第176話 第四章「軍籍と量札」後編

 検証には、囮が要る。

 人や船を囮へしないため、ロロは浮力樽を三つ使った。

 第一樽。

 穴なし。

 第二樽。

 自由港の下層量札と同じ穴。

 第三樽。

 旧軍将校札と同じ穴。

「第三、誰が打った」とセレナ。

「元札へ重ねて紙へ写し、仮板へ開けた。原物は変えてない」

「合金」

「違う。だから完全な再現じゃない」

「記録します」

「先に言った!」

 樽を霧へ放す。

 ゼロスター号は砲線外へ退く。

 《第九翼》の標的識別器だけを観察する。

 穴なし樽。

 反応なし。

 下層量札樽。

 識別器が鳴る。

 砲塔が動く。

『敵補給層、下級』

「下級?」とハル。

「自由港の下層って意味じゃない」とミラ。「旧軍の補給順位」

「でも今は、下層に暮らす人を狙う」

「機械に差別の意思はない」とセレナ。

「結果はある」

「その通りです」

 砲は樽を撃つ。

 着弾後、修正なし。

 粉砕した樽が消えた場所へ、次の弾も入る。

 第三、旧軍将校札樽。

 識別器が高い音を出す。

『敵指揮級』

 近くの三隻まで砲口を向ける。

「穴の意味だけで階級を決めてる」とエリア。

「上層量札は?」とハル。

 ミラが答える。

「上層船は、穴が一つ多い」

「旧軍では」

 ロロがウォー・タグをずらす。

「重砲補給級」

「上層と下層を別の敵階級へしてる」

「平等に撃つ?」

「違う」とハル。「違う理由で全部撃つ」

「正確」とエリア。

 砲艦は、誰が札を付けたかを見ない。

 何を運んでいるかも見ない。

 昨日、病院船を支えるために打ち直した量札も、密輸品を隠した札も、同じ穴なら同じ敵である。

 意図を見ない仕組みは、偏見がないとは限らない。

 過去の分類を、現在へ無差別に持ち込むだけかもしれない。

 ロロは砕けた樽の破片を回収した。

 撃たれた穴の周囲だけ、金属が内側へめくれている。

 砲弾は樽の形を見ていない。穴の分類へ対応した弾種まで選んでいた。

「下級補給には散開弾。指揮級には貫通弾」と彼。

「相手の身分で、殺し方まで変える」とハル。

「旧軍では合理的だった。補給兵は数を減らし、指揮官は装甲ごと抜く」

「合理的って、正しい?」

「機械の中じゃ、目的に合うってだけだ」

 ロロは第四の仮札を作る。

 自由港の救難優先札。

 病院船、育児船、負傷者運搬艇へ付ける穴。

「それも試すの?」とエリア。

「先に知る。実物へ付いたまま撃たれるより」

 樽へ結ぶ。

 識別器が読む。

『敵衛生欺瞞級』

 砲塔が、最も速く動いた。

 ハルの顔から笑いが消える。

「病院の札を、偽装だと思う?」

「戦時規則」とカイル。「敵が衛生船を装って武器を運んだ時期がある。以後、特定の救難標識を優先検査対象へした」

「一回の裏切りで、後の病院全部?」

「戦争は例外を規則へするのが速い」

 砲弾が樽を裂く。

 白い救難布が、霧へ散る。

 セレナは記録する。

「現行の救難優先札が、旧識別器では敵衛生欺瞞級へ対応。病院船への危険が、一般居住船より高い可能性」

「札を外す?」とハル。

「外せば自由港の救難網が病院船を見失う」とミラ。

「付ければ艦隊が見る」

「同じ札が、助ける側と撃つ側へ違う意味を渡す」

 エリアは砕けた白布を拾わない。

 位置をセレナが記録するまで待つ。

「過去を消して新しい規格へ替えるだけでは足りない」と彼女。「新しい規格も、いつか別の意味で読まれる。来歴を残し、複数の読まれ方を検査する必要がある」

「地図みたい」とハル。

「地図も、同じ線が避難路と侵攻路になる」

「じゃ線を引かない?」

「引く。用途と更新日と、誰が使うかを併記する」

 ロロは薄い輪の寸法を、救難札へ合わせて一ミリ変えた。

「病院から先に守る」

「効率?」とハル。

「撃たれやすい順」

 古い分類が生んだ優先順位を、現在の救難が逆に使う。

 過去を知らなかったことは消せない。

 知った後の順番は、変えられる。

「外周三穴の音だけ変える」

 ロロは薄い輪を作った。

 材料は、昨日の競売台から回収した印環樹脂。

 内側へ小さな溝。

 量札の穴へは触れず、穴の周囲へ被せる。

「浮力網は中央穴を読む」と彼。「旧軍識別器は外周から読む。外周だけ、返る音を一段ずらす」

「札の意味を変えず、読まれ方だけ変える」とエリア。

「仮止めだ。温度で縮む。三刻もてば高い」

「値段」とミラ。

「一枚、半ルク」

「二万枚」

「計算するな!」

「一万ルク」

「材料費だけだ!」

「工賃三割」

「勝手に載せるな!」

「救難割引」

「値切るな!」

 問題は、二万枚を三刻でどうするかだった。

 カンティレーナだけでも千四百。

