『殺意の森で、俺だけが笑っていた』
緑月カルナヴァには、三種類の雨が降る。
上から降る雨。
横から吹きつける雨。
そして、こちらを殺しに来る雨だ。
俺は三番目の雨を、人差し指と中指でつまんだ。
銀色の針だった。
長さ二十センチ。髪の毛より細く、先端は単分子まで研がれている。まともに食らえば、俺の頭を貫いたあと、後ろにいたナフェイ医師まで串刺しにしていただろう。
「伏せろ!」
警備隊長ドーガンが叫んだ。
「もう遅いよ」
俺は答え、銀の針を投げ返した。
百メートル先の茂みで、何もない空間が揺らいだ。
透明な輪郭が巨木の幹へ叩きつけられる。光を折り曲げていた外套が剥がれ、黒い甲殻に覆われた三メートル近い異星人が姿を現した。
銀の針は、その額の中央を正確に貫いていた。
「敵なら、もう死んでる」
俺が言うと、ドーガンは構えた熱線銃をゆっくり下ろした。
「……何者だ、お前」
「雇われ操縦士。契約書にもそう書いてあっただろ」
「操縦士は、飛んでくる針を指でつかまない」
「辺境航路じゃ、これくらいできないと長生きできないんだ」
俺はポケットから飴を一つ取り出し、口へ放り込んだ。
ナフェイ医師が、白衣代わりの防護コートを雨に濡らしながら俺を見ていた。灰色の瞳が、ついさっきまで俺の頭があった場所と、百メートル先の死体を何度も往復する。
「あなた、針が撃たれる前に動いていたわ」
「勘がいいんだ」
「嘘ね」
「医者は患者の言うことを信じるものだろ?」
「あなたは患者じゃない」
「今のところはね」
俺の名はレイ・ラシュ。
表向きは運び屋。
帝国辺境軍の記録では脱走兵。
賞金稼ぎ組合では特級危険人物。
惑星ネメアの酒場では、三年分のツケを払わず逃げた最低の客。
どれも間違いじゃない。
今回の仕事は単純だった。
緑月カルナヴァへ降り、消息を絶った三十七人の開拓民を救出する。それだけだ。
救難信号を送ってきたのは、九歳の少女だった。
『森の中に、目のない怪物がいます。大人たちは、みんな空へ連れていかれました』
通信はそこで途切れていた。
開拓公社はドーガン率いる重武装警備兵を八名、医師を一名、そして腕のいい操縦士を一名雇った。
最後の一人が俺だった。
公社の人事部には、あとで高級酒を贈っておこうと思う。こんな面白そうな仕事を回してくれた礼だ。
最初の敵を倒してから、森は不自然なほど静かになった。
獣も鳥も鳴かない。
巨大なシダ植物が雨に打たれ、黒い葉を震わせているだけだ。
ドーガンの部下たちは全方向へ銃口を向けながら進んだ。全員が強化装甲服を着込み、肩には高出力の熱線砲を載せている。
だが、装甲は恐怖まで隠してくれない。
彼らの呼吸は速く、心臓は鐘みたいに鳴っていた。
「熱源反応なし」
「音響索敵にも何も映らない」
「さっきの化け物は、いったいどこから撃った?」
兵士たちの会話を聞きながら、俺は鼻歌を歌っていた。
ドーガンが振り返る。
「静かにしろ。居場所がばれる」
「とっくにばれてるさ」
「何だと?」
「見られてる。上から十二、右から八、地面の下に四。たぶん後ろにもいる」
兵士たちが一斉に振り向いた。
そこには濡れた木々しかない。
「センサーには何も――」
「機械は殺意まで測れない」
俺は頭上へ手を伸ばした。
次の瞬間、透明な刃が俺の手のひらへ振り下ろされた。
刃を受け止める。
甲高い金属音が森に響いた。
空中に浮かんでいた影が実体化する。先ほどの個体より一回り大きい。四本の腕に湾曲した刃を持ち、顔を覆う仮面には赤い紋様が刻まれていた。
そいつは刃を引こうとした。
動かない。
俺が指で挟んでいたからだ。
「透明になるのはいい考えだ」
俺は言った。
「殺意まで透明にできれば、満点だった」
刃をひねる。
異星人の巨体が一回転し、地面へ叩きつけられた。泥と雨水が噴き上がる。
