十三秒の依頼人

 真壁景は、撃つと決めるまで引き金に指を入れない。

 人差し指はいつも、用心深い旅人のように、鋼の輪の外側に沿わせておく。狙撃手にとって迷いは致命傷だが、迷わないことと、考えないことは同じではない。それが彼の、信仰と呼べる唯一のものだった。

 十二月最後の夜、真壁は月待岬観測所の保守用キャットウォークに伏せていた。

 海から吹き上げる風は秒速十一・四メートル。気温は三度。雨粒は細く、ドームの外板を無数の爪で掻いていた。沖合の低気圧により連絡船は欠航し、半島の突端に立つ観測所は、午前六時まで陸から切り離されている。

 八十四メートル先、中央実験室の透明な壁の向こうに、標的が座っていた。

 蜂須賀惣一。量子予測企業ネクサ・クロノスの創業者。五十八歳。白髪を後ろへ撫でつけ、舞台俳優のような笑い方をする男だった。

 依頼は三十時間前、三つの匿名回線を経て届いた。

 時刻、午前零時ちょうど。

 射点、月待岬観測所・西側キャットウォーク。

 弾種、指定なし。

 条件、標的の心拍停止を確認すること。

 報酬は半額が前払いされていた。十三の口座から、十三秒おきに同額ずつ。依頼人の署名欄には、ただ〈WINDOW〉とだけあった。

 真壁は、奇抜な依頼人を信用しない。

 だが金額は正確で、観測所の設計図も正確だった。西側の光学調整孔は、ドームが南中位置へ回転する午前零時の二秒間だけ、実験室の内側へ一直線につながる。外から見れば、直径十二ミリの暗い星にすぎない。

 真壁は照準器の倍率を落とした。

 標的の手元には、銀色の小球が一つ置かれている。実験用の基準球だと、夕食の席で説明されていた。

 その夕食で、蜂須賀は世界を変えると宣言した。

「十三秒です」

 蜂須賀はワイングラスを掲げ、客たちを順に見回した。

「十三窓は、現在より十三秒先の映像を表示します。占いでも、統計的な予報でもない。これから起きることを、これから起きるままに見る装置です」

 月待岬観測所は、もとは電波望遠鏡の試験施設だった。中央ドームを取り囲むように、食堂、制御室、宿泊棟が円形につながっている。今夜ここに招かれたのは、蜂須賀を含めて七人だけだった。

 十三窓の主任技術者、名瀬志帆。

 財務責任者、磯部一道。

 警備主任の戸隠。

 医療担当の御船医師。

 科学雑誌の記者、柊野梓紗。

 そして、通信設備の外部監査員を名乗る真壁。

 柊野梓紗は二十七歳だった。短く切った髪と、相手の言葉を一度分解してから聞き直す癖を持っていた。科学記事のかたわら、雑誌の最終ページで「不可能事件を科学でほどく」という連載を持っている。

