第326話 第七章「循環する救援隊」後編

 第四周。

 豆四。

 時間、二十三分。

 ハルの方向感覚三。

 肩一。

 エリア呼吸一、踵一。

 カイル肋部一。

 ロロ喘息零。

 サミラ鏡酔い二。

「サミラ、二」とエリア。

「続ける」

「条件」

「三で撤退」

「最初に決めた?」

「決めてない」

「今決めると、自分だけ甘い」

 サミラが舌打ちする。

「二が二十拍続けば、私だけ戻る」

「一人で戻れる?」

「ハルと」

「俺も?」

「あなたは道を覚えてる」

「方向三」

「足は覚えてる」

「成立」

 役割を、体調で更新する。

 救難計画は、出発時に完成しない。

 第四周で、赤天幕の床傷が長い一本になる。

 毎回、同じ位置。

 少しずつ延びている。

「傷をつないでる」とハル。

 赤天幕は円形。

 別方向から戻るたび、傷が別角度に見えた。

 実際は同じ一本。

 入口方向を重ねると、傷は一つの矢印になる。

「上から見た像」とエリア。

 第三鏡の観測面。

 赤天幕を上から映す。

 そこへ傷が見える。

 矢印は、十二枚のうち第十鏡を指す。

「雲中像」とハル。

 第十鏡。

 銀色の何もない景色。

 通過不可と考えていた。

 小石は戻る。

「入口じゃない」とロロ。

「枠を見る」とエリア。

 鏡面ではなく、下縁。

 細い切れ目。

 砂で埋まっている。

 ロロが持ち主へ確認する。

 持ち主不明。

 サミラが非常時の最小検査を宣言する。

 ロロは表側の砂だけを吸い取る。

 裏へ触れない。

 切れ目へ、青糸。

「引く?」とハル。

「罠なら」

「引かないと分からない」

「物を先に」とセレナ。

 ロロが細い鉤を掛ける。

 補助腕で一寸。

 鏡枠の下が開く。

 扉ではない。

 整備用の細い空気穴。

 冷気と、青鈴の音。

「ここ!」

 ハルが顔を近づける。

「ナジュ!」

 返事。

 一度。

 三度。

 一度。

 サミラの顔が変わる。

「生存。負傷あり。急げ」

「音だけで?」

「一、三、一は路番の『生存、歩行不能一、圧維持中』」

「圧?」

 ロロが空気穴へ黒布を近づける。

 布が強く吸われる。

「鏡裏潮の圧が、この穴から循環核へ流れてる。開けすぎると」

 鏡枠が震える。

 赤天幕の十二枚が同時に白く光った。

「閉じる!」

 ロロが穴を戻す。

 震えが止まる。

「ナジュたちは、整備路にいる」とエリア。

「鏡と鏡の間の、保守用空間」とサミラ。「隊商民も普段は入らない」

「どうやって」

「裏から枠を外す」

「裏へ行く道」

「循環の中」

 傷は、入口を指すだけではなかった。

 開ける量も示している。

 一本の長さ。

 四分の一。

「ナジュが毎周、少しずつ傷を延ばした」とハル。「上から見た時だけ、開け方が分かる」

「同じ赤天幕へ戻るから、傷を続けられた」とセレナ。

「循環を使って、救援へ地図を作った」

 迷っていたのではない。

 同じ場所へ戻ることを、伝達に使っていた。

 整備穴は、人一人が肩を斜めにして入れる幅までしか開けられない。

 開けるほど圧が抜け、鏡路が崩れる。

「俺」とハル。

「肩」とエリア。

「狭い方が右だけで行ける」

「ロロ」とカイル。

「俺は背中に補助腕がある。幅取る」

「ノクス」

 黒い小獣は、穴へ鼻を入れる。

 毛を細く伏せる。

 恐怖。

 鏡の中で動く自分を嫌う。

 裏海の狭い音は、古い拘束記憶へ触れる。

「行かなくていい」とハル。

 ノクスは耳を伏せたまま、ハルのマフラーを噛む。

「俺も行くな?」

「ナゥ」

「でも人が」

 ノクスはマフラーを離さない。

「選択権って、反対された時にも聞くんだよな」とハル。

「そうです」とエリア。

「俺は行きたい」

「ノクスは止めたい」

「群れで決める?」

「本人の身体危険は、本人だけで決めないと出発前に」

 ハルは穴を見る。

 肩一。

 方向三。

 狭所。

 圧変化。

「ロープ。二分。圧が一目盛り上がったら戻す。ノクスは外で俺のロープ」

 ノクスがマフラーを離す。

「条件付き同意」とセレナ。

「仮説」

「行動として記録」

