第230話 第五章「荷札の嘘」後編

 渋谷が眉を上げた。

「十四か?」

「十四」

「嫌な配達員だな」

「受取拒否できます」

「今は受け取る」

 三人を第七号車へ入れる。

 七瀬は、彼らの顔を撮らない。

 手。

 荷札。

 読み上げた番号。

 異議。

 小坂は数字を読むのに時間がかかった。

 一桁ずつ指で押さえる。

 渋谷が先に進めようとすると、飯尾が止めた。

「遅い人を連れてきたのは私らだよ」

「日が落ちる」

「間違って二回数えた方が、もっと遅い」

 七瀬は、その会話を残した。

 小坂が、二つの荷札を見つける。

「これ、番号の頭が違う」

「寄贈団体が違う」

 七瀬。

「袋の縫い糸は同じ」

「同一現物」

「二つの団体が、半分ずつ金を出したんじゃないか」

「可能性はある」

「なら二重じゃない」

「重量を各団体が全量で申告している」

「半分ずつなら、二十キロと二十キロで書け」

 飯尾が言った。

「そうですね」

「何で、あんたが謝る」

「私は記録側です」

「寄贈側じゃないのか」

「違う」

「空白の旗?」

「撮影を頼まれた。所属が、映像の正しさを保証するわけではない」

「面倒な答え」

「簡単な所属は、簡単な編集になります」

 飯尾が少し笑う。

「今のは格好いいと思って言った?」

「いいえ」

「格好いい人は、だいたいそう言う」

「記録へ入れます」

「やめて」

「公開しません」

「残すのも嫌」

 七瀬は撮影機を下げた。

「削除します」

「すぐ?」

「今」

 該当箇所を確認し、音声だけを消す。

 映像には、飯尾の手と袋が残る。

「消した記録は残る?」

 小坂。

「削除した時刻と範囲だけ残す。内容は残さない」

「何を消したか分からない」

「それでいい時もある」

「都合の悪い証拠だったら」

「削除要求者と私が責任を負う。誰の私生活も、将来の監査のために全部保存することはできない」

「難しいな」

「記録は、残すより捨てる方が難しい」

 三人は二十七袋を確認した。

 七袋に二重札。

 二袋は番号が擦れて読めない。

 一袋は申告になく、積込時に破袋分を詰め直したものだった。

 正しさは、嘘と本当の二列には並ばない。

 善意。

 不正。

 現場修理。

 記録漏れ。

 同じ荷台に積まれている。

 午後四時四十九分。

 三人は荷車へ戻った。

 封鎖をすぐには解かない。

 十七人へ説明する。

 説明を聞いた者が、また質問する。

 七瀬は、その時間を撮った。

 誰かが納得する顔ではない。

 炭の文字が、少しずつ書き換わる。

《十八・二を先に説明》

 その下へ、別の手が加えた。

《十七時四十分まで通行保留》

 さらに、小さな字。

《監査三名参加》

 車列は止まったまま。

 食料は傷む。

 追走車は後ろにいる。

 それでも、封鎖を暴力で除けば、十八・二という嘘だけでなく、確認へ参加した三人の時間まで踏み潰す。

 午後五時三分。

 荷車の車軸が戻された。

 道が半分だけ開く。

「一台ずつ」

 渋谷が言った。

「公開期限を過ぎたら、また止める」

「了解」

 由良。

「約束する権限があるのか」

「公開をするのは七瀬。私は、止めると言われたことを車列へ伝える」

「代表じゃない?」

「違う」

「面倒だな」

「簡単な代表は、簡単に売れる」

 由良は赤索を拾った。

 七瀬は撮影機を轟から受け取る。

「二分を超えた」

「七分持った」

「肩は」

「右は平気。左は使ってない」

「記録する」

「必要か」

「機材委任の条件」

「面倒だな」

「全員、今日それを言う」

 七瀬は、車列が荷車の間を一台ずつ通るところを撮った。

 人々は手を振らない。