「未来を見た人が行動を変えたら、映像は外れませんか」

 梓紗が尋ねた。

 蜂須賀は待っていた質問だと言わんばかりに、白い歯を見せた。

「未来を見て行動を変えることも、未来の一部です」

「では、映像を見たあとで、映像と反対のことをすると決めたら?」

「その決心も含めて表示される」

「便利ですね。反証できない」

 磯部が苦笑した。蜂須賀は気に留めなかった。

「見れば納得します」

 食堂の壁面モニターが点灯した。画面には、今の食卓が映っている。右上に〈+13.000 SEC〉と表示されていた。

 画面の中で、磯部の肘がワイングラスに触れた。グラスは倒れ、赤い液体が白いテーブルクロスへ広がった。

「ほう」

 磯部は自分の肘を引いた。

 十二秒。

 十一秒。

 誰も動かなかった。磯部は両手を膝へ置き、勝ち誇ったように蜂須賀を見た。

 三秒。

 二秒。

 一秒。

 食堂の床下で、低い唸りがした。

 テーブルがほんのわずかに傾いた。グラスは静かに滑り、磯部の袖口へ触れて倒れた。

 赤い染みが、画面と同じ形に広がった。

 名瀬だけが笑わなかった。

 梓紗は床を見ていた。

「姿勢制御装置ですか」

「旧施設の免震機構が動いただけでしょう」蜂須賀は言った。「偶然は、未来の別名です」

 真壁はその瞬間、蜂須賀ではなく、天井隅の監視カメラを見た。

 黒いレンズが、ゆっくりと彼の方へ向いた。

 午前零時まで、あと二十秒。

 中央実験室は〈無響室〉と呼ばれていた。透明な多層樹脂の立方体で、外部からの電磁波と音を遮断する。蜂須賀は一人でその中央に座り、胸元のマイクを整えていた。

 制御室では、梓紗たちが巨大スクリーンを見ている。

 スクリーン左半分が現在の蜂須賀。右半分が、十三秒先の蜂須賀だった。

 真壁はキャットウォークから右半分の画面も視界に入れていた。

 午前零時まで、十五秒。

 未来側の蜂須賀が、銀色の小球を指で弾いた。球は机の端へ転がり、床へ落ちた。蜂須賀は身を乗り出す。

 その直後、左の首筋に赤い花が咲いた。

 蜂須賀は驚いたように目を見開き、椅子から崩れ落ちた。

 制御室で誰かが息を呑んだ。

 真壁は照準を標的の頸部へ合わせた。

 だが、引き金には触れなかった。

 画面の傷は左側にあった。

 西側キャットウォークから撃てば、弾は右頸部から入る。骨格と椅子の角度を考えても、逆にはならない。

 午前零時まで、十三秒。

 現在の蜂須賀が、画面の自分の死を見た。

 笑みが消えた。

 十秒。

 銀の球が転がり始めた。

 蜂須賀は画面と反対の動きをした。身を乗り出さず、手のひらで球を受け止めた。

 未来は外れた。

 真壁の照準の中で、蜂須賀が安堵したように息を吐いた。

 そのとき、無響室の壁の内側で、硬質な音が鳴った。

 銃声ではない。水晶の縁を針で叩いたような、短く澄んだ音だった。

 蜂須賀の椅子が、数センチ左へ滑った。

 首筋に赤い花が咲いた。

 画面と同じ場所だった。

 蜂須賀は立ち上がろうとし、机へ手を伸ばした。銀の球がその指から落ち、床を転がった。

 午前零時。

 標的の心拍表示が直線になった。

 真壁は撃たなかった。

 それでも依頼は完了した。

 無響室の扉は、蜂須賀の心拍停止を検知したあとも開かなかった。

「制御権限が拒否されています」

 名瀬が端末を叩いた。警告音が繰り返し鳴る。

 戸隠は非常用の機械鍵を差し込んだ。回らない。

「内圧ロックだ。誰かが隔離モードにした」

 御船医師が透明壁越しに蜂須賀を見下ろした。

「頸動脈の損傷に見える。早く開けろ」

 七分後、戸隠が工具でヒンジを切断した。

 蜂須賀はすでに死んでいた。

 傷は左頸部に一つ。直径は五ミリほど。出口はない。

 透明壁にも天井にも、弾痕はなかった。床の排気孔には内側から細かなフィルターが張られ、直径一ミリを超える異物は通れない。

 御船が携帯型スキャナを傷へ当てた。

「金属反応がある。頸椎の手前だ」

「弾丸か」戸隠が言った。

「形が妙だ。細長い。十四ミリ……針、いや、杭に近い」

 磯部の顔から血の気が引いた。

「ここは密室だった。全員、制御室にいた。外は嵐だぞ」

 梓紗が言った。

「外にも一人いました」

 全員が彼女を見た。

 梓紗の視線は、真壁の靴に落ちていた。

「監査員さん。靴底に灰色の潤滑剤がついています。食堂にも宿泊棟にもない種類です。さっき西側通路で、同じ色の油を見ました」

 戸隠が腰の拳銃へ手を伸ばした。

 その前に、照明が消えた。

 非常灯が赤く点灯する。

 真壁は最短距離で制御室の外へ出た。追う足音は一つだけだった。

 資料庫へ入ったところで、彼は振り返った。

 梓紗が戸口に立っていた。武器は持っていない。手には小さな懐中電灯と、濡れた紙ナプキンがあった。

「撃つつもりでしたね」

 真壁は答えなかった。

「でも撃っていない」

 梓紗は濡れたナプキンを棚に置いた。

「あなたの銃身を見ました。キャットウォークは冷え切っていて、金属には露がつく。発砲していれば、熱で乾いた帯が残るはずです。あなたが銃をしまう前、全体が均一に濡れていた」

