第228話 第四章「追走車」後編

「江橋へ頼む」

『頼んで』

 迅は二号車を呼んだ。

「江橋。第一号車が箱を追う。先頭を代われる?」

『俺の二号車は油と豆。空車ほど速く走れない』

「何キロ」

『横風が十を越えたら三十四』

「それで」

『なら代わる。戻らない時刻を先に決めろ』

「一時四十三分」

『今、三十七分。六分だな』

 峰岸の第一号車が、六号車の左へ寄る。

 迅は手摺へ足を掛けた。

 蓑原が外套を掴む。

「待ってください。箱を取り返したら、誰へ渡します」

「あなた」

「私は援助側です」

「持ってた」

「それが正しかったか、今は分かりません」

 迅は足を下ろした。

「じゃあ、誰」

「その質問を、箱を取る前にしてください」

「取ってから決める」

「取った人が決める形になります」

「なら、箱を置く」

「道路へ? 轢かれます」

「面倒」

「紙を軽視した人の感想ですか」

「今は重い」

 タマキが荷台へ上がってきた。

「箱、誰から」

「蓑原」

「違う。中身」

「寄贈団体と調整所」

「誰へ」

「決まってない」

「何のため」

「配布を決める」

「決める前に、受け取る人へ見せた?」

 蓑原が答える。

「要約は送りました。原本は送っていません」

「じゃあ、箱はまだ途中。途中の物を一人へ返すと、また途中が一人の物になる」

 塩戸車は、さらに百メートル離れた。

「追わないの」

 タマキ。

「追う」

「何のため」

「箱を取る」

「その後」

「全員で開く」

「どこで」

「まだ」

「決めてから行った方がいい」

「逃げる」

「逃げても、紙は食べられない。燃やすなら、写しを集める方が先」

 十四歳の言葉は遅い。

 遅いまま、逃げる車より先へ行くことがある。

 迅は無線を取った。

「峰岸。追走中止」

『箱は』

「写しを集める。原本は、開く場所を決めてから取る」

『了解。先頭へ戻る』

「もう江橋がいる」

『なら、穴を二人で見る』

 第一号車は加速せず、二号車の前へ戻った。

 追わない選択は、負けに見える。

 実際、箱は戻らない。

 それでも、追いついた者が渡す相手を決めるなら、追走は配布の前倒しになる。

「迅」

 七瀬が言った。

『今の判断、理由を一文』

「箱を取り返しても、箱を持つ人を決めてなかった」

『採用。あなたの顔は撮ってない。第一号車が戻るところを撮った』

「なぜ」

『追わなかった人の顔は、英雄か臆病者に編集されやすい。車が戻った事実は、顔より言い訳をしにくい』

 小麦が割り込む。

『空の箱跡と、裂けた粉袋も』

『撮った。蓑原さんの指は公開範囲を確認する。遠野さんは治療記録だけ』

「俺は」

『手だけ』

「顔が嫌い?」

『顔は話を簡単にするから、必要な時だけ』

 午後一時四十五分。

 塩戸側の一台が路側の休止所へ止まった。

 地元の男二人が、水と燃料を渡す。

 代わりに、道路の先を指差す。

 塩戸は金属片を渡し、男が秤で重さを量った。

「地元の支持がある」

 蓑原。

『支持か、仕事か、脅しか、まだ分からない』

 七瀬。

『分からないまま記録する』

「追走者へ燃料を渡せば、共犯です」

『援助車列に水を売った人は、味方ですか』

「同じではありません」

『違いを撮ります』

 男二人は、次の客を待つように空の燃料缶を並べ直した。

 迅は、箱が紙だけではない理由を少し分かった。

 紙には、誰へ払うかが書かれる。

 書かれない者は、道の外へ押し出される。

 だから塩戸は箱を盗った。

 だから盗ってよいわけではない。

 理由は免罪符ではない。

 殴る位置を間違えないための地図にはなる。

 午後一時四十八分。

 塩戸側の放送機が、全周波数へ入った。

『積荷目録、こちらで保管した』

 蓑原が送話器を取る。

「返還を要求します」

『受取人が決まったら』

「あなたに条件を付ける権限はありません」

『そっちにもなかったから、欄が空いた』

「窃盗です」

『盗んだのは紙だけだ』

 声が切れる。

 六号車の床には、金属箱の四角い跡があった。

 食料袋は一つ裂け、粉が細い線を引いている。

 紙の箱があった場所だけ、塩埃が積もらず、黒かった。