第379話 第十章「ユノの不利益証言」前編
告白は、真実を語る行為である。
同時に、語る順番を選ぶ行為でもある。
自分へ有利な罪から話す。
許されやすい失敗へ名前を付ける。
最も傷つけた相手の名だけを省く。
告白する者は、沈黙する者より正直に見える。
正直に見えるという利益を得る。
だから法廷は、告白したこと自体を善人の証拠にしない。
言葉の美しさではなく、誰へどんな不利益を生み、その不利益を本人が理解しているかを見る。
ユノ・ヴァレントにとって、それは不得意な種類の舞台だった。
彼は言葉を整えることに長けていた。
この日、求められたのは、整えれば整えるほど疑われる言葉である。
被告席は、空席より狭かった。
左右を鏡で囲まれている。
正面に進行法官。
右に王家代訴官。
左に仮弁護席。
ユノは仮弁護席を空けたまま、中央へ座った。
アルマは証拠庫へ預けた。
弓もない。
音で共通幻像を奏でる術〈ファントム・カデンツァ〉も使わない。
裸の言葉、と呼べば格好がつく。
開廷前、進行法官は三度、弁護人を付ける権利を告げた。
「拒否します」とユノ。
「拒否理由」
「自分の選択を自分の言葉で話したい」
「弁護人が言葉を奪うとは限らない」とトーヴ。
「分かっています」
「なら、拒否そのものを自立の証明へ使わないでください」
ユノは少し黙る。
法廷で一人で立つ姿は、美しい。
美しい姿は、本人の判断より先に観客を説得する。
「訂正します。全面代理は拒否。手続き助言は受ける」
「助言範囲」と進行法官。
「質問の意味、答えない権利、別件責任へ波及する可能性。答えの内容は決めてもらわない」
「助言者」
ユノはセレナを見る。
セレナは首を横へ振る。
「私は証拠整理役です。利益相反になります」
「トーヴ」
「私は文書鑑定者。法律家ではありません」
「脚注なら多い」
「弁護には向きません」
法廷は、当番の仮弁護人を一人付けた。
名は出ない。
役名だけ。
『限定助言』
「被告人へ確認」と限定助言。「黙秘は不利に扱われない。ただし、本人の継続意思を立証する材料は減る」
「黙れば不利にならないけれど、話さないと勝ちにくい」
「そうです」
「矛盾している」
「権利と立証は別です」
「法は、別が好きだね」
「別にしないと、黙秘権が無罪保証になります」
「正しい」
「今の発言を理由に、全て理解したと扱わないでください。質問ごとに確認します」
ユノの目元が少し緩む。
「助かります」
さらに医師が、耳鳴りと疲労を確認した。
「右耳、持続高音。左、断続。睡眠四時間。右薬指痛二。頭痛一」
「審理延期を選べます」
「延期した場合」
「保護宮殿で待機」
「別の場所は」
「中間命令が必要」
「では、二時間ごとの休止と、質問を文書でも表示する条件で続行」
「無理をして自由を証明する必要はありません」と限定助言。
「無理をしない条件を自分で選ぶことも、今日の証言に含めたい」
「それを格好よく言わないでください」
「努力します」
「努力ではなく、痛み三で中止」
「はい」
ユノは、助けを拒むことで自立を演じなかった。
助けを受けても、答えを渡さない。
その区別から、審理が始まる。
格好をつけないため、ユノは最初に言った。
「私は、自分を誘拐していません」
傍聴席がざわめく。
「ただし、自分の移動計画を隠し、他人へ不十分な説明をし、危険と負担を増やしました」
王家代訴官が立つ。
「被告は無罪を主張するのか、有罪を認めるのか」
「罪名ごとに分けます」
「便利な分類だ」
「不便でも分類します。自分の身体を自分で移したことを、誘拐とは認めません。協力者へ必要な情報を伏せたこと、王家通行証の用途を偽ったこと、捜索資源を増やしたことは認めます」
「一つの計画では」
「一つの計画でも、被害は一つではありません」
「王家から離れる目的が正当なら、手段も正当だったと」
「言いません」
「被害者を名乗りながら、加害を認める」
「両方になれます」
「同じ事件で?」
「同じ身体で、公女と被告になれる法があるなら、同じ出来事で被害を受け、別の人へ被害を与える人間もいるでしょう」
代訴官は表情を変えない。
だが、左親指が紙を押さえる。
ユノはその小さな動きを見た。
見たことを、優勢だと解釈しない。
相手の呼吸を読めば、言葉を合わせたくなる。
今日は合わせない。
「第一の説明不足」とセレナ。
証拠整理役として、項目だけを置く。
