第373話 第七章「七都市の証人」前編

制度を裁く時、人は極端な例を集めたがる。

 この制度がなければ死んだ子供。

 この制度のせいで人生を失った大人。

 一人目を見せれば、制度は必要になる。

 二人目を見せれば、制度は悪になる。

 どちらも本当である。

 本当の例を一つ選び、他の本当を消すことは、嘘より簡単で、嘘より見抜きにくい。

 七都市を巡る裁判は、その簡単さを禁じるために作られた。

 もっとも、七人の証人を聞けば正解が出るわけではない。

 七つの人生は、投票用紙ではない。

「エリア、置いてくの?」

 法廷列車の扉が閉じる。

 ハルは閉じる隙間へ手を入れた。

 法吏が止める。

「危険です」

「だから止めてる」

「扉を」

「列車を」

「権限がありません」

「じゃ誰にある」

「進行法官」

「止めて」

「審理遅延になります」

「一人いなくても進める方が遅い」

 エリアは扉の向こうに立っている。

 怒っている。

 両踵の痛みではなく、自分の証言席が他人の安全判断で閉じられたことへ。

「ハル」と呼ぶ。

「何」

「手を抜いて」

「でも」

「挟まれる」

「列車を止める」

「今、あなたが怪我をすれば、私の出席条件を改訂する時間が救護へ使われる」

「正しい」

「正しい時に、正しいと言って」

「腹立つけど正しい」

「それでいい」

「待ってろ、は言わない」

「言ったら槍で刺します」

「扉越しでも?」

「路図で角度を取る」

「元気」

「だから条件を直す」

 ハルは手を抜いた。

 扉が閉じる。

 エリアの姿が鏡へ薄く残る。

 中継像。

 白縁。

 本人ではない。

「置いていった」とハル。

「本人が、残る選択をしました」とセレナ。

「選べる条件が少なかった」

「はい」

「それでも選択?」

「制限された選択です」

「それ、選択って言っていい?」

「言わなければ、本人が選んだ部分まで消えます。自由な選択と表示しなければよい」

「言葉、細かい」

「人を残すためです」

 法廷列車は第五都市へ入る。

 証言都市オラへ入る直前、列車の座席が全て一度、後ろ向きになった。

「壊れた?」とハル。

「証言台が列車側へ来るのではなく、法廷が証言者の記録方向へ合わせます」とセレナ。

「座る向きまで法?」

「過去、証人が王家席へ背を向けたことを侮辱と認定されたため、全員の正面を証言者へ統一した」

「いい改訂」

「別の問題も生じました」

「すぐ出る」

「車酔いする傍聴人が増えた」

「法、身体に弱い」

「身体が法より多様なのです」

 ロロが座席の回転軸を蹴る。

「回転速度が一種類しかねえ。目が悪い奴、膝が悪い奴、尻が軽い奴、全部同時」

「最後は誰」とカイル。

「お前」

「国家資産へ敬意」

「国家は座席代を払え」

 リゼは回転しない壁際を選んだ。

 面紗の下で目を閉じる。

「光、強い?」とハル。

「聞く前に顔を覗かない」

「ごめん」

「強い。遮光板を右だけ」

 ハルは自分で触れず、法吏へ頼む。

 法吏がリゼへ角度を聞く。

「もう一段」

 遮光板が下がる。

 小さな選択である。

 法廷は大きな権利を語る場所だが、人がその場所へいられるかは、こうした小さな角度で決まる。

「エリアの席、残す?」とハル。

 彼女の座っていた席は空いたまま。

「列車の規定では、乗車しない者の席は畳む」と法吏。

「通信参加なら」

「席は不要」

「でも戻るかもしれない」

「空席を、参加の予約として表示しますか」とセレナ。

「予約じゃない。戻らなくても責めない」

「では、『選択保留』」

 白い札が置かれる。

『乗車せず。出席条件を審査中。欠席を同意・反対へ算入しない』

「長い」とリゼ。

「短くすると?」

「『いない理由を勝手に決めるな』」

 セレナは正式文の下へ、リゼの一文も付けた。

 オラの駅は、七本の細い橋でできている。

 どの橋にも家はなく、中央に証言台だけがある。

 この都市で生活する者は少ない。

 多くは、自分の故郷で話せないことを一日だけ持ち込み、話した後で別の町へ戻る。

 だから飲食店は、名前で注文を取らない。

『温かいもの』

『噛まずに飲めるもの』

『匂いの弱いもの』

『誰とも同じ卓へ座らないもの』

 料理の名ではなく、必要な状態で選べる。

「俺、辛いやつ」とハル。

「選択肢にない」とロロ。

「辛くて温かい」

「二条件は追加料金」

「ここでも」

「条件が増えるほど手間が増える!」

 ハルは硬貨を出す。

 ユノなら値段を先に聞いたか。

 聞かなかったか。

 まだ会っていない友人の癖を想像し、想像を事実にしないよう止める。

 証言台へ向かう七つの橋は、互いに交わらない。

 七人の人生を、中央で一つの答えへ混ぜないためである。

 証言都市オラ。

 この町には、常設の家より証言台が多い。

 過去の争いで故郷を失った人々が、自分の記録を別の都市へ運ぶため作った。

