第374話 第七章「七都市の証人」後編

「ある」

「では、離脱を保留すべき」

「なぜ?」

 外交官は首を傾ける。

「私が選んだから、彼も選ぶ可能性がある。可能性があるから、今の拒否を止める?」

「拒否が確定していない」

「だから本人へ聞く。保護宮殿へ戻してからではなく」

「あなたは保護契約を維持した」

「私の答えを、彼の答えへ使わないで」

 エリアと同じ境遇ではない。

 ユノと似ている。

 だからこそ、答えが別だと証言する。

 六人目は、言葉を話せなかった。

 事故で喉を失った高齢者。

 手話通訳が入る。

『私が話せない時、保護官が全部決めた。食事。部屋。会う家族。善意だった』

 両手が続く。

『文字盤を渡された後、同じ保護官は毎朝、今日も保護を続けるか聞いた』

「答えは」とセレナ。

『日による』

「日によって変えて、危険は」

『増えた。自由も増えた』

「どちらを選ぶ」

『その質問が一つなのが嫌』

 七人目の席は、空だった。

「欠席」と進行法官。

 リゼが反論する。

「欠席理由を」

「本人が証言を保留」

「空席を反対に数えないで」

「数えません」

「賛成にも」

「数えません」

「いつまで」

「三十日以内に追完可能」

 空席の前へ、一枚の紙だけが置かれる。

『今は話さない。話さないことを、何も起きなかった証拠にしないで。』

 進行法官は、七つの証言を表へまとめようとした。

『制度維持に有利』

『制度廃止に有利』

『中立』

 一人目の少女が、すぐ手を挙げた。

「私を維持に入れないで」

「あなたは制度で救われた」

「一晩の制度に救われた。ずっとの制度を選んでない」

 二人目の職人も義足で床を鳴らす。

「俺を廃止に入れるな。事故直後の三か月は必要だった」

 声だけの三人目が言う。

『私は、制度の外へ出たいんじゃない。食糧だけ残して、住所帳簿を切りたい』

 外交官が手を挙げる。

「私は婚姻を選んだが、選び直す条項がなければ成功例ではありません」

 高齢者の両手が動く。

『日によって答えが違うので、表の行を毎日増やして』

「無理です」と法吏。

『なら表が無理』

 ハルが笑う。

「強い」

「表を否定しているだけ」とセレナ。

「法廷って、表が負ける日あるんだ」

「表は道具です。人が道具へ合わないから、人を削ってはいけない」

 進行法官は三列を消した。

 代わりに、証言ごとに四つの欄を作る。

『危険時に必要だった支援』

『本人が選べた時点』

『選べなかった運用』

『今後残したい機能』

 同じ証言が、複数の欄へ入る。

「綺麗じゃなくなった」とハル。

「人間に近づきました」とセレナ。

「人間って汚い?」

「表にしにくい」

「それ、褒めてる?」

「分類です」

 休廷中、一人目の少女がリゼへ近づいた。

「その面紗、暑くない?」

「暑い」

「外せば」

「眩しい」

「じゃ、片側だけ薄くする?」

 少女は自分の白い腕輪をほどき、半透明の布を一片渡す。

「保護具の余り。つける日を選ぶやつ」

 リゼは受け取る前に尋ねる。

「返す期限」

「ない」

「贈り物?」

「うん」

「断っても平気?」

「平気」

「じゃ、受け取る」

 リゼは面紗の右半分だけ布を重ねた。

「似合う?」と少女。

「顔を評価しないで」

「布」

「布はいい」

「難しい人」

「簡単にされるのが嫌」

「分かる」

 同じ境遇ではない二人が、同じ言葉だけを一瞬共有する。

 同じ答えだと決める必要はなかった。

 ハルは、その布の結び目にも白い弦が混じっているのを見た。

 七つの証言は、制度を善にも悪にも決めなかった。

 その代わり、目的と運用を分けた。

 緊急時に先に守る目的。

 本人が選べるようになるまで待つ目的。

 期限なく囲う運用。

 保護者だけが解除できる運用。

 食糧と住所を一つの帳簿へ入れる運用。

「制度をなくせばいい、じゃない」とハル。

「はい」とセレナ。

「残せばいい、でもない」

「はい」

「面倒」

「はい」

「今日、はいが多い」

「正しい観察です」

 ハルは空席を見る。

「ユノ、これを集めた?」

 セレナが振り向く。

「根拠」

「一人目の腕輪。新しい白い糸が結んである。ユノのアルマの弦と同じ」

 ロロが近づく。

「同じ材質。一本足りない弦」

「二人目の義足」とハル。「白い鏡粉が付いてる。ユノの楽器ケースの角に使う粉」

「三人目は姿なし」とセレナ。

「声の最初に、弓を置く音がした」

「録音かもしれません」

「四人目、右手の包帯。結び方がユノの右薬指と同じ」

「治療所が同じ可能性」

「五人目は、『私の答えを彼の答えへ使うな』って言った。誰かに先に聞かれた言葉みたいだった」

 証拠ではない違和感。

 セレナは切り捨てない。

「検証します」

 証言者の接触記録。

 全員が、過去二日以内に一人の旅人と会っている。

 白銀髪。

 黒い外套。

 白い弦楽器。

 本人は名を出していない。