 運転手も礼を言わない。

 通れることを、歓迎と取り違えないためだった。

 午後五時四分。

 飯尾が、油箱の底から細い紙片を見つけた。

 荷札ではない。

 倉庫の検量票。

《二十七箱》

 その上へ、別の筆圧で《五十四》と書き足されている。

「二倍」

 飯尾。

「誰が書いた」

 蓑原は、筆跡を見た。

「共同倉庫の夜勤担当。ただし、指示者は分かりません」

「本人へ聞く」

 七瀬。

「通信圏外です」

「なら、筆跡だけで犯人にしない」

 渋谷が言う。

「でも、援助側の字だろ」

「援助側という人はいない。倉庫係、団体担当、調整所、運転手。誰がどこまで見たかを分ける」

「塩戸は、全部まとめて嘘だって流した」

「だから、こちらまでまとめない」

「丁寧にして、時間を稼ぐ?」

「時間を稼いだことも出す」

 七瀬は公開文へ一行を加えた。

《四時十三分、二重計上の疑いを内部確認。四時十九分まで全体告知せず。理由、現物照合と安全停止。告知遅延六分。判断者、火群七瀬、蓑原梢》

 蓑原が紙を見る。

「私も?」

「止めなかった」

「あなたが決めた」

「私一人で決められる位置に置いたのは、調整所」

「責任を広げると、薄まります」

「薄めない。形を分ける」

 飯尾が訊く。

「六分で、何が変わった」

「その間に、偽目録が先へ出た」

「じゃあ、あんたの遅れで負けた」

「一度は」

「顔、撮っていい?」

 渋谷がからかうように言った。

「敗北した記録者」

「私の顔なら、私が決める」

「出す?」

「今は出さない。顔があると、六分の話が私の後悔だけになる」

「後悔してる?」

「している」

「なら、それも事実」

「声で残す」

 七瀬は撮影機を自分へ向けなかった。

 検量票。

 書き足された数字。

 公開文の六分。

 蓑原の異議。

 飯尾の質問。

 誰か一人の表情ではなく、判断が通った順を撮る。

 記録は、顔を映せば人間的になるわけではない。

 顔が、他の人間を隠すこともある。

 午後五時六分。

 小坂が、最後の油箱を読み終えた。

「五十四って書いてある。でも、ここには二十七」

「確定」

 七瀬。

「油箱、二十七箱の二重計上疑い」

「疑い?」

「誰がどの意図で二倍にしたかは未確認。現物数は確定」

「面倒」

「記録は、結論より長い時がある」

「結論が間違ってたら?」

「もっと長くなる」

 小坂は疲れた顔で笑った。

 遅い指が、最後の数字を一つだけ正した。

 午後五時十七分。

 監査の途中集計。

 麦粉の二重札、八十袋。

 豆、二十七袋まで確認。

 油箱、未確認。

 不足、少なくとも三・二トン。

 確定ではない。

 七瀬は数字を三つの紙へ書いた。

 一枚を蓑原。

 一枚を小麦。

 一枚を飯尾夏へ預ける。

「どうして私」

『車列の外から監査へ入ったから』

「持って逃げたら」

『逃げたことが分かる。私が全部持つよりいい』

「信用してる?」

『信用を一つにしない』

 飯尾は紙を二つ折りにした。

 胸ではなく、豆色の外套の袖へ入れる。

『濡れない』

「汗で濡れる」

『腕はあまり汗をかかない』

「人による」

『そこまで記録する?』

「しない」

 初めて、七瀬の声にも少し笑いが混じった。

 公開期限まで、二十三分。

 その時、塩路沿いの広報柱が、同時に白く光り始めた。

 午後五時十八分。

 塩路沿いの三つの広報柱が同時に点いた。

 塩戸が流した偽目録の表が、白い地平へ大きく映る。

《環水三号塔 十八・二》

《東高架下 二・一》

《旧軌道宿舎 〇・七》

《その他 残量》

 風が数字を消すことはなかった。

 車列の各無線で、同じ十八・二が、違う怒りの声になって返ってきた。