第277話 第七章「死者の足跡を作る炉」前編
死体を使う文明は、珍しくない。
獣の皮を屋根にする。
骨を針にする。
脂を灯へ変える。
貝殻を貨幣にし、木の死体を船と呼び、山の死体を石材と呼ぶ。
人は、死んだものを使うことに罪悪を持ちながら、使わずには生きられない。
問題は、死者を使うことではない。
誰が死んだと決めたか。
何を使ってよいと決めたか。
使うことで、生きている誰を縛ったか。
国家は巨大な道具を好む。
巨大な道具は、使われている全体を見えにくくする。
橋を渡る者は、橋脚の下で眠る人を知らない。
灯りを使う者は、炉へ薪を運ぶ手を知らない。
王の足跡へ祈る者は、その一歩を作る七つの心臓を知らなかった。
王心へ向かう輸送路は、保管庫の裏側にあった。
扉が開くと同時に、薄紫の光が床を走る。
光だけではない。
鎖の振動。
車輪の軋み。
浅く速い呼吸。
ルゥが運ばれている。
「案内してください」とセレナ。
ラハナは動かない。
「移送は医療行為です」
「六個体の生命へ影響する処置です。監査対象になります」
「この国の星律は七脈院が管轄します」
「私はルーメン王国の官です。他国の処置を停止する権限はありません」
「では退いてください」
「権限がないことと、見てはいけないことは同じではありません」
セレナは証羽を一枚、床へ置く。
「私は記録します。あなたは進める。後で、誰が何をしたか残ります」
ラハナの視線が黒い羽へ落ちる。
記録は剣ではない。
その場で止めない。
だから権力者は、剣より嫌うことがある。
「記録が国を落とせば、責任を取れますか」
「記録しなかったことで落ちた者へ、責任を取れる人はいません」
「言葉です」
「はい。だから物証を集めます」
ラハナが右手を上げる。
衛士が扉を塞ぐ。
ガンガは鐘棍を持ち上げない。
「戦えば、間に合わん」とハダン。
「退けば、もっと間に合わない」とハル。
エリアは壁を見る。
地図槍の先へ、細い光が集まる。
「輸送路は一本ではありません」
「見える?」
「測った場所だけ。保管庫へ来る前、骨橋の裏側に平行振動がありました。主路の隣に保守路があります」
バサが咳をする。
「肺守路だ」
「入口」とエリア。
「言えば、俺の職が終わる」
「言わなくても、今の処置で一頭が終わるかもしれない」とハル。
「比べるな」
「比べてない。両方失わない道を聞いてる」
「そんな道は、いつも後から言う」
「今言ってる」
バサは鍵束を握る。
膝が鳴る。
「床下、三番鍵。狭い。王心へ直結はせん。足跡炉の外周へ出る」
ラハナの顔が初めて変わった。
「バサ」
「肺守の仕事は、息を止めんことだ」
「国命に背きますか」
「国が息を止めるならな」
ロロが床板を外す。
「許可!」とバサ。
「今言っただろ!」
「三番鍵を使えと言った! 力で剥がせとは言ってない!」
「鍵回す方が遅い!」
「修理代はお前だ!」
「成立!」
「何がだ!」
床下へ、暗い穴。
ハルが先に入る。
「一、二、三」
「飛ぶ前に行き先を言って!」とエリア。
「炉の外周!」
「広すぎます!」
「狭い穴なのに!」
ノクスが続く。
柵からは出ていた。
いつ出たか、ハルは見ていない。
赤い布環だけが、ノクスの前脚へ戻っている。
誰かが付けたのではない。
本人が口で拾い、自分で巻き直した。
ハルは「来た」と言わない。
「来る?」と聞く。
ノクスは耳を噛んだ。
「返事、痛い」
だが痛みへ名前が付いた。
置いていかれた痛みではない。
急かされた痛みでもない。
ノクスが自分で選んで追いついた印だった。
肺守路は、死王の骨髄腔を通っていた。
頭上も足元も骨。
内部へ、細い管が束ねられている。
古い管は樹脂。
新しい管は金属。
さらに新しい補修は、星晶線。
三百年分の技術が、一つの身体へ継ぎ足されている。
ロロは走りながら、左右を見る。
「同じ設計じゃねえ」
「時代が違う?」とハル。
「目的も違う。最初は圧を伝えるだけ。途中で計測管が増えて、後から誓術線が巻かれてる」
「最初から嘘を作る装置じゃない?」
「まだ分からねえ」
「今の、セレナみたい」
「褒めたか?」
「褒めた」
「請求しねえ」
「珍しい」
「記録しました」と後ろからセレナ。
「取り消せ!」
狭い道では、ガンガが最後になる。
体を横へし、鐘棍を分解して二本の短棍にする。
ハダンは膝が遅い。
カイルが背負おうとする。
「触るな」
「時間が」
「杖を持て」
「本人は」
「歩く」
カイルは杖だけを持つ。
ハダンは右膝を庇い、左足から進む。
「王子が荷物持ち」とハル。
「荷物ではない」とカイル。
「杖の本人へ聞いた?」
ハダンが言う。
「その杖は、俺より口が軽い。持たせておけ」
「同意成立」
「ミラの語法が侵略してる」とロロ。
前方で、薄紫の光が曲がる。
壁の向こうへ消える。
ノクスが止まる。
二本尾が別方向を指す。
右は薄紫。
左は下。
「匂いと拍が違う?」とハル。
ノクスは低く二音。
警告。
床へ、星滴が薄く塗られている。
破られた約束の匂いを、意図的に強くした道。
「誘導剤」とセレナ。
「ノクス用?」
「この地域では破約喰いを祭礼捜索へ使う習慣があると推測できます」
「本人の鼻へ偽の看板」
ハルは薄紫の光を追わない。
床の車輪痕を見る。
配達車と同じだ。
重い荷が通れば、曲がり角の外側へ摩耗が出る。
薄紫の光は右へ曲がる。
車輪痕は下へ続く。
「本体は下」
「根拠」とセレナ。
「車輪。誘導の匂いは右。運んだ重さは下」
「採用します」
ノクスは右の道へ行かない。
ハルの足元へ戻り、車輪痕を一度嗅ぐ。
「匂いに勝った?」
ノクスは「ナァ」と鳴く。
「勝ち負けじゃない?」
耳を噛まれる前に、ハルは走った。