俺はその胸を片足で踏みつけた。
外殻が砕け、地面が半径十メートルにわたって陥没する。
周囲に潜んでいた気配が、一斉に遠ざかった。
「二十四体、逃げたな」
俺は足をどけた。
異星人の仮面が割れ、青白い光が点滅している。
不意に、そこから人間の声が流れた。
『個体を照合』
機械的な声だった。
『レイ・ラシュ。帝国実験体第零号。危険分類、恒星災害級』
警備兵たちの視線が俺へ集まる。
俺は肩をすくめた。
「昔の健康診断だよ」
『狩猟記録を検索』
仮面の声が続く。
『第九狩猟群、消滅。第十四狩猟群、消滅。聖域船ガルバ、撃沈。推奨対応――』
わずかな沈黙。
『獲物としての認定を禁止。災害として排除せよ』
「失礼な連中だな。人を嵐か何かみたいに」
俺が仮面を拾い上げた瞬間、別の声が割り込んだ。
低く、重く、獣の唸りに似た声。
『レイ・ラシュ』
「そっちは誰だ?」
『我はゼグ・ラウ。黒枝狩猟群の長。百二十の世界で、最強の獣を狩った者』
「ずいぶん暇そうな人生だな」
『貴様の心臓を、この森の頂へ飾る』
「飾るなら顔にしてくれ。心臓よりは見栄えがいい」
『全群を降ろす。貴様一人を狩るために』
俺の胸の奥で、何かが小さく脈打った。
俺自身の心臓ではない。
もっと古く、もっと腹を空かせたものだった。
「そいつはありがたい」
俺は笑った。
「ちょうど燃料が切れかけていたんだ」
開拓村は森に呑まれていた。
金属製の住居には太い蔓が巻きつき、通信塔は根元から折れている。争った跡はあったが、死体も血痕もなかった。
人間だけが、きれいに消えていた。
俺たちは救難信号の発信源を探し、居住区の地下へ降りた。
倉庫の奥に積まれた食料箱をどけると、古い採掘坑へ続く穴が現れた。
ドーガンが銃を向ける。
「誰かいるのか?」
暗闇の奥で、小さな光が動いた。
「その銃を下ろした方がいい」
俺は言った。
「どうしてだ」
「足元に爆弾がある」
ドーガンが凍りつく。
よく見れば、濡れた土の中に細い導線が埋められていた。廃棄された採掘用爆薬を利用した罠だ。
「子供にしては悪くない」
俺は導線をつまみ、切断した。
坑道の奥から、泥だらけの少女が現れた。
片手に起爆装置、もう片方の手に錆びた工具を握っている。
「助けに来てくれたの?」
「ああ」
「怪物じゃない?」
「怪物より少し質が悪い」
少女はしばらく俺を観察し、それから起爆装置を下ろした。
彼女が救難信号を送ったノノだった。
坑道にはノノのほか、六人の子供と三人の負傷者が隠れていた。
「お母さんたちは、黒い船に運ばれたの」
ノノは震える声で話した。
「怪物たちは、みんなをすぐには殺さなかった。強い人から順番に、森へ放すんだって。それを追いかけて、怖がっているところを石にするの」
ナフェイが眉をひそめた。
「石にする?」
「死ぬ直前の記憶を結晶化して、収集しているのよ」
彼女は開拓民の残した映像記録を確認していた。
「彼らにとって狩りは儀式であり、娯楽でもある。恐怖の記憶が戦利品なのね」
「趣味が悪いな」
俺は言った。
「酒瓶のラベルでも集めた方が、よほど文化的だ」
通信機から警備兵の声が飛び込んだ。
『隊長、降下艇が攻撃されています!』
直後、遠くで爆発音が響いた。
地下坑道の天井から土が落ちてくる。
『エンジンを破壊された! 飛べません!』
ドーガンが壁を殴った。
「退路を断たれた」
「問題ない」
俺は答えた。
「帰りの船なら、今から敵にもらえばいい」
「簡単に言うな。敵の数も位置もわからないんだぞ」
「数なら六十三」
俺は地下から地上へ続く階段を上った。
「一体ずつ相手にすると、日が暮れるな」
「何をするつもりだ?」
「全員まとめて呼ぶ」
ナフェイが俺の腕をつかんだ。
「待って。あなたの胸に入っているもの、敵意炉でしょう」