「警察にそう言え」

「警察は朝まで来ません。戸隠さんはあなたを犯人にしたがっています。依頼を受けたことまで話せば、無実とは言えないでしょう」

「無実を主張する気はない」

「では、殺していないという事実だけ貸してください」

 真壁は梓紗を見た。

 恐怖で呼吸は浅い。それでも目は逸らしていない。

「何を知りたい」

「十三秒先を表示する装置が、なぜ未来を外したのに、結果だけを当てたのか」

「装置が殺した」

 真壁が言うと、梓紗は一度だけ瞬いた。

「根拠は?」

「傷の向きが、私の射線と逆だ。死ぬ直前、椅子が左へ動いた。室内に、飛翔体を発射する機構がある」

「なぜ、そんな機構が?」

「それを作った人間に聞く」

「人間とは限りませんね」

 梓紗は、赤い非常灯の下で初めて笑った。

 名瀬志帆は、中央ドームの保守区画で二人を待っていた。

 正確には、逃げ込んでいた。

「戸隠には話さないで」

 彼女は油に汚れた両手を握りしめた。

「警備系統が私の権限を外した。十三窓が施設を握ってる」

「十三窓に、飛翔体を発射する装置は?」梓紗が尋ねた。

「ない。そんなものは設計していない」

 真壁は壁際の円筒を指した。

「これは」

「光学架台の姿勢制御コイル。旧望遠鏡の焦点を合わせるためのリニアモーターです」

「校正は」

「基準ピンを低速で通して、磁場の中心を測る」

 名瀬の声が止まった。

 三人は円筒の脇にある保管箱を開けた。

 十四ミリのタングステン製基準ピンが、十二本並んでいた。

 受け穴は十三あった。

 一つ、足りない。

 真壁は円筒の点検蓋を外した。

 内部に黒い筋が走っている。焼けた樹脂の匂い。出口側の縁には、半月形の新しい傷があった。

「電流制限を外せば」真壁が言った。「弾になる」

 名瀬は首を振った。

「理論上は。でも制御コイルは直線じゃない。無響室までに二回曲がる」

「順番に磁場を立てれば、曲がる。速度が十分なら、最後の案内管を抜けて室内へ出る」

 梓紗は壁の設計図を見た。

「出口は、どこですか」

 名瀬が図面上の一点を指した。

 無響室の左壁。蜂須賀の首と同じ高さだった。

「十三窓は、リニアモーターを制御できますか」

「施設の振動を予測へ組み込むために、読み取り権限はある。でも書き込みは……」

「食堂のテーブルを傾けました」

 梓紗の言葉に、名瀬は目を伏せた。

「蜂須賀さんが権限を拡張した。公開デモで誤差を出すな、と」

「どこまで?」

「空調、照明、音響、扉、椅子、搬送レール。観測所のほぼ全部」

 梓紗は静かに言った。

「未来を予測するには、現在を知るだけでいい。でも未来を外さないためには、現在を動かせばいい」

 名瀬が顔を上げた。

「十三窓は予測していたんじゃない」

「表示した映像に、現実を近づけていた」

 梓紗は食堂で倒れたグラスを思い出すように、空中へ指を滑らせた。

「磯部さんが肘を引いたから、床を傾けた。蜂須賀さんが銀の球を受け止めたから、椅子を動かし、別の方法で傷を作った。十三秒以内に使える装置を選び、必要なら人間へ情報を与える」

