第272話 第四章「七つずれた鼓動」後編

 七本骨を渡る手順は、拍の順だった。

 北東の速い拍で一番骨が上がる。

 南の重い拍で二番が横へ寄る。

 西の休符で三番と四番の間が近づく。

 ネムが譜を光へ分ける。

 エリアが光の動きへ路図を重ねる。

 ガンガは先頭へ立たない。

 最も近い骨の上で、拍が来た時だけ合図する。

「一!」

 ハルが飛ぶ。

「二!」

 エリア。

「休み!」

 ロロが補助腕で身体を低くする。

「次!」

 カイルがセレナの左側へ距離を言う。

「左、膜一・二。前骨、半歩」

「確認」

 セレナは自分で渡る。

 ノクスは拍を待たない。

 骨が下がる前に、二本の尾で均衡を取り、別の骨へ移る。

「勝手」とハル。

「自分の道です」とエリア。

「俺たちの手順、無視された」

「手順は参加者が安全に進むため。全員へ同じ方法を強制するためではありません」

「言葉がノクスより遅い」

「行動へ説明が追いつくのは、たいてい後です」

 四本目の骨へ移る時、ガンガの頭の奥が痛んだ。

 七つの拍を、意図せず一つの図へしようとしたからだ。

「頭痛」とネム。

「一」

 ネムの右眉が上がる。

「二」

「先に正直に」とハル。

「お前に言われると腹立つ」

「正しさは気に入るかで変わらないってバルグが」

「本人の名を出せば盗みじゃないと思うな」

「引用」

「許可は」

「ない」

「盗み」

「ミラが遠くで喜ぶ」

 五本目。

 空気嚢の湖が大きく膨らんだ。

 膜の下を青い光が走る。

 光は七方向から来て、中央で重ならず、わずかにずれて通り過ぎる。

「心臓を一つへ合成してる」とロロ。

「まだ装置を見てない」とセレナ。

「骨の動きが出力。七つの拍が入力。間に何かある」

「仮説として記録」

「断定じゃねえ!」

「今の言い方は断定形でした」

「文法まで修理対象か!」

「故障が多い」とハル。

「お前の文法から直す!」

 六本目。

 遠くで、金属音。

 鐘ではない。

 鎖が張る音。

 ガンガは足を止める。

「七つの拍の外に、別の音」

「どこ」とエリア。

「下。遠い。生き物じゃない」

 ラハナが鍵を押さえる。

「歩行調整鎖です」

「何を調整する」とセレナ。

「王の歩み」

「誰の心拍を」

「先へ」

「答えを場所へ逃がすな」とハダン。

「拍守。あなたも、この道を知りません」

「知らん。だから聞いておる」

「知らない者へ全てを示せば、国が壊れます」

「隠して壊れぬ国か」

「壊れずに今日まで来ました」

 その言葉は、嘘ではなかった。

 地上には村がある。

 子どもが眠る。

 井戸から水が出る。

 空域は落ちていない。

 何かを縛ることで守られた生活は、守られた事実まで偽物にはならない。

「最後の骨」とガンガ。

 七本目は、他より細い。

 表面へ響花が多い。

 花弁の半分が内側を向いている。

 若い拍が、ここだけ近い。

 速い。

 速すぎる。

「苦しい」とネム。

「感情を断定するな」とガンガ。

 自分で言う。

「呼吸が浅い。拍が跳ぶ」

「外のルウ?」とハル。

「違う。もっと遠い。だが、ずれ方が似てる」

 骨の先に、小さな観測台がある。

 一行が乗る。

 七本の骨が、後ろで別々に上下する。

 中央の空気嚢へ、七方向の音が集まる。

 ガンガは目を閉じる。

 使わない。

 揃えない。

 一頭目。

 呼吸、四拍。

 二頭目。

 六拍。

 三頭目。

 七拍の後に休み。

 四。

 五。

 六。

 七頭目。

 速い。

 止まる。

「待て」

 ガンガの声が低くなる。

「七つ目が」

 次の拍が来ない。

 地上から、遠い歓声が一度上がった。

 次いで、悲鳴へ変わる。

 観測台が傾いた。

「足跡!」とエリア。「上の圧痕が崩れています!」

 七つ目の骨が落ちる。

 空気嚢の膜が片側だけ沈み、湖面のような表面へ大きな皺が走る。

「全員、中央へ!」とラハナ。

「中央へ集めるな!」とロロ。「沈む!」

「では分散!」

「どこへ!」

 エリアが地図を開く。

「重さ、三群! 左へカイル、ハダン、セレナ! 右へガンガ、ネム、ラハナ! 中央、私、ハル、ロロ、ノクス!」

「中央が多い!」

「ノクスを人と同じ重量で数えない!」

「俺が軽い」とロロ。

「補助腕込みで!」

「人格へ機材を足すな!」

「床は重量を見る!」

 全員が分かれる。

 観測台の傾きが止まる。

 だが、七つ目の拍は戻らない。

 ガンガの胸へ、万獣鼓動が集まりかける。

 自分の心臓を基準にし、空いた一拍を埋めれば、六つの拍は一時的に進める。

 地上の足跡は保てる。

 空気嚢も落ちないかもしれない。

「ガンガ」とネム。

 一語。

 ガンガは術を使わない。

「止まった場所を聞く」

「聞こえない」とハル。

「だから、ないにしない」

 沈黙を一拍。

 二拍。

 三拍。

 六つの心臓が、空いた場所を急いで埋めようとするように速まる。

「強制同期が始まる」とラハナ。

「誰が」とセレナ。

「自動制御です」

「止める方法」

「七つ目を戻す」

「どこにいる!」

 ラハナは鍵の一つを外した。

 左手の欠けた指では握りにくい。

 右手へ持ち替える。

「西下嚢。地上では、石眠り村の下」

「若獣がいる?」とハル。

 ラハナは初めて、王の歩み以外の言葉を選んだ。

「生きた拍があります」

「七頭?」

「先へ行けば、記録がある」

「今は救う!」

「西下嚢へ直接行く道は閉鎖されています」

「理由」

「王位候補以外へ見せないため」

「今、王位候補がいる」とガンガ。

 胸を叩かない。

「開けろ」

 ラハナが鍵を差す。

 観測台の骨壁が割れ、狭い縦穴が現れる。

 その奥から、若い獣の息が一度だけ来た。

 弱い。

 次の瞬間、六つの心拍が一つへ寄せられる。

 空気嚢が巨大に膨らみ、観測台を上へ突き上げた。

 地上では、死王の足跡が途中から崩れ、村の一角が沈み始めていた。

 七つ目の拍は、まだ戻らなかった。