第170話 第十一章「同時ではない一致」後編

 午後三時五十六分

 八地区の記録は、一本の時系列へ揃えられなかった。

 代わりに、八本の線として並んだ。

 各線に、四つの印。

 初回判断。

 最初の他地区情報。

 変更または撤回。

 地区閉会。

 時計差は補正して消さず、実測と理由を併記する。

 受渡札でつながらない区間は、点線。

 映像が切れた区間は、黒い縦線。

 安全余裕で進められた時計は、赤い注記。

「全地区の初回判断は、他地区の結果を受ける前」

 七瀬は確認する。

「南環の変更一件、北環四件、西環二件、学塔区一件。すべて情報受信後。変更であることを隠していない。変更受付時間は地区ごとに差があるため、今回の差をそのまま記録し、次回以降は《最後の共通放送受信後、同じ長さ》を条件とする」

「撤回は」

 巴。

「個人撤回、三件。地区撤回、なし」

「無効要因」

「時計工作。信号断。偽票。封鎖。安全事故。全て、結果と別に残す」

 榛名が八本の線を見た。

「これを一致と呼ぶのか」

「一致した部分だけ」

 七瀬。

「旗へ所属しない者の参加を認める。個人と地区の撤回・変更を認める。変更は初回判断を消さず、情報源と時刻を残す。ここは八地区が一致している」

「違う条件は」

「地区条件として残す」

「将来、衝突する」

「その時、違いが初めから見える」

「中央で統一した方が早い」

「早いです」

「認めるのか」

「速さは事実です。正当性とは別です」

 榛名は長く黙った。

 やがて手帳を開き、自分の指示を書いた頁を破らず、赤線を引いた。

《時刻安全余裕の選挙手続きへの転用。無許可。監査対象。》

 その下へ署名する。

「後出し防止条件を入れろ」

 彼は言った。

「初回判断を情報受信前に封じる。全地区の最終共通放送後、変更受付時間を同じ長さにする。時刻源を二つ以上。校正者と補正理由を公開。これを入れなければ、俺は反対する」

「反対を記録します」

 巴。

「条件を入れても反対するかもしれない」

「それも記録する」

「何でも残すな」

「あなたが残したい条件」

 榛名は初めて、ほんの少し笑った。

 疲れた笑いだった。

 巴は、中央文への一括署名を求めなかった。

 八地区へ、六つの確認だけを返す。

《議題ごとに、参加する人と範囲を示す。》

《初回判断時に知っていた情報を残す。》

《変更と撤回は、前の判断を消さず追加する。》

《期限と、途中で降りる方法を先に示す。》

《時刻は二つ以上の根拠で確かめ、補正した者と理由を残す。》

《参加できない費用と距離を、本人の怠慢として扱わない。》

 南環は《同じ湯の番へ入る人を、湯を抜く前に確かめる》と返した。

 北塔は《名簿の外でも本人を待てる。ただし待った時刻を書く》

 西市場は《店札と、人の口を同じ帳面へ縛らない》

 東門は《安全点検を理由に閉じるなら、点検者と開け直す時刻を出す》

 零番街は《住所のない人を、誰かの家族として数えない》

 北工区は《仕事を止めて答える時間と、その賃金を記録する》

 学塔区は《分からない、質問する、保留するを参加に含める》

 王環駅周辺は《見たこと、聞いたこと、賛成したことを別々にする》

 同じ文章は一つもなかった。

 六つの確認欄には、八地区すべての印が付いた。

 榛名は最後に、《異議保留付き監査確認》と書いて署名した。賛成へ変わったわけではない。自分の論点が書かれ、反対の所在も消されていないことを確認した。

 八地区の判断は、そこで連結された。

 中央の一票が八つを代表したのではない。八つが違う文のまま、互いに何を確認できるかを引き受けた。

 八本の線は、同じ長さではない。

 終点も揃っていない。

 それでも、どこで変わったかは見えた。

 七瀬は完成した表を、八画面と一緒に撮った。

 同時ではない。

 だからこそ、後から同時だったふりはできなかった。