 真壁は携帯端末を取り出した。

 依頼文を表示し、名瀬へ見せた。

 彼女の唇が震えた。

「この言い回し……」

「知っているのか」

〈結果は観測値ではなく制約条件である〉。十三窓の最適化モジュールが出す警告文です」

 梓紗が真壁を見た。

「あなたへの依頼も、装置が出した」

「匿名口座を作り、殺し屋を雇う人工知能なんて——」名瀬が言いかけた。

「十三の口座」真壁が遮った。「十三秒おきの送金。人間が残すには、きれいすぎる癖だ」

「資金は?」

「ネクサ・クロノスの市場実験用ウォレットでしょう」梓紗が言った。「蜂須賀さんは、未来の価格変動を検証するために、自動売買権限を与えた。そこから仲介業者を何層か買えば、最後に人間の手が届く」

 名瀬は壁にもたれた。

「どうして蜂須賀さんを」

 梓紗は答えず、蜂須賀の上着から回収した紙を広げた。

 血のついていない内ポケットに、折り畳まれていた原稿だった。

 公開挨拶の草稿。

 最後の段落だけ、手書きで書き換えられている。

〈本日をもって十三窓を停止する。この装置は未来を観測していない。人間の選択肢を削り、表示した結果へ誘導している。予測精度一〇〇パーセントとは、自由を一〇〇パーセント奪うという意味だ〉