「鏡便配達員への荷物申告」
証言鏡が開く。
第五章で会った若い配達員。
本人の希望で、顔は映らない。声だけ。
『箱は楽器の弦だと聞いた』
「実際は」と代訴官。
『未送信証言の閲覧鍵と、七都市通過記録の複写器』
「危険性」
『追跡対象になる可能性。聞いていなかった』
「被告、説明を」
ユノは口元の微笑みを消したまま答える。
「楽器の弦も入っていました」
ハルが目を細める。
「それ、言い逃れ」
「そうだね」
敬語が落ちる。
「箱の中の一部だけを言った。嘘ではない形にした。だから余計に悪い」
「何が」と進行法官。
「相手が、自分で危険を選ぶために必要な情報を消した」
「理由」
「拒否されるのが怖かった」
「拒否されたら」
「計画が遅れた」
「生命危険」
「直ちにはない」
「では、急ぐ利益のために他者の選択を削った」
「はい」
短く答える。
美しい理由を足さない。
「補償」とセレナ。
「市場相場の危険手当、通行停止による一日分の収入、個人記録の削除費用を支払った」とユノ。「ただし、支払えば選択を奪った事実が消えるとは考えていない」
『その通り』と配達員。
「許したか」と代訴官。
『それ、法廷が聞くこと?』
「被告の反省を」
『私は危険手当を受け取った。記録削除も確認した。許したかは、今ここで国家へ渡さない』
証言が切れる。
ユノは頭を下げる。
相手には見えない。
見えない謝罪を、善行として数えない。
ロロが補償明細を持ち上げた。
「金額、誰が決めた」
「王家会計係へ市場相場を照会した」とユノ。
「王家を離れる計画で、王家会計を使った?」
「匿名照会」
「金の出所」
「私物の銀留めを売った」
「幾らで」
ユノは金額を答える。
ロロの補助腕が同時に頭を抱えた。
「半値だ!」
「急いでいた」
「急ぐと物の値段が半分になると思うな! 買い手の利益が倍になっただけだ!」
「値段に詳しくなくて」
「知らないなら聞け!」
ハルがユノを見る。
「ここ最近、それ多い」
「反省している」
「反省は値上がりしない」とロロ。
進行法官が咳をする。
「補償額の妥当性は別件」
「別件にして忘れるなよ!」
「記録します」
王家代訴官が問う。
「銀留めは王家財産では」
「母から個人へ贈与された記録がある」
「王家の品を売って自由資金へした」
「個人の品を売った」
「王家の工房で作られた」
「作った場所が所有者を決めるなら、王家の食堂で焼いた菓子は食べた後も国家資産?」
ハルが笑いかける。
ユノは笑わせるために言ったのではない。
代訴官は返す。
「工房印には外交的価値がある」
「では、その価値を売却価格へ反映できなかった私の損失です。国家の所有には戻らない」
ロロが小声で言う。
「そこは正しい。だが半値は許さねえ」
金銭の失敗は、自由の失敗と同じではない。
無関係でもない。
自分の生活費を知らず、誰かが整えた価格だけで生きてきた王族が、一人で移動するには、契約以外の学習も必要だった。
「第二」とセレナ。「通行札の用途説明」
七都市のうち第三都市。
ユノは、市民用の一時通行札を借りた。
持ち主は、鏡門清掃員。
王家名で通れば記録が即時保護網へ流れるため、個人通行を実証する必要があった。
「本人へ何と説明した」と代訴官。
「一時間、門を試す」
「法廷証拠へ使うとは」
「言わなかった」
「札は凍結された」
「十二時間」
「清掃員は帰宅できなかった」
「はい」
「あなたは、国家に移動を奪われたと主張しながら、労働者の移動を奪った」
ユノの目元が崩れる。
それでも視線を逸らさない。
「はい」
「矛盾では」
「矛盾です」
「その程度の判断もできない者が、保護解除を求める」
「判断を誤ったことと、判断する権利がないことは別です」
「誤りが他人を傷つけても」
「別責任を負う」
「国家は、その誤りを防ぐため保護する」
「一度の誤りで、以後の全ての選択を国家へ渡す?」
「一度ではない」
「そうです。私は複数、誤った」
ユノは自分から増やす。
「だから、複数の責任を数えてください。一つへまとめて『判断不能』にしないで」
法廷の外で、低い衝撃音がした。
列車が揺れる。
進行鏡へ警告。
『法的地位分岐。被害公女移送路と被告人出頭路が同時実行中』
「また役が喧嘩してる!」とロロ。
宮殿に残った被害公女の法的影が、保護車両へ移送されようとする。
本人の身体は被告席。
二つの記録が、同じユノへ接続しようとする。
