第278話 第七章「死者の足跡を作る炉」後編

 足跡炉は、地面を踏んでいなかった。

 地面を、内側から持ち上げていた。

 巨大な円形空間。

 天井は死王の胸骨。

 床は何層もの圧力膜。

 中央へ、王獣の足裏を模した七つの圧盤が並ぶ。

 六本脚の足形と、尾の付け根に当たる一枚。

 圧盤の下から、七本の骨路が伸びている。

 骨を通じて歩行圧を送る路〈ボーン・ロード〉

 一本ごとに、違う拍。

 遠くの若獣が心臓を打つ。

 拍が管の中の膜を押す。

 膜が空気嚢を膨らませる。

 空気嚢が骨へ圧を送る。

 骨が圧盤を持ち上げる。

 圧盤の上には、死王の背の地層がある。

 下から押せば、地表が足形に沈む。

「逆じゃない?」とハル。

「下から押すのに、上が沈む?」

 ロロは圧盤の縁へ行く。

「周りを持ち上げる。足形の部分だけ固定する。外側が上がるから、中央が相対的に沈む」

「器を持ち上げて、型だけ残す?」

「そう。地面全部を下げるより、周りを上げた方が少ない力で深い窪みが作れる」

「土が外へ盛り上がらない理由」

「周囲の地層ごと持ち上げて、後で戻す。底の骨粉は圧の漏れを見せるため」

 白い粉が、圧盤の縁へ撒かれている。

 ロロは今度、歯へ当てない。

 薄い振動板へ載せる。

「粒の跳ね方で、どこから圧が逃げたか見る。燃料じゃねえ。検査粉」

「王の骨を?」とハダン。

「全部が王の骨とは限らねえ。古い補修材と同じ混合。粉にすれば圧の線が白く見える」

 ノクスが粉を嗅ぐ。

 左の尾だけが反応する。

「古い破約の星滴が混じってる」とハル。

「可能性」とセレナ。

「検査粉へ誓術反応剤を入れた?」

 ロロが頷く。

「王の歩行誓術が通った場所だけ、粉が固まる。足跡の底で見た樹脂層は、古い検査跡が積もったものだ」

「誰も歩いてないのに足跡ができる」

「歩かせてる。死体を」

 言葉が空間へ落ちる。

 バサが目を閉じる。

「御王は、今も歩む」

「それを仕事で言ってた?」とハル。

「肺守は、圧を調整する。どこへ足跡を出すかは上が決める」

「何のため」

「王が生きていると示す」

「村へ祝わせるため?」

「国境へ示す。保険へ示す。税へ示す。王誓へ示す」

 バサの声は乾いている。

「月に一度、歩みを作る。祭の前後は増える。最近は、命令していない歩みが出た」

「誰かが勝手に動かした?」

「制御卓の記録に命令なし」

「だから王が戻ったと」

「肺守の一部は思った」

「バサは」

「機械が勝手に動けば故障だと思う」

 ロロが見る。

「機械じゃない」

「お前が言うか」

「言う。俺が間違えたから言う」

 バサは少しだけ笑う。

「授業料が高いな」

「請求先が分からねえ」

「自分へ出せ」

「払えねえ」

「なら、次の仕事で返せ」

 ハルのやり方だった。

 ロロは嫌そうな顔をして、否定しなかった。

 中央制御台には、七本の針があった。

 針は同じ目盛りを指していない。

 緑は高い。

 青は安定。

 黄は二度揺れる。

 薄紫は、零。

「七頭の拍を合成して、一頭の歩行へする」とロロ。

「足跡だけ?」とエリア。

「違う」

 ロロは圧盤の下へ潜る。

 今度は許可を取る。

「バサ。下、見る」

「触るな」

「観測だけ」

「成立」

 補助腕へ灯りを付ける。

 圧盤の裏から、さらに太い管が外へ伸びている。

 一本は空気嚢。

 一本は地上の浮力塔。

 一本は王誓鐘。

「足跡炉は、別の設備と共用」とロロ。「拍を足跡だけに使ってねえ。国土を浮かす圧も、境界の誓術も、同じ七本から取ってる」

「止めれば」とカイル。

