第270話 第三章「脈動する橋」後編
白い足場は、骨の鐘楼だった。
円筒状の空洞へ、細い骨片が何百本も吊られている。
風が通るたび、音程の違う低い音を出す。
鐘ではない。
身体の内部で圧を知らせる共鳴骨。
ラハナは人数を数える。
「十名、一個体、一機械鳥」
「ピコ!」
工具箱が内側から鳴る。
「確認」
セレナは負傷を聞く。
ハル、肩二。方向感覚一。吐き気零。
エリア、踵一、呼吸二。
カイル、背中二、肋部一、左膝一。
ロロ、呼吸二、肩甲骨二。
ネム、喉二、頭二。
ガンガ、胸骨一、頭一。
ハダン、膝二。
セレナ、負傷なし。
ラハナ、左手の古傷へ痺れ二。
「ノクス」とハル。
ノクスは前脚を舐める。
右の肉球へ薄い擦り傷。
「触っていい?」
ノクスが鼻を鳴らす。
「今の、どういう」
「行動を見て」とセレナ。
ノクスは前脚を引かず、ハルの前へ置いた。
「洗う」
水を少し。
薬は使わない。
布を巻く前に、ノクスが足を引いた。
「布は嫌?」
二本の尾が同時に一度。
「巻かない」
傷を治したいという善意が、触り続ける権利にはならない。
ロロは離れた場所へ座った。
補助腕が全部垂れている。
「喘息」とハル。
「二。吸入器いらねえ」
「触る前に聞いた」
「聞いただけにしろ」
ハルは隣へ座らない。
正面へ立たない。
少し離れ、同じ鐘楼の音を聞く。
「失敗した」
ロロが先に言った。
「うん」
「否定しろよ」
「成功じゃない」
「言葉が正しいと腹立つ」
「俺もよく言われる」
「お前と同じ失敗にするな」
「違う失敗」
「それも腹立つ」
ネムが二人の間へ来る。
小板へ、七つの言葉を書いた。
『右前 左下 中央 奥 上 後ろ 楔』
「俺の修理記録?」とロロ。
ネムは首を横へ振る。
『痛みの地図』
「場所が雑だ」
『最初は本人の言葉』
「本人って、橋?」
『花。動き。音』
「喋ってねえ」
『喋らないものを、喋ったことにしない』
「じゃ名前は誰が付ける」
『仮名。後で変える』
ロロは小板を取らない。
「機械なら、軸受け三、収縮板四、圧管七って書く」
『それはロロの地図』
「悪い?」
『足りない』
「お前のも足りない」
ネムが丸を一つ。
賛成。
「認めるのか」
『二つ使う』
「機械名と痛み名」
『原因と感じる場所』
「別になる」
『なる』
ロロの補助腕が一本だけ上がる。
「じゃ、次から二枚」
『費用』
「祭務会」
ハルが笑う。
「ここは七脈院」
「七脈院!」
ラハナが遠くから聞いていた。
「調査費の範囲を先に提出してください」
「痛みは後から増える!」
「上限を」
「生き物に見積もり出させろ!」
「その主張は、今の失敗と矛盾しませんか」
ロロが口を閉じる。
「……仮上限。変更理由を記録」
「受理します」
「成立した」とハル。
「俺が負けたみたいに言うな!」
「契約は勝敗じゃない」とカイル。
「王子が言うと政治的」
「お前が言うと会計的」
「ハルが言うと騒音」とエリア。
「分類が一人だけ悪い!」
ネムが太鼓へ、小さな笑いの拍を打つ。
ロロは、骨梁の動きをもう一度測った。
今度は止めない。
収縮した場所。
伸びた場所。
響花が閉じた場所。
風が遅れた場所。
機械名の板と、痛み名の板を並べる。
「第三節が壊れて第四を引いてるんじゃない」
「何が起きてる」とエリア。
「第三が縮むのは、第四を伸ばすため。第四が伸びるのは、第五の圧を待つため。全部、次の一拍へ形を渡してる」
「七つの拍に合わせる変形」とネム。
「そうだ。周期が一つじゃねえ」
ロロは歯車計へ七本の針を付ける。
「俺が元へ戻そうとした形は、七つのうち一つだけだった。そこへ固定したから、残り六つが行き場を失った」
「機械なら?」とハル。
「切替式の機械なら同じだ。動いてる途中を故障前の形だと思えば壊す」
「生き物だから特別じゃない?」
「特別にして触らないのも違う。似てるところと違うところを分ける」
ネムが丸。
「満点?」
横線が足される。
「誰も褒め切らない」
「修理は結果」とロロ。
その声は少し低い。
「次、同じことしねえ」
骨梁の七つの変形を、ネムの太鼓が光へ分ける。
短い青。
長い緑。
遅れた白。
休符の灰。
混ぜない譜〈セパレート・ビート〉。
七本の光が、橋の上を順番に走る。
ガンガが裸足を鐘楼の床へ置いた。
「この拍」
「どれ」とハル。
「角峰の幼獣と似てる」
「トト?」
「同じじゃない」
ネムが先に言う。
ガンガは頷く。
「違う七頭の拍が、同じ歩き方へ組まれてる」
「七頭?」とラハナ。
声が初めて少し速くなった。
「断定するな」
「お前が言った」とハル。
「聞こえる方向が七つ。個体か、器官か、まだ分からん」
「王心監は知ってる?」
ラハナは答えない。
七本の鍵だけが、呼吸に合わせて鳴る。
骨鐘楼の奥で、別の橋が脈打った。
ネムの光と同じずれ。
遠く、さらに七方向から、若い心臓のような音が返ってきた。