第294話 第三章「中央宮殿の命令」後編

 開放された部屋へ入った者の中に、王家へ反感を持つ男がいた。

 扉の紋章を布で隠す。

「この印の下では寝ない」

 侍従が止める。

「王家財産への毀損」

「布を掛けただけ」と男。

「紋章を侮辱しています」

「紋章が俺の村へ税を取りに来た」

「税は国家事業へ」

「村の橋は三年直ってない」

 カイルは侍従を下がらせる。

「布を掛けていい」

「寛大さを見せるな」と男。

「俺の部屋じゃない。今は避難室だ」

「扉にはお前の国名」

「布の上へ、今いる人の印を書けば」

「印を持たない」

「名前は」

「言わない」

「じゃ、空白」

 男は疑う。

「空白は、後でお前の名へ戻す場所だろ」

「戻したら、あなたが布をまた掛ける」

「その時、ここにいない」

「なら誰かが掛けるかもしれない」

 完全な和解はしない。

 男は布を掛けたまま、寝台を脚の悪い女へ譲る。

 自分は床へ寝る。

 王家の客室は、王家を好きになった者だけで満たされなかった。

 救難は忠誠の報酬ではない。

 中央宮殿は、王獣鈴の欠片を要求した。

 三重封印の黒箱は、ゼロスター号から運ばれてくる。

 黒銀の曲片。

 七本の溝。

「目的」とセレナ。

「七頭の位置と浮力位相を中央共鳴塔へ表示する」と救難監。

「命令出力は」

「使用しません」

「物理的に切れるか」とロロ。

「観測環と召集環は別回路」

「図面」

 提出された。

 図面は新しかった。

 紙が、である。

 線は三百年前の設計を写し直したものだった。

 召集環。

 観測環。

 主幹。

 補助導管。

 王印槽。

 中央の太線だけ、説明欄が薄い。

「ここ」とロロ。

 油で黒くなった指が、主幹の下へある小さな三角を叩く。

「記号は」

「旧王脈式の保全符です」と王脈院の技師。

「機能」

「主幹圧の逆流防止」

「圧が上がった時、どこへ逃がす」

「召集環か観測環」

「どっちへ」

「当時の設定によります」

「今の設定」

「記録がありません」

「記録がない機械へ、国土七つを繋ぐ?」

 技師の顔が硬くなる。

「王獣鈴は三百年以上使われています」

「欠片で使うのは」

「初めてです」

「七頭が別々なのも」

「初めてです」

「初めてが二つで、古い安全装置は不明」

 ハルが指を折る。

「嫌な数え方」とカイル。

「三つ目を探す?」

「探すな」

 ロロは図面の裏へ光を当てる。

 古い原図の写し跡。

 消された文字が透ける。

『王心外皮分離――主幹保――』

 途中から読めない。

「外皮分離」とセレナ。

「今です」とエリア。

 救難監は眉を寄せる。

「旧規定でしょう。王心は一頭の王獣を前提にしています。現在の分離現象へ同じ条件が適用されるとは限らない」

「適用されない証拠は」とセレナ。

「ない」

「適用される証拠」

「ない」

「不明として記録」

「接続を中止するのですか」と救難監。

 問われた者たちが黙る。

 観測できなければ、七頭の位置と浮力位相を見失う。

 接続すれば、不明な古い保全機能へ触れる。

「試験」とロロ。「欠片を本接続する前に、同形の重りを観測環へ入れる。主幹圧を一割、二割、三割。保全符の反応を見る」

「時間が」

「三十分」

「旧皮の分離は待ちません」

「事故ならもっと待たせる!」

 カイルは救難監を見る。

「三十分を使う責任と、使わない責任。どちらを取る」

 救難監は即答しない。

 それを無能とは呼ばない。

「試験する。十五分で準備、十五分で三段階。異常が一つでも出れば接続を見直す」

「記録」とセレナ。

「私の名で」

 試験重りを入れる。

 一割。

 観測環だけが光る。

 二割。

 主幹の保全符が一度、白くなる。

 三割。

 召集環の外縁へ、細い黒光が走る。

「反応した」とハル。

「起動ではありません」と技師。

「反応は反応」とセレナ。

 ロロは主幹へ機械式の遮断爪を追加する。

「魔法封印だけにしない。圧が召集環へ回ったら、物理的に噛む」

「王脈装置へ外部金具を」

「事故の時、王脈式の礼儀で止まるのか!」

 金具には、三つの細い封印糸。

 中央側。

 七地域側。

 外部記録側。

 一本だけ切れても、金具の位置が残る。

「完全ではない」とロロ。

「完全にしてください」と書記。

「未知の機械へ、その言葉を使うな。今分かる範囲で、失敗の跡を残す」

 王獣鈴の欠片を接続する前に、七地域側の鍵を誰へ渡すかで揉めた。