警備兵たちが息を呑む。
どうやら彼女は、辺境の町医者にしては知りすぎていた。
「帝国のネメシス計画」
ナフェイが続ける。
「自分へ向けられた敵意を観測し、真空から運動エネルギーを取り出す生体機関。敵が多く、殺意が強いほど、装着者の身体能力は際限なく上がる」
「際限はあるさ」
「どのくらい?」
「宇宙が壊れるまで」
ナフェイは冗談だと思わなかった。
「実験体は三十二人。適合したのは一人だけ。最後の一人は研究施設を破壊して逃亡した」
「あれは事故だ」
「月が一つ消えたのよ」
「消えてない。七センチほど軌道がずれただけだ」
ドーガンが俺へ銃を向けかけ、途中で思い直したように下ろした。
「お前が、その最後の一人なのか」
「過去の話だ」
俺は黄色い防水コートの襟を直した。
「今の俺は、善良な運び屋だよ」
「どこがだ」
「料金を先払いにしてもらった」
開拓村の中央には、巨大な着陸広場があった。
俺はその真ん中まで歩き、壊れた照明塔へ腰を下ろした。
雨はさらに強くなっていた。
周囲に敵の姿はない。
だが、殺意は見えた。
俺にとって殺意は、暗闇の中の火と同じだった。
樹上、地中、廃屋の中。
赤々と燃える六十三の意志が、俺一人へ向けられている。
胸の奥で敵意炉が回転を始めた。
一回。
二回。
三回。
血液が熱を持ち、雨粒の落下が遅くなる。
世界が静止していく。
広場の端で、空間が歪んだ。
一体、二体、十体。
光学外套をまとった異星の狩人たちが次々と姿を現す。
全員が異なる武器を持っていた。
重力槍。
粒子投射器。
音速を超えて収縮する網。
相手の神経だけを焼く青い炎。
森で千年かけて進化した捕食者も、これを見れば逃げ出しただろう。
俺は逃げなかった。
欠伸をした。
『レイ・ラシュ』
無数の仮面から、ゼグ・ラウの声が響く。
『恐怖を示せ。その記憶を、我らの至宝とする』
「悪いな」
俺は立ち上がった。
「怖がり方を忘れた」
六十三体が同時に武器を放った。
光が広場を埋める。
その瞬間、俺にとって時間は完全に止まった。
空中に浮かぶ雨粒。
青白い粒子線。
花のように開く単分子の網。
すべてが、静止した彫刻に見えた。
俺は最初の一歩を踏み出した。
地面が砕ける。
雨粒を一つ指先で弾く。
加速された水滴は一体目の仮面を打ち抜き、その背後の二体目、三体目の光学装置まで貫通した。
右から飛んできた重力槍をつかみ、投げ返す。
槍は十二体の武器だけを正確に破壊し、最後に巨大な木へ突き刺さった。
青い炎の間を歩く。
炎が俺のコートへ触れるより先に、発射した四体の懐へ入った。
「遅い」
拳を一度振る。
空気の壁が爆発した。
四体の巨体が森の奥へ吹き飛び、数百本の木をへし折って消える。
一体が背後へ回り、収縮する網を放った。
振り向かずに網をつかむ。
逆に引く。
敵は自分の網に包まれ、金属の球みたいになって地面を転がった。
警備隊の通信回線から、ドーガンの声が聞こえる。
『敵反応、四十一! 三十七! 何が起きている!?』
「まだ始まったばかりだ」
俺は答えた。
時間が動き出す。
一斉攻撃の爆発が、俺のいた場所で重なった。
そのときには、俺は敵陣の中央にいた。
「九対一だと思ってるだろ?」
近くにいた狩人の仮面を指で叩き割る。
「数え方が逆だ」
残り九体が、一斉に後退した。
「お前たち九人が、俺一人に挑んでる」
地面を軽く踏む。
衝撃波が円形に広がった。
八体が装甲ごと宙へ舞い上がる。
最後の一体は逃げようとした。
俺はそいつより先に森の出口へ立ち、肩をつかんだ。
「どこへ行く?」
仮面の奥で、狩人の眼が大きく開く。
「狩りはこれからだろ?」
広場へ投げ返す。
巨大な身体が泥の中を何度も跳ね、仲間の山へ突っ込んだ。
通信機の向こうで、ドーガンが沈黙していた。
