第524話 第八章「カナタの無観客演説」後編
カナタは、見えない椅子へ向けたまま、放送を止める。
「今の時刻差について、確認が必要です」
視聴者へ言う。
「この放送では、命令を出した順、撤回した順、受領した順を示しています。端末時刻に六秒の逆転が見つかりました。前後が確定するまで、時刻を根拠にした説明を止めます」
質問。
《細かすぎる》
「六秒で、撤回が更新より前か後か変わります」
《結果は同じ》
「今回は、次の期限で失効する見込みです。でも、誰が先に判断したかは同じではありません」
《犯人探し?》
「責任の順番を探します」
《同じだろ》
「罰だけを目的にするなら。説明を戻すためには、違います」
質問者は退出した。
接続数は、さらに減る。
カナタは訊かない。
午後三時二十一分。
真壁梓から、音声が入った。
低い声。
短い文。
《真壁梓。中央機械時計室の臨時監査担当。公開範囲、氏名、職務、時計構造》
「時計は、端末と違う?」
カナタ。
《違う。屋上の振り子時計。二本の分表示。二つは意図的に合わせていない》
「なぜ二つ」
《主振り子と副振り子。片方を補正中も、片方が動く》
「どちらが正しい」
《両方の差を記録する》
「答えになってない」
《正しい一つを作る設備ではない。どちらを基準にしたか残す設備》
カナタは、少し気に入った。
「午後四時に補正?」
《予定。だが、補正命令が来ている》
「誰から」
《記録監査局時計同期責任者》
「名前」
《職名だけ》
「補正したら、過去の穴は」
《通常は残る。今回は、紙帯交換も指示されている》
朝が、通信管へ近づく。
「理由」
《端末との不一致が行政混乱を招くため》
「交換後の旧紙帯」
《廃棄》
「誰の判断」
《職名だけ》
「実施する?」
《しない》
「氏名で」
《真壁梓。紙帯交換と廃棄を拒否する。補正自体は、差を記録して実施可能》
「時計守は」
《千種透。現在、行方確認中》
朝の顔が変わる。
「いつから」
《午後二時五十分に持ち場を離れた記録。本人の申告ではない》
「申告者」
《時計室警備端末》
「人の目撃」
《なし》
「紙帯へ近づける人は」
《私、千種、記録監査局の鍵保有者二名》
「鍵保有者名」
《照会中》
カナタは、時刻を見る。
午後三時二十三分。
四時まで三十七分。
「迅」
朝が呼ぶ。
迅は廊下の反対側にいる。
「聞いてた」
「七瀬さんと屋上へ。真壁さんの指示を受けてください」
「朝は」
「階段を上れません。昇降機は同期命令で停止される可能性があります」
「凱」
「一階の端末受領を続ける」
「俺だけ?」
「七瀬さん、真壁さん」
「薄墨は」
その名が出る。
記録監査局の裏経路を知る男。
薄墨影治は、廊下の壁へ背をつけていた。
左耳の傷。
両耳の耳鳴り。
強い光を避ける濃い遮光具。
音声を十分に聞き取れない。
七瀬が筆談板へ書く。
《屋上時計。紙帯廃棄命令。行く?》
薄墨は読む。
少し考える。
自分の小さな板へ書く。
《行く。私へも別の命令が来ている》
《内容》
《屋上で見せる》
迅が板を覗く。
「今、見せろ」
薄墨は首を横へ振る。
《先に、原本を守る》
「信用しない」
《正しい》
「でも来る?」
《私の命令の持ち主も、屋上へつながる》
朝は、薄墨を許可する権限を持たない。
「七瀬さん」
「同行記録。薄墨さんの自由行動を保証しません。私も指揮しません」
「迅」
「逃げたら追う」
薄墨が書く。
《能力を使えば、見失う》
「使ったら、戻って来い」
《命令?》
「頼む」
薄墨は答えない。
七瀬が固定台から小型機だけを外す。
左肩へ掛けない。
胸部支持帯へ固定。
真壁梓の声。
《北階段は閉鎖。西保守階段。十八階から外周梯子》
「七瀬の肩」
迅。
《梯子は短い。上で補助索を下ろす》
「薄墨の耳」
《爆音装置はない。警報は振動灯へ切替可能》
「俺の手」
《紙帯を握るのは左手で》
「分かった」
カナタは、床に座ったまま三人を見る。
「私は?」
朝。
「放送を続けてください」
「見てる人、減ってる」
「だから?」
「今は、言わせないで」
朝は頷く。
カナタは、屋上へ行く三人へ向けない。
見えない椅子へ向く。
「時刻の原本を確認するため、説明を一部保留します。現在、命令の内容そのものについては続けます」
塩見が接続数を見た。
「四十一」
今度は、カナタが訊いたわけではない。
回線判断のために言った。
「四十一人へ?」
朝。
「一人へ」
カナタは、移動群六番の札を取る。
見えない一脚へ向ける。
屋上では、まだ名前のない誰かが、過去の時刻を紙から消そうとしていた。