第296話 第二章「十二の避難口」後編
「だから増やさない」
「分からないのに、分かった顔で並ばせる方が増える」
七瀬が二人の間へ入る。
「時刻を付ける。古くなったら裏返す。撮影は全体だけ。個人名は出さない」
真琴は紙を見る。
《第九口の受入所が満床》
《第十二口の受入未確認》
《第一口の所在確認中二》
「第一口の二名は、名前を出さなければ家族が気づけない」
「家族照合の窓口だけ別に出す」
「どこへ」
「厨房脇。小麦が人を見てる」
「料理人へ情報管理まで」
「頼むかは本人に聞く」
小麦へ無線を入れる。
《やる。ただし鍋の前では名前を叫ばない。入口に一人、紙を持たせる。食事を受け取る条件に照合を入れない》
返事は速かった。
中央からの声が途切れた後、第二口の緑灯だけが残った。
雨の中では、緑はよく見える。
見えるものは、正しいと思われやすい。
「開いてる」
避難者の男が第二口へ向かう。
沼田千歳が、門板を横にした。
「止まれ」
「緑だぞ」
「錠は下りてる」
「中央が継続って」
「中央は錠を触ってない」
「じゃあ緑は何だ」
「分からん」
「門番が分からないのか」
「門番だから、分からん時に開けない」
男は緑灯を指さす。
「あれと、あんたと、どっちを信じればいい」
「どっちも信じるな。自分で見ろ」
沼田は錠の確認窓を開けた。
内部の鉄棒が半分だけ下がっている。
上げる動力は来ている。
受け側が、水圧で戻らない。
「開いてない」
男が言う。
「見えたな」
「でも、これを全員が見るのか」
「見られない奴には、見た人間の名を渡す」
透子が四角い札を作る。
緑灯の下へ吊るした。
《表示・緑》
《現物・半錠》
《確認・沼田千歳、牧田蓮》
《次の確認・八時五十五分》
「字が読めない人は」
男。
透子が札の下へ、半分閉じた四角を描く。
「色は使わないのか」
「色はもう嘘ついてる」
「機械が嘘を?」
「機械は緑に光ってるだけ。嘘にしたのは、緑を安全って決めた人」
男は第二口から離れた。
「第一口へ?」
真琴。
「行かない。家族を待つ」
「待つ場所」
「ここじゃ駄目か」
「門の動線を空けるなら」
男は壁際へ移った。
緑灯は消えない。
その下で、《半錠》の札が濡れている。
機械を壊さなくても、意味は上書きできる。
ただし、上書きした人間の名と、次に確かめる時刻が要った。
真琴は少し黙る。
「規則がなくても、条件を分けられる人はいますね」
「悔しい?」
七瀬。
「嬉しくて悔しいです」
「それ、公開していい?」
「だめです」
「理由」
「私の評判」
「手遅れ」
紙は入口へ出された。
人は《分からない》の前で立ち止まった。
怒る者もいた。
別の口へ走る者もいた。
その場で家族を待つ者もいた。
少なくとも、緑灯だけを信じて第一口へ進む者はいなくなった。
扉は十二ある。
鍵は一つ。
その鍵を持つ場所が、水の中で沈黙していた。