 自由港ヴェインは、その十倍以上。

 全てへ輪を付ける時間はない。

「浮力網の入口へ一枚」とエリア。

「何」

「量札は互いに個別発信しているのではない。区画ごとの集計鐘へ負担を送り、集計鐘が外へ返す」

「集計鐘の外周へ輪を付ければ」

「区画全体の返音が変わる」

「でも集計鐘は町の底」とロロ。

「カンティレーナはラナの背骨脇。自由港は最下層金庫の下」

「今、行ける?」とハル。

「背市は」とエリア。「感覚毛帯を避ければ」

「俺が行く」

「一人で決めない」

「意見」

「私も」

「踵」

「三。昨日と同じ」

「三なら平気?」

「平気とは言っていない。役割を変える」

「地図だけ?」

「『だけ』を付けないで」

「ごめん」

「受領」

 自由港へは伝羽で設計図を送る。

 現地の工房が作る。

「誰が責任者」とセレナ。

 ミラが答える前に、ジルが通信管を取った。

「港にいる奴ら」

「具体的に」

「船団会、工房会、下層宿の三者。どれか一つが拒否したら付けない」

「遅い」とミラ。

「お前一人なら早い」

「港が落ちる」

「だから三者」

 ミラは風鈴を鳴らさない。

「……受領。拒否欄を付ける」

「偉い」とハル。

「子ども扱いするな。料金」

「戻った」

 カンティレーナの集計鐘は、ラナの背の下へあった。

 背中へ穴を開けないため、町の基礎は白木の弓梁で皮膚をまたいでいる。集計鐘はその梁の中央、ラナへ触れない空間へ吊られていた。

 入口は、市場床の点検孔。

 狭い。

 ロロの補助腕は入る。

 本人の工具箱が引っかかる。

「置いてけ」とハル。

「裸で入れって言うのか!」

「服は着てる」

「工具なしは裸!」

「必要な物だけ」

「全部必要!」

「揚げ生地の包みも?」

「低血糖対策!」

「それセレナ」

「人類共通だ!」

 結局、工具を七本に絞る。

 残りはハルが外で持つ。

「勝手に使うな」

「使い方知らない」

「だから怖い!」

 二人で点検孔へ入る。

 エリアは上で路図を描く。

 セレナは入口の位置と作業前状態を記録。

 ノクスは入ろうとして、感覚毛の匂いにくしゃみをし、外へ残った。

 梁の下。

 ラナの皮膚が、呼吸のたび遠い地面のように上下する。

 銀白の感覚毛が、暗闇で草原のように揺れる。

「触るな」とハル。

「お前に言われた!」

「サーガの指示」

「受領!」

 集計鐘は、直径三歩。

 何千枚もの量札から来る荷重情報を、低い音へまとめる。

 今はその音へ、旧軍識別器の細い探査音が混じっていた。

 高い。

 人の耳にはほとんど聞こえない。

 ロロの右耳にも聞こえにくい。

 彼は指先を鐘へ当てる。

「振動で読む」

「歯で噛まない?」

「鐘を噛む奴がいるか!」

「金属いつも噛む」

「小さいのだけだ!」

 薄輪を集計鐘の外縁へはめる。

 寸法が合わない。

「一ミリ」とロロ。

「削る?」

「足す」

「何を」

「樹脂。工具箱、黄色柄の細い匙」

「どれ」

「黄色柄!」

「全部黄色!」

「工具は見分けやすい色にしてる!」

「同じ色で?」

「名前で分ける!」

「名前は」

「蜂蜜!」

「食べ物!」

「早く!」

 ハルは点検孔の外へ叫ぶ。

「蜂蜜!」

 セレナの声。

「甘味ですか、工具ですか」

「工具!」

「形状」

「細い匙!」

「匙型へらを渡します」

 正確な名称が下りてくる。

「セレナが一番早い」とロロ。

「証拠保全用にも同型があります」

「俺のだ!」

 樹脂を足す。

 輪が閉じる。

 集計鐘の音が、一段低くなる。

 外の砲塔が動きを止めた。

「成功?」

「一回じゃ分からねえ」

 六・五秒。

 号令。

 カンティレーナを向いていた三隻の砲が、別方向へ迷う。

 撃たない。

 二周目。

 撃たない。

「カンティレーナ、標的から外れた」とエリア。

 上から声が届く。

「仮成功。浮力網は維持。量札の中央信号、変化なし」

「やった!」

「仮!」とロロ。

「喜びも仮?」

「壊れたら返金だから仮!」

 その瞬間、集計鐘が強く鳴った。

 自由港からの遠隔負担線。

 港全体の量札が、同じ規格で応答する。

 旧艦の標的盤が、新しい名を選ぶ。

『敵補給港、確認』

「ヴェイン」とハル。

 だが音声は、一つの港名で終わらない。

『上層重砲級』

『中層輸送級』

『下層補給級』

『未登録小艇、敵密行級』

 自由港の全区画。

 正規の札を持つ者も、持たない者も。

 上層も、下層も。

 違う穴を、違う敵階級へ読み替えていく。

 最後に、旗艦の平らな声が告げた。

『自由港ヴェイン全域、敵補給港へ指定』

 意図は見られていない。

 札の形だけで、一つの町が敵になった。