第251話 第六章「王者の食卓」前編

食卓ほど、政治に向いた家具はない。

 誰が上座へ座るか。

 誰が先に食べるか。

 誰の皿が大きいか。

 誰が料理を作り、誰が片づけ、誰の空腹が礼儀の名で後へ回されるか。

 王冠は年に数度しか人前へ出ない。

 食事は毎日ある。

 制度は、法典より食器へよく残る。

 平等を唱えた国でも、王の皿だけは金で作られた。

 質素を誇った王でも、毒見役の空腹を先に使った。

 飢饉の年、民と同じ粥を食べたという年代記には、民より先に温かい粥を食べた時刻が書かれていない。

 何を食べるかより、誰の空腹を最初に数えるか。

 それが王の思想であった。

 百獣祭の候補者宴は、円形だった。

 上座がない。

 少なくとも、祭務会の案内役はそう説明した。

 実際には、角峰を正面に見る席だけ背もたれが高く、風上で、料理の湯気が最初に届く。

 人は上座を廃止しても、景色の良い場所を平等にはできない。

「円なら上も下もないって、誰が決めたんだろ」

 ハルが言う。

「重力」とロロ。

「言葉の話」

「椅子は床へ置く。上に置いたら落ちる。だから上座は床にある」

「機械の理屈で会話を壊すな」

「お前が始めた!」

 宴席は七人の候補者、各群れの拍守、祭務会、外部証人で囲まれている。

 ハルたちは外部証人の席だった。

 カイルだけは王族外交席を用意されたが、本人が断った。

「他国の王選びを、王子が上から見るのは趣味が悪い」

「横からならいい?」とハル。

「趣味の悪さが少し薄まる」

「消えないんだ」

「王族はそこを消したふりして失敗する」

 カイルは普通の低い腰掛けへ座る。

 背中へ薄い支え布。長く同じ姿勢にしない。肋部の痛みは一。

 エリアの足元には折り畳み台。

 両踵を少し上げる。

 ネムは円の外側を選んだ。

 耳栓は濃緑。大太鼓から遠い位置。胸太鼓を膝へ置き、誰かの後ろではなく、自分の席として座る。

 ガンガは候補者席の中央にいた。

 細い椅子ではない。

 祭務会は彼の体格を知っており、幅の広い骨台を用意している。

 それでもガンガは座る前に床を裸足で踏んだ。

 一度。

 地面の下には、数千の心臓。

 宴を待つ獣。

 眠る子獣。

 祭場を片づける者。

 トトの拍は聞こえない。

 聞こえない、という事実が、他の全ての音へ混じる。

「頭痛」とエリアが遠くから聞く。

「二」

「吐き気」

「一」

「混線」

 ガンガは答えるまで一拍かかった。

「一」

「万獣鼓動は」

「使ってない」

「聞く範囲を狭く」

「分かってる」

「分かっていることと、できていることは別です」

「お前、ハルへ言う時より強いな」

「あなたは体が大きいので、同じ量では足りません」

 ガンガは笑いかけた。

 ロロが横から言う。

「食事と注意を必要量で分けるな」

「お前は多めだ」とガンガ。

「いらねえ!」

 料理が運ばれる。

 燻した根菜。

 酸乳へ漬けた角豆。

 岩塩を擦った肉。

 香草と種の平焼き。

 雨壺鳥の冷水。

 皿は全員同じ大きさではない。

 体格、年齢、体調、役目に合わせて量が違う。

 バルグの肉は多い。

 シアは競技で疲れた角駝獣へ先に根菜を持っていく。

 ヤッカは自分の皿を半分、救護係へ渡す。

 ガンガの前には六つの小皿。

「候補者だけ六皿?」とハル。

「違う」とガンガ。「俺が分ける」

「誰に」

 ガンガは、食卓を見た。

 ネム。

 ハダン。

 怪我をしたシア。

 祭務係。

 自分。

 そして一皿を空のまま残す。

「その空は」とセレナ。

「まだ決めてない」

「皿に保留を置いた」

「食べる前に足りない者が来るかもしれない」

「来なかったら」

「後で食う」

「合理的」とロロ。

「お前、ガンガ側?」とハル。

「食料廃棄を減らす側」

 円の中心にも、一枚の皿があった。

 古い。

 白い骨を磨き、縁へ王獣の角模様を彫っている。

 料理は載っていない。

 皿の底へ、七つの浅い傷。

 等間隔ではない。

 短い間が二つ。

 長い間。

 短い。

 空き。

 長い。

 短い。

 トトの拍に似ている。

 ガンガは見た。

 ネムも見ている。

 二人の視線が合う。

 ネムは太鼓を打たない。

 ガンガは、自分から聞いた。

「似てるか」

 ネムは小板へ書く。

『見ただけでは』

「叩いていいか」

『皿の持ち主へ聞け』

「誰だ」

 ハダンが塩を七粒数えながら言う。

「死んだ王だ」

「許可が取れない」

「なら、取れぬまま触る責任を考えろ」

「触るな、じゃないのか」

「古い物を神聖だから触るなと言う者は、たいてい自分だけ触っている」

「性格が悪い言い方」とハル。

「事実は性格を選ばん」

 セレナが証羽を皿へ向ける。

「非接触観測。傷七。深さに差。作為的か使用痕か未確定」

「祭具の記録は」とエリア。

「宴の配膳皿です」と祭務頭。「初代王が、最も弱い獣へ最初の一口を分けた伝承を再現しています」

「最も弱い獣はどこにいる」とガンガ。

「象徴です」

「皿だけ」

「現在は衛生上、動物を宴席へ入れません」

「外で四千頭が食ってる」とハル。

「人の宴席へ、です」

「境目、急に衛生的」

「ハル」とエリア。

「礼儀は歩いてる」

「また迷っています」

 祭務頭は咳払いをした。

「食前儀礼を始めます」