「残りは?」
『……ゼロだ』
「一分やると言ったが、四十秒余ったな」
俺はコートについた泥を払った。
そのとき、頭上から七つの金属球が降りてきた。
球体が展開し、細長い脚と砲身を伸ばす。
無人殺戮機械。
俺の胸で、敵意炉の回転が止まった。
機械には殺意がない。
ゼグ・ラウは、もう俺の能力を理解していた。
『感情なき刃ならば、貴様はただの人間』
七機の殺戮機械が俺を包囲した。
俺は腰のホルスターから、古びた六連式拳銃を抜いた。
「考え方は悪くない」
一発目。
弾丸は金属球の装甲に跳ね返り、二機目の関節を撃ち抜いた。
二発目。
三機目の照準器を破壊し、暴発した粒子線が四機目を貫く。
三発目から六発目までが、残る二機を同時に沈黙させた。
最後の一機が、俺の背後から砲口を向けた。
引き金を引く。
カチン、と空の音がした。
機械は回避行動を取った。
存在しない弾丸の軌道を予測し、右へ飛ぶ。
そこには先ほど敵が放った単分子網が落ちていた。
機械は自分から網へ突っ込み、七つの部品に切断された。
「機械は賭けをしない」
俺は拳銃をホルスターへ戻した。
「だから読みやすい」
広場の中心で、大地が揺れた。
地面を突き破り、黒い柱が上昇する。
柱の先端に、巨大な異星人が立っていた。
他の個体よりさらに大きい。
白い外殻。
四本の腕。
背中には、倒した生物の記憶を封じた無数の結晶。
黒枝狩猟群の長、ゼグ・ラウ。
『機械も、部下も、貴様を倒せぬか』
「部下を雑に使う上司は嫌われるぞ」
『ならば我が狩る』
ゼグ・ラウから、殺意を感じなかった。
完全な無。
怒りも興奮もない。
その肉体は意志ではなく、戦闘儀式を実行する生体機械と化していた。
敵意炉は沈黙したままだ。
「なるほど」
俺は笑った。
「少しは楽しめそうだ」
ゼグ・ラウが消えた。
直後、俺の頬を刃がかすめた。
遅れて衝撃音が鳴る。
俺は首を傾け、二撃目を避けた。
三撃目を拳銃の銃身で受け流す。
四撃目が黄色いコートの肩を裂いた。
「おい」
俺は破れた生地を見た。
「新品だぞ」
『貴様に墓衣は不要』
「請求書は、お前の船へ送っておく」
ゼグ・ラウの四本の刃が、別々の軌道で迫る。
俺は半歩前へ出た。
肘で一本目を止め、拳銃で二本目をそらし、頭を下げて三本目を避ける。
四本目を歯で挟んだ。
ゼグ・ラウの動きが止まる。
「敵意炉がないと、ただの人間だと思ったか?」
刃を噛み砕く。
「俺はあれを埋め込まれる前から、十分強かったんだよ」
拳を叩き込んだ。
白い外殻が陥没する。
ゼグ・ラウの巨体が黒い柱を突き抜け、地中へ沈んだ。
俺は穴の中へ飛び込む。
地下には巨大な格納庫があった。
壁一面に透明な容器が並び、その中で開拓民たちが眠っている。胸は動いていた。全員、生きている。
俺が欲しかったものを見つけた。
「三十七人、全員確認」
地面に倒れたゼグ・ラウが、折れた腕を持ち上げた。
『貴様は、狩猟群の誇りを汚した』
「人間を景品にした時点で、そんなものは泥以下だ」
『ならば、この月ごと滅ぼす』
ゼグ・ラウの胸が開いた。
内部で、小さな黒い球体が脈打っている。
恒星核爆弾。
この緑月を地殻ごと蒸発させるには十分な威力だ。
同時に、空が暗くなった。
雲の上に隠れていた黒枝狩猟群の母船が姿を現す。
全長三百メートルの戦闘艦が、開拓村へ主砲を向けていた。
艦内の数百人が、一斉に俺を殺そうとしている。
ゼグ・ラウの胸にある爆弾も、俺を殺すために起動した。
敵意。
純粋で、巨大で、惑星を焼くほどの殺意。
俺の胸で、敵意炉が目を覚ました。
一回転。
地下格納庫の壁が震える。
二回転。
大地が割れ、周囲の雨が空へ逆流する。
三回転。
世界から、音が消えた。
身体の奥から溢れた力が、足元の岩盤を惑星の裏側まで貫いていく。
