぎた。

 街のどこかで、また爆発が起きた。人々が走り出す。警報は鳴ったが、誰に従えばいいのか分からず、途中で途切れた。

 私は銃の残弾を確かめた。

 二発。

 名前は壊れた。

 所有者はいなくなった。

 太陽は一つだけだった。

 それでも影は、私の足元から勝手に伸びていた。

 私はその影を踏みながら、銃声のするほうへ走った。