「ガンガ一人」と祭務。

「王候補だ」

「だから一人にしない」とネムの小板。

「兄を信用しないのか」

『能力と権限を同じ人へ集めない』

「家族が言うことか」

『家族だから監査を外す理由にならない』

 ガンガは反論しない。

「俺一人なら速い」とだけ言う。

『速いことは利点。危険でもある』

「分かった」

『分かった、で終わらない』

「ガンガ、ネム、ハダン。二者で開く」

『成立』

「ミラが増えた」とハル。

 中央側でも同じ議論が起きる。

 救難監一人ではない。

 王脈院、七脈院。

 外部側は、記録だけのセレナと、機械を触るロロ。

「セレナが反対しても、ロロが開ければ」とハル。

「二者両方です」とセレナ。

「外部だけ全員一致」

「人数二」

「言葉で大きく見える」

「王族の部屋名と同じ」とカイル。

 接続が始まる。

 黒銀の欠片が、観測環へ収まる。

 七本の溝が薄く光る。

 一度だけ、中央の保全符も白くなった。

 ロロは時刻を大きく書く。

「今の光、異常欄」

「正常な初期確認かもしれません」と技師。

「だから異常じゃなく、未分類」

「そんな欄は」

「今作った!」

 空欄は増える。

 分からないことを、正常へ押し込まないために。

 ロロは三秒で顔をしかめる。

「別回路だけど同じ主幹へ戻ってる。召集環を封じても、主幹圧を上げれば鳴る」

「非常時の予備です」

「非常時が今だろ!」

「だから封印を三者にします」とセレナ。

 中央側。

 七地域側。

 外部記録側。

 カイルは自分の王家印を出さない。

「俺が入れば、外国王族の権威が地元の決定へ混ざる」

「珍しく自制」とハル。

「普段もしている」

「いつ」

「見えないところで」

「証拠なし」

「セレナが育てた」

「私は責任を負いません」

 七地域側の鍵は、ガンガ一人にしなかった。

 ガンガ。

 ネム。

 ハダン。

 三者のうち二者。

 中央側は救難監と王脈院、七脈院。

 外部側はセレナとロロ。

「多い」と救難監。

「遅れる」とハダン。

「だから使用期限を先に書く」とネムの小板。

 共鳴塔への接続、三時間。

 観測出力のみ。

 召集環の起動は禁止。

 延長は自動でなく再承認。

「三時間後、まだ災害中なら」と救難監。

「災害が続くことと、同じ権限が続くことを同じにしない」とカイル。

「外国の王太子に言われる筋では」

「そうだ。だから命令ではなく、俺の国で失敗した話として言う」

 カイルは背中の火傷を隠す半マントを外す。

 獅子形の痕。

「一人へ集めた力は、危機が終わっても返されにくい。俺の母は、その中心で死んだ」

 救難監は痕から目をそらさない。

「三時間。終了を先に記す」

「成立」とハル。

「ミラの言葉を勝手に使うな」とロロ。

「引用」

「許可は」

「遠くにいる」

「不成立だ!」

 王族客室へ、最初の寝台が入る。

 次に、薬種屋の老女。

 次に、脚を傷めた守備兵。

 次に、名前を言わない親子。

 侍従は、名簿へ書けず困る。

「空欄では搭乗数を管理できません」

「番号」とセレナ。

「人を番号へ?」

「名前の代わりではありません。搭乗位置と人数のための一時札。本人が名乗らない権利を消さない」

「後で混同する」

「番号に時刻と部屋を付ける。名を得たら追記。得なくても救助は完了扱い」

 制度は一文で善くならない。

 空欄を作れば、悪用もできる。

 名を求めれば、入口から落ちる者がいる。

 だから、誰がいつ空欄を使ったかまで残す。

 広場で、上部桟橋が初めて下りた。

 金の手すり。

 王族しか触れなかった階段。

 寝台の車輪が、その上を通る。

 民衆が拍手しかける。

 カイルは手を上げた。

「拍手は後だ! まだ遠い村が来てない!」

 拍手が止まる。

 止まった静けさの向こうから、伝羽が飛ぶ。

 北岩根。

『中央路、旧皮隆起で断絶。到着不能』

 西湿原。

『水位上昇。宮殿進路を放棄』

 南断崖。

『港索未解除。中央命令に従えず』

 タル谷。

『住民、二つの行き先を協議中』

 アウレリアには空席がある。

 全員分の数字もある。

 それでも、全員は来られない。

 カイルは上部桟橋から七方向を見る。

「船を満員にするのが救難じゃない」

「では何を満たしますか」とセレナ。

「行ける場所を増やす」

 彼は王族席の最後の封印を外した。

 空いた部屋へ、人が入る。

 遠い地域では、中央へ来ない避難が始まっていた。