 ハルは配達鞄を外す。

 赤いマフラーを短く。

 右手。

 左肩は身体へ固定。

 一、二、三。

 整備穴へ入る。

 暗い。

 鏡の裏が、左右に並ぶ。

 表では千の景色。

 裏では黒い板と刻印。

 家名。

 水借り。

 拒否。

 死者路。

 ハルは読まない。

 読める字も少ない。

 だから読めないことが、初めて役に立つ。

「前、三メートル」とロロの声。

 ロープが腰へ。

 圧計の鈴。

 鏡裏潮が足元を流れる。

 塩光が細く。

 青糸が壁へ結ばれている。

 追う。

 曲がる。

 整備路は、物理の砂丘内ではない。

 鏡路の裏側へ折り畳まれ、同じ枠の背後を何度も通る。

 右手で壁。

 段差。

 匂い。

「ナジュ!」

 青鈴。

 一度。

 近い。

 奥に、人影。

 ナジュ・サーフ。

 腰の青鈴。

 左脚を布で固定。

 隣に三人。

 一人は肩を負傷。

 一人は子ども区の路番。

 一人は鏡技師で、両手を圧弁へ置いている。

「外から?」

「ハル。サミラがいる」

「水車は」

「まだ動く」

「何してる」

「砂口を閉じてる」

 ナジュが壁の向こうを示す。

 割れた鏡枠。

 その先で、砂嵐が白く回る。

「外縁の出口鏡が割れた。閉じれば圧が生活路へ逆流する。開けば砂が入る。だから二枚を互いへ返して、砂を循環させた」

「循環核」

「私たちが作った」

「砂嵐で勝手に?」

「最初は反転。最後に私たちが閉じた」

 真相が一段変わる。

 砂嵐が入口と出口を反転させた。

 ナジュたちは、その故障を使い、危険な砂流を輪へ閉じ込めた。

「救援隊が戻るのも」

「分かってた。外へ説明する余裕がなかった。生活路を守るには、圧を歩いて分ける必要がある」

 四人が、砂袋を運んでいた。

 循環路の一方へ入れ、別の弁から抜く。

 歩き続け、圧を同じにする。

「止まったら」

「治療天幕へ砂が噴く。子ども区の夜路が閉じる」

「だから戻らない」

「戻れない、でもある」

 ナジュは痛みを隠さない。

「左脚三。歩行不可。ハミド肩二。ソア脱水二。ペルは手指一」

「四人とも、生きてる」

「水車側は三人。あっちの方が危ない」

「道を作る」

「核を外すな」

「外さない」

 ハルは言った。

「生活路を残して、危険な輪だけ解く」

「できる?」

「分からない」

「救援者が、それを言う?」

「分からないのに、できる像を見せた人がいて」

 ユノの悪口ではない。

 今の自分への条件。

「分からないまま、外へ持ち帰る」

 ナジュの目が少し緩む。

「なら、これ」

 青鈴を外す。

「持っていく?」

「音は道を通る。像より遅い。遅い方を信じろ」

 ハルは鈴を受け取る。

「ナジュは」

「ここに残る」

「救助」

「圧を代わる人が来るまで」

「俺が」

「方向三、肩一、二分期限」

「聞こえてた?」

「鏡裏は声が回る」

「恥ずかしい」

「条件守れ」

 圧計の鈴が鳴る。

 一目盛り。

「戻る!」

 ハルは青鈴を持ち、整備路を戻る。

 右手。

 足。

 ロープ。

 穴の外へ肩が出る。

 エリアとカイルが引く。

 ノクスがロープを噛んで引く。

 ロロが穴を四分の一へ戻す。

 圧が下がる。

「ナジュたち、生存!」とハル。「四人。脚一名、肩一名、脱水。循環は、危険な砂口を閉じるため自分たちで作った!」

 サミラが目を閉じる。

 一拍。

 すぐ開く。

「救援交代を作る」

「整備路へ四人。圧の歩き方を」

「ナジュが教える」

「水車側は」

 鏡の中。

 青い水車が、さらに傾く。

 黄色い旗が見えない。

 砂嵐の外縁へ、天幕ごと押し出されている。

 通過路から消えた水車天幕は、物理の砂丘を滑り始めていた。

 鏡像の中で、青い輪が空へ浮く。

「風が変わった」とサミラ。

「あとどれくらい」とカイル。

「落ちるまで?」

「救えるまで」

「違う問いだね」

 サミラは黒縄を握る。

「一刻ない」

 循環の理由は分かった。

 ナジュたちも見つけた。

 しかし、謎の答えは水を運ばない。

 正しい説明を得た時、水車天幕は砂嵐の外へ押し出されていた。