ゼグ・ラウの仮面に、初めて恐怖が浮かんだ。
『何だ、その力は』
「お前たちの力だよ」
俺は恒星核爆弾を素手でつかんだ。
黒い球体が皮膚の上で炸裂しようとする。
指に力を込める。
爆発しかけた光が、俺の手の中へ押し戻された。
「殺意は借金だ」
球体を握りつぶす。
「俺は利子をつけて返す主義でね」
頭上で、母船の主砲が発射された。
地下格納庫の天井が一瞬で蒸発する。
雲を割り、空から落ちてくる白い破壊光。
俺はゼグ・ラウの重力槍を拾った。
照準は必要ない。
あれほど巨大な殺意を、見失うはずがなかった。
槍を投げる。
地下から放たれた一条の光が、降下してくる主砲の中を逆走した。
雲を抜ける。
船体を貫く。
母船の中央で、重力槍が爆発した。
戦闘艦の光学外套が消え、艦全体が大きく傾く。
主砲は停止した。
だが、推進機関まで壊れたらしい。
三百メートルの船体が、開拓村へ向かって落下を始める。
「まったく」
俺は地面を蹴った。
「最後まで手間のかかる連中だ」
地下から地上へ飛び出し、そのまま空へ上がる。
雨雲を突き抜けた。
落下する母船の先端へ片手を当てる。
衝撃で空が円形に割れた。
大気が唸り、森の木々が一斉に伏せる。
船体は止まった。
三百メートル、数百万トンの戦闘艦が、俺の片手の上で静止している。
操縦室にいた異星人たちが、窓の向こうから俺を見ていた。
全員、仮面を外している。
あまりにも驚くと、異星人でも口を開けるらしい。
俺は空中で船体を持ち直し、開拓村から離れた湖へ運んだ。
水面へ静かに置く。
大きな波が立ったが、沈みはしなかった。
俺は船首へ立ち、操縦室の連中を見た。
「船を置いて消えろ」
通信機を通して告げる。
「十秒だけ待つ」
九秒後、船内の脱出艇がすべて射出された。
なかなか素直でよろしい。
開拓民三十七名は、全員無事だった。
戦利品にするため記憶を抽出されていたが、ナフェイの治療で回復できる程度だという。
黒枝狩猟群の船には、過去に狩られた者たちの記憶結晶も保管されていた。
それらがどこの誰に属するのか調べるには、何年もかかるだろう。
だが、少なくとも狩人たちの棚を飾り続けることはない。
目を覚ましたノノは、母親へ抱きついた。
それから俺のところへ走ってくる。
「おじさん、本当に怪物を全部倒したの?」
「お兄さんと呼んだら教えてやる」
「じゃあ、おじさんでいい」
「将来、大物になるな」
ノノはポケットから、雨色の石を取り出した。
「これ、あげる」
「高いのか?」
「きれいなだけ」
「最高だ」
俺は石を受け取った。
ドーガンたちは、奪った異星船へ開拓民を乗せていた。
警備隊長が俺の隣へ立つ。
「一つ聞いていいか」
「料金が発生するぞ」
「お前なら、最初から一人で全員を助けられたんじゃないか?」
「できただろうな」
「なら、どうして俺たちを連れてきた?」
「医者が必要だった」
「俺たちは?」
「荷物運び」
ドーガンはしばらく黙ったあと、笑い出した。
「本当に嫌な男だな」
「よく言われる」
ナフェイが船の乗降口から顔を出した。
「レイ、操縦をお願い。構造が複雑すぎて誰にも動かせないの」
「雇われ操縦士の出番だ」
「それと、あなたの身体も調べさせて」
「俺は健康だよ」
「恒星核爆弾を握りつぶす人間を、健康とは呼ばないわ」
「医者は細かいことを気にしすぎる」
俺が乗船しようとしたとき、胸の奥で敵意炉が小さく脈打った。
黒枝狩猟群の生き残りが、銀河中の狩猟種族へ俺の情報を送信したらしい。
遠い星々で、一つ、また一つと新しい殺意が灯っていく。
百。
千。
一万。
俺の命に、途方もない賞金まで懸けられた。
普通の人間なら、絶望したかもしれない。
俺は笑った。
どうやら燃料代の心配だけは、一生しなくてよさそうだった。
了