「足跡が止まる。空気嚢も止まる。浮力の一部が落ちる。王誓も切れる」

「一つの嘘を止めると、生活が止まる」とエリア。

「嘘だけで作ったんじゃない」とロロ。

 彼は古い接続部を見る。

「最初の骨路は歩行圧を分けるため。後から町の換気へ使った。さらに浮力へ繋いだ。最後に足跡の偽装と王誓更新を足した。必要な物へ、必要な物を重ねて、外せなくした」

「誰か一人の計画じゃない」とセレナ。

「三百年かけた事故だ」とロロ。

「事故なら罪はない?」とハル。

「事故と責任は別だ」

 ロロは、自分で言った。

 橋を直したつもりで痛めたばかりの口で。

 圧盤の側面に、浅い溝があった。

 同じ荷重を何度も受け、骨がわずかに形を変えた跡。

 動く骨格の記憶〈バイオ・メモリー〉

 人格の記憶ではない。

 死王が何を思ったかは読めない。

 どの順に圧が来たか。

 どこが先に削れたか。

 修復がどちらへ進んだか。

 身体が反復へ残した履歴である。

 ロロは共鳴板を当てる。

「七つが一つへ集まった跡、少ない」

「どういう意味」とハル。

「昔は、七本が別々の圧盤へ抜けてた。中央へ集める管は後から太くしてる」

「最初から一頭へ戻す装置じゃない」

「少なくとも骨の摩耗は、分けた状態の方が古い」

 エリアが古い儀式文を出す。

「『一歩を七つへ預ける』」

「歩行圧を分散した」とロロ。

「死王が死ぬ前、自分の一歩を七頭へ?」

「可能性」とセレナ。

 ガンガが中央へ立つ。

 六つの拍が足裏へ来る。

「七頭は王の代わりじゃない」

「では何だ」とハダン。

「七頭だ」

 単純な答えだった。

 役目より先に、個体数を戻す答え。

 警報鐘が鳴る。

 六つの針が、中央へ向かって上がり始める。

「強制同期」とバサ。

「止めろ」とロロ。

「外周からは無理だ。上の王心卓」

「ラハナ!」

 伝羽を飛ばす。

 返事は、すぐ来た。

『北路浮力、危険域。完成処置を開始。妨害する者は王葬域から隔離する』

 足跡炉の出口が閉じる。

 骨の扉。

 金属の鎖。

 誓術線。

 三重。

「閉じ込めた?」とハル。

「隔離と呼ぶそうです」とセレナ。

「長く言うと合法?」

「法的根拠は確認中です」

「確認終わる前に出る」

「同意します」

 ロロは出口を見ず、制御台の下を見た。

 三枚歯印。

 骨路の古い補修にもある。

 ここでは、新しい中央管を避け、七本を別々へ逃がす小さな迂回路へ刻まれていた。

「この印のやつ、一頭へ集めるのを嫌ってた」

「誰」とハル。

「知らねえ」

「何をした」

「全部を止めず、一部ずつ外せる遊びを作ってる」

「使える?」

「今は塞がれてる。七つ同時じゃなく、順番に圧を移すなら」

 六本の針がさらに上がる。

 薄紫の管へ、弱い拍が戻った。

 一度。

 二度。

 苦しそうに速い。

 ルゥが王心へ接続された。

 その拍へ、残る六つが引かれる。

 足跡炉の全ての響花が、中央を向く。

 花弁の色は白いまま。

 痛みは、色ではなく位相の乱れへ出る。

 一つの拍へ揃うほど、七つの乱れが見えなくなる。

「止めるぞ」とロロ。

「どうやって」とハル。

「まず、どこが誰の痛みか全部分ける」

「名前を付ける?」

「番号も付ける」

 ネムが小板へ書く。

『両方』

「成立」

 ロロは自分で言い、工具箱を開いた。

 死者の足跡を作る炉は、国を支えていた。

 だから壊せない。

 生者を縛っていた。

 だから、そのままにもできない。

 六つの心臓が、一頭へ向かって速くなる。

 国家は、分かりやすい王を作り始めていた。