 ただ、証言してほしいのではなく、法廷へ出るか自分で決めてほしい、と伝えた。

「兄さん」とリゼ。

 鏡門の通過記録を調べる。

 王家名義ではない。

 第一継承者役でもない。

 個人通行。

 各都市で、ユノは同じ選択をしていた。

『王家保護を一時停止し、個人として通行する』

 七回。

 疲労時。

 夜間。

 治療後。

 追跡警報後。

 状況が違っても、同じ方向を更新している。

「継続した意思」とセレナ。

「法廷の条件」とハル。

「一つの手紙だけではない」

 七つの通過記録は、文字だけではなかった。

 第一都市の切符には、王家用の金印が押されていない。

 代わりに、角が一つ手で切られている。

「現金が足りず、歩行区間を選んだ印」とロロ。

「王子が?」とカイル。

「金銭感覚、壊れてるからな」

「俺も王子だが、そこまででは」

「お前は金額を知らなくても人に聞く。ユノは知らないのを隠す」

「本人がいないのに悪口が正確」とリゼ。

 第二都市の札は、身分申告欄だけ濃い。

 王家保護欄は、本人の左手で一本ずつ消されている。

 右薬指を伸ばしにくいユノは、署名を左手でする。

 筆圧の始まりが深く、終わりが軽い。

 第三都市の治療記録。

 耳鳴り、眩暈、右手の痛み。

 治療は受けた。

 保護役の再開は拒否した。

「支援を受けたら自立じゃない、とはしなかった」とセレナ。

 第四都市の閲覧札。

 母の未送信証言を一部だけ読む。

 私的行へ目を止める前に、見ないことを選ぶ条項〈ウェイク・クローズ〉を自分で閉じている。

 第五都市。

 一時間の待機票が二枚。

「同じ選択をする前に、鐘一つ分待った」とトーヴ。

「誰かに命令された?」

「接触記録なし。待機所で酸っぱい葡萄を一皿注文」

「好物」とリゼ。

「食べた後でも同じ答え」とハル。

「空腹の判断ではない、と見ることはできる」とセレナ。「ただし葡萄一皿で能力を証明しない」

 第六都市。

 通行中止。

 理由欄へ、短く。

『耳鳴り増悪。今日は進まない』

「逃げるなら無理してでも進む」とハル。

「逃げる人にも休む人はいます」とセレナ。

「じゃ、逃走かどうかの証拠じゃない」

「はい。身体危険を認識し、予定を変更した証拠」

 第七都市。

 七人の証言申請。

 ユノの署名は、どの申請にもない。

 証言者本人の印だけ。

「集めたのに、内容を揃えなかった」とカイル。

「揃えれば、自分に有利な証人だけにできた」とリゼ。

「兄さんは美しく並べるのが好き」

「今日は並びが悪い」とハル。

「だから、少し信用する?」

「少し」

 最後の札。

 王家保護宮殿への通行申請。

 役名欄は空白。

 目的欄に、本人の左手で書かれている。

『公女保護契約が、本人の現在意思なしに退出を止めるか確認する』

「実験」とロロ。

「自分の身体で」とエリアの通信声。

「危険」とハル。

『だからといって、彼の選択を無効にはしない』

「怒ってる?」

『怒っている。本人へ』

「同じ」

『同じ怒りでも、同じ答えとは限らない』

 通信の向こうで、ティアが改訂札を法廷網へ差し込んでいる。

 エリアの席に置かれた『選択保留』の札が、細く光った。

 最後の通過記録。

 行き先は、七面王都。

 接続先。

『王家保護宮殿』

「戻った?」とカイル。

「連れ戻された?」とリゼ。

「記録上、強制印なし」とセレナ。

「自分で」とハル。

 ユノは逃げ続けたのではない。

 七都市の証人へ会い、自分の意思を七回更新し、その足で保護宮殿へ戻った。

 戻りたいからか。

 法廷へ出るためか。

 捕まったからか。

 まだ分からない。

 分かるのは、所在だけ。

 法廷列車の進行鏡へ、追跡路が浮かぶ。

 王家代訴官が即時回収を申請する。

 セレナが異議を出す。

「意思確認の目的を越えた回収は禁止されています」

「保護宮殿内なら安全」

「本人が退出できるかを確認する」

「危険な追跡になる」

「だから、移動命令権を持たない者が行く」

 ハルが立つ。

「俺」

「あなたは連れ戻したい感情が強い」とセレナ。

「ある」

「それでも行く?」

「会って、聞く」

「答えが、来るな、なら」

「腹立つ」

「行動は」

「戻る」

 セレナは頷く。

 その時、後方鏡が光った。

 エリアからの通信。

『出席条件改訂案、提出済み。ティアが到着した。』

 続いて、灰銀の短髪が鏡へ映る。

「第一条」とティア・グランツ。「例外は作らない」

「挨拶は」とハル。

「時間がない。第二条、規則の目的を残し、参加条件を複数にする。第三条、私が作った規則の副作用は、私だけで直さない」

 鏡の向こうで、エリアがグリムリリーを握る。

「私も行く」

 ティアが言う。

「行ける条件を、今から全員分作る」

 法廷列車は進路を変える。

 保護宮殿へ。

 人を連れ戻すためではない。

 本人が戻った場所から、本人の言葉を法廷へ連れてくるために。