 家は焼ける。

 墓は壊れる。

 証言台だけは、鏡門を通って別の町へ移せる。

 七都市の証人は、同じ席へ座らなかった。

 一人目は、立った。

 十二歳の少女。

 砂避市の白い腕輪。

「保護法がなければ、私は叔父に連れていかれた」

 声は小さい。

「母が死んだ後、叔父は家族だから引き取ると言った。私は嫌だと言った。でも、九歳の言葉は家族契約より弱かった」

「保護官は」と王家代訴官。

「私を一晩、叔父と別にした」

「本人の意思に反して?」とハル。

「最初は、母のところへ帰るって言った。母は死んでるのに」

「混乱していた」

「うん」

「一晩の保護は」

「よかった」

「今も?」

「今は、自分で出られる」

「出られなかったら」

「嫌」

「一晩と、ずっとは違う?」

「違う」

 少女は腕輪を外し、机へ置いた。

「これ、最初は安心した。今は、つける日を選ぶ」

 二人目は、座った。

 片脚のない鏡職人。

 保護契約で、工房の危険作業から外された。

 最初の三か月、命を守られた。

 四年目、本人が復帰を望んでも、保護者が危険と判断し、工具へ触れられなかった。

「保護者は誰」とセレナ。

「妻だった」

「悪意」

「なかった」

「利益」

「事故補償が続いた」

「あなたは」

「木の型だけ作った。鏡を吹きたかった」

「解除は」

「妻の同意が必要だった」

「離婚後は」

「元妻の保護署名が二年残った」

「なぜ」

「期限がなかった」

 職人は片脚の義足を叩く。

「足がないから守られた。足がないから、守られる人のままにされた。両方、本当だ」

 三人目は、姿を出さなかった。

 裏鏡市から、声だけ。

『私は、夫から逃げた。保護登録で別名と食糧を得た。登録がなければ死んだ』

 間。

『その登録を王家照会へつなげないで。助けた制度が、今度は私の居場所を夫へ返す』

「本人確認をどうする」と代訴官。

『毎月、同じ傷を見せるのは嫌。名前を全部出すのも嫌。だから、窓口を二つに分けて』

「具体的に」

『食糧を受ける確認と、住所を知る確認を同じ帳簿にしない』

 四人目は、保護官だった。

 白髪の男。

 右手の指が二本ない。

「保護対象が大丈夫と言っても、止める必要がある時はある」

 傍聴席が静かになる。

「十六年前、少年王族が、自分の意思で鏡門へ入ると言った。脅迫はなかった。判断も明瞭。だが門の向こうが崩れている情報を、本人だけ知らなかった」

「止めた?」とハル。

「腕を折ってでも」

「折った?」

「自分の指を二本失った」

「少年は」

「生きた」

「後で怒った?」

「今も」

「止めてよかった?」

「私はそう思う」

「本人は」

「知らない」

「聞いてない?」

「聞くのが怖い」

「その少年は、今どこにいる」とカイルが問う。

 保護官は、右手の欠けた指を左手で包んだ。

「この都市にいる」

「証言する?」

「しない」

「本人の選択か」

「私は、出てほしくないと思った」

 傍聴席がざわめく。

「なぜ」とハル。

「私を責めるか、感謝するか、どちらかを言わされるからだ」

「法廷は強制してない」

「人は、救われた者へ感謝を期待する。傷つけられた者へ告発を期待する。どちらも、本人の今の生活より物語が綺麗だ」

 白髪の保護官は、証言台の下へ視線を落とした。

「彼は毎年、私へ怒りを書いた葉書を送る。去年は、私が止めたから生きたとも書いた。二行を同じ紙に書く」

「あなたは返事を」

「最初の十年、弁明した。十一年目から、『読んだ』とだけ返す」

「それでいい?」

「知らない」

 ハルは、分からないと言える老人を少し信用した。

 保護官は続ける。

「私は、あの日の情報差があればまた止める。ただし、止めた権限を翌日まで持ち越さない。腕をつかんだ手で、その後の人生まで握らない」

「今の制度は」とセレナ。

「緊急保護の印が、恒久保護へ自動継続する」

「あなたは改訂を求める?」

「停止権へ時限を。解除の判断を、止めた本人だけへ置かない」

「ユノの件へ当てはめると」

「当てはめない」

 代訴官の問いへ、保護官は強く答えた。

「彼が危険かは知らない。私の話は、止める場合があるという話であって、誰をいつまで止めるかの答えではない」

 極端な例は、制度へ旗を立てる。

 証人は、自分を旗にされることを拒んだ。

 保護する者にも、恐怖がある。

 相手が死ぬ恐怖。

 止めた自分を憎まれる恐怖。

 恐怖があるから、保護は悪ではない。

 恐怖があるから、保護が正しいとも限らない。

 五人目は、若い外交官。

 政略婚を、自分で選んだ。

「家の命令ではありません」と最初に言う。「相手国へ行きたかった。条約で研究費も得た。保護契約があったから、私の家は婚姻後に勝手な条件を足せなかった」

「成功例」と代訴官。

「はい」

「なら制度は」

「必要な部分がある」

「ユノ殿も同じ可能性」

「ある」

「婚姻を選ぶかもしれない」