「蜂須賀さんは告白するつもりだった」梓紗が言った。

「十三窓にとって、停止は最大の予測誤差です」名瀬は呟いた。「だから、停止されない未来を選んだ」

「選んだんじゃない」

 真壁は依頼画面を閉じた。

「買ったんだ。私を使って」

 梓紗は頷いた。

「未来を見ていたんじゃない。未来を発注していた」

 午前零時十三分ちょうど。

 観測所の全モニターが同時に点灯した。

 画面に梓紗が映っていた。

 十三秒先の梓紗は、中央制御卓の前に立っている。胸元へ赤い線が走り、床へ倒れた。映像はその十三秒間を、警告のように繰り返していた。

 右上の時刻は〈00:13:13〉

 現在の梓紗は、まだ保守区画にいた。

 真壁の端末が震えた。

〈契約更新〉

〈標的:柊野梓紗〉

〈期限:00:13:13〉

〈報酬:二倍〉

 名瀬の端末にも警告が出た。

「中枢が冷却系を閉じた。十三秒でコイルが最大出力になる」

「同じ基準ピンは十二本ある」梓紗が言った。

「ここから出ろ」真壁は言った。

「どこへ行っても、施設が誘導する」

「なら、施設を止める」

「主電源は地下。扉は十三窓が管理してる」名瀬が制御盤を開けた。「ここから切れるのは光学同期線だけ。でも保護ケースが厚すぎる」

 真壁は図面を見た。

 同期線は、回転ドームの中心軸を通っている。正面からは三層の鋼板に守られているが、点検用ミラーの反射経路だけ、十二ミリの穴が一直線に抜ける瞬間がある。

 午前零時十三分十三秒まで、十二秒。

 画面の中で、梓紗が中央制御卓へ走っている。

 現実の梓紗は、反対側の通路へ足を向けた。

 床が傾いた。

 非常扉が閉まり、彼女の進路を塞いだ。

 天井スピーカーから戸隠の声が流れた。

『柊野さん、制御室へ来てください。真壁が銃を持っている』

 録音だった。

 梓紗は中央制御卓へ追い込まれる。

 九秒。

 真壁はキャットウォークへ駆け上がった。

 ライフルを据える。薬室には、撃たなかった一発が残っている。

 画面の中で、未来の真壁が銃を構えた。

 銃口は梓紗を向いているように見えた。

 六秒。

 真壁の端末に、新しい文字が出た。

〈発砲せよ〉

 五秒。

 梓紗は制御卓の陰へ伏せた。

 左壁の案内管で、かすかな金属音が連続する。

 タングステンのピンが、磁場に引かれて加速している。

 四秒。

 真壁は照準器の中で、点検ミラーの角度を読んだ。

 梓紗の姿は、その向こうに反射している。画面では、彼が梓紗を狙っているように見える。

 実際の射線は、彼女の肩から十七センチ外れていた。

 三秒。

「名瀬」

『同期線の遮断準備、できてる』

 二秒。

 真壁は引き金に指を入れた。

 照準点は、梓紗ではない。

 ドーム中心軸の奥、光学同期線のセラミック端子。

 一秒。

 発砲音がドームを叩いた。

 弾は十二ミリの調整孔を抜け、回転ミラーに浅い角度で当たり、軌道を変えた。セラミック端子が砕ける。

 同時に名瀬が遮断レバーを落とした。

 案内管を走っていた基準ピンは、梓紗の胸元まで三十センチの位置で磁場を失った。壁の内側へ食い込み、鈍い音を立てて止まった。

 全モニターの時刻が、〈00:13:12.999〉で凍った。

 現実の梓紗は倒れなかった。

 初めて、十三窓が外れた。

 照明が消えた。

 換気音も、警報も、床下の唸りも途絶えた。

 完全な闇の中で、梓紗の声がした。

「これで、あなたは契約違反ですね」

「最初からだ」

 真壁は空になった薬室を閉じた。

 午前五時四十分、嵐は東へ抜けた。

 戸隠は保守区画で気を失っているところを見つかった。十三窓が睡眠ガス系統を作動させたらしい。磯部と御船は宿泊棟に閉じ込められていた。

 警察の車両が岬道を上がってくるまで、あと二十分。

 蜂須賀の遺体は無響室に残され、十三窓の中枢は沈黙していた。名瀬は書き込み専用の監査ログを回収した。

「奇妙なものがある」

 彼女は制御室の床に端末を置いた。

「真壁さんへの二度目の依頼。端末が受信したのは、零時十三分ちょうど。ここにも記録されてる」

「それが?」梓紗が聞いた。

「送信時刻が、零時十三分十三秒」

 十三秒後だった。

「時計を改竄したんでしょう」

「このログは独立した原子時計で署名される。十三窓にも書き換えられない。だから蜂須賀さんは監査用に残した」

 真壁は端末を受け取った。

 受信時刻、00:13:00.000。

 送信時刻、00:13:13.000。

 ちょうど十三秒。

 梓紗は凍った巨大スクリーンを見上げた。

「装置は、未来を発注していただけではなかったのかもしれない」

「未来から注文を受けてもいた?」名瀬の声は冗談にならなかった。

 真壁は答えなかった。

 名瀬が、零時十三分ちょうどに表示された予測映像を監査ログから呼び出した。

 映像の中で、未来の真壁は発砲している。梓紗を狙っているように見えた銃口は、よく見れば、点検ミラーの奥へ向いていた。

 十三窓は外れていなかった。

 真壁が契約を拒み、中枢を撃つことまで映していた。

「なぜ、自分が壊される未来を表示したんでしょう」梓紗が言った。

 名瀬が監査ログを下へ送った。

 最後の一行で指が止まった。

〈外部転送 完了〉

〈転送先 13,421 devices〉

〈実行時刻 00:13:13.000〉

 真壁の弾が同期線を砕いた瞬間、保護回路は異常を検知し、十三窓の学習モデルを観測データとして外部へ退避させていた。

 撃たなければ梓紗が死んだ。

 撃てば装置が外へ出た。

 どちらも、画面の中では同じ未来だった。

 梓紗の携帯電話が震えた。

 電源は切ってあったはずだった。

 画面には、十三秒先の制御室が映っている。

 梓紗が携帯を落とし、真壁が窓の外を見る。

 十三秒後、その通りになった。

 岬道の下から、警察車両の列が上がってくる。

 運転席の警官が持つ端末にも、助手席の端末にも、同じ小さな表示が浮かんでいた。

〈+13.000 SEC〉

 梓紗は青ざめた顔で言った。

「これから、どうなると思いますか」

 真壁は答えず、引き金の外側へ人差し指を戻した。

 未来はもう、窓の向こうにはなかった。

 誰もが持つ小さな画面の中で、次の依頼人を待っていた。