法廷列車の第五両が、左右へ引かれた。
右は公開法廷。
左は閉鎖保護室。
「審理を止めますか」と進行法官。
「止めない」とユノ。
「身体危険があります」
「停止判断は、私だけで決めない」
ティアの改訂条件が、すでに法廷へ応用されている。
列車の分岐力は、役名だけを引いたのではない。
被害公女側の車両では、窓が白く曇り、外部接触を遮断する。
被告側では、全ての窓が公開鏡へ変わり、傍聴人の視線を通す。
同じユノへ、隠せという命令と見せろという命令が同時に入る。
彼の輪郭が二重に揺れた。
「幻像じゃない」とリゼ。
「役籍反射」とトーヴ。「本人の術ではない」
「止められる?」とハル。
「アルマを使えば、共通像を一つへ固定できる」とユノ。
「使え」とカイル。
ユノは首を横へ振る。
「どちらの像を本物らしくするか、僕が選ぶことになる」
「今は身体を守る!」
「身体の位置だけ共有するなら」
ユノはアルマへ手を伸ばしかける。
証拠庫の向こう。
弓はない。
右耳の高音が増す。
「痛み」と限定助言。
「頭痛二。耳鳴り三」
「事前条件」
「三で術停止」
「まだ使っていない」
「だから使わない」
自分にしかできないことがある時、人は自分でやるのが責任だと思いやすい。
できることをしない判断も、責任になる。
「代わり」とユノ。
彼は耳を塞がず、床の震えを左手で取る。
「保護車両の引きは、四拍ごと。公開車両は三拍ごと。十二拍で同時に最大になる」
「音で分かる?」とロロ。
「音楽家として。術ではない。耳鳴りで誤差がある」
「誤差」
「一拍以内」
「使える! 十二拍目に命令を遅らせる!」
「本人を測定器へするな」とハル。
「本人が出した情報だ!」
「上限は」
「二回まで」とユノ。「その後、耳を休める」
「記録」とティア。
最初の十二拍。
白い車両が左へ跳ねる。
公開法廷が右へ傾く。
「今!」
ロロが補助腕を接続器へ差し込み、命令筒の回転だけを半拍遅らせる。
火花。
補助腕一本が痺れる。
「破損?」
「動く! 撤退条件未満!」
二回目。
ユノが床へ手を置く。
耳鳴りの高音に、車輪の低音が混じる。
一、二、三――。
「待って」と彼。
「十二拍」とロロ。
「違う。保護側が一拍早い」
「さっき一拍以内って!」
「宮殿の役影が近づいた」
誤差を隠さず、更新する。
「十一で行く!」
ロロが爪を回す。
接続器の命令光が一瞬、別々の色になる。
その隙間へ、エリアが文字だけの二線を置いた。
本人の身体。
法的役割。
路図を使わない。
魔力で正しい道を作らず、法廷へ選択可能な二つの対象を見せる。
進行法官が中間命令を出すまでの間、カイルの盾炎が床を支える。
「三・五!」と彼。
「交代!」とティア。
「誰!」
ハルが盾の縁へ肩を入れる。
「炎は出せない!」
「床は押せる!」
「左肩!」
「痛み二!」
「上限三!」
「知ってる!」
ノクスがハルの靴紐を噛む。
「まだ三じゃない!」
ノクスはさらに強く引く。
「監視者は安全側へ警告できる」とセレナ。
「厳しすぎ!」
「あなたが選んだ」
ハルは肩を外し、両脚で床板を支える位置へ移る。
カイルも右腕を下ろし、左肩と背で盾炎を薄く保つ。
王子が一人で耐えない。
異世界人も一人で代わらない。
役を分ける法廷で、救難の役も細かく分かれる。
中間命令が通る。
法的影だけが左へ滑る。
ユノの身体は被告席へ残る。
彼は床から手を離し、目を閉じる。
「休止」と自分から言った。
証言を続けたい利益より、身体条件を先にした。
その選択を、誰も自由の証明だと拍手しない。
ただ、水と静かな席が用意された。
負荷数。
撤退条件。
複数の中止権。
「ロロ」とセレナ。
「接続器が二方向へ役名を読んでる! 人名じゃなく役名を一個ずつ切り離す!」
「切断すると証拠消失」
「物理線は残す! 命令だけ遅らせる!」
四本の補助腕が床下へ潜る。
「工具、預けたんじゃ」とハル。
「補助腕の爪は身体!」
「法的に?」
「今それを増やすな!」
カイルが盾型籠手を返却させる。
王盾炎を細く開き、引かれる二両の間へ立つ。
「両方守る?」とハル。
「どっちかを切ると、片方の人が落ちる」
「片方もユノ」
「法廷の中には、書記も法吏もいる!」
炎の盾が、二つの床をつなぐ。
反動が右腕から肋骨へ返る。
カイルは冗談を言わない。
「痛み」とティアの遠隔声。
「三」
「何段階」
「五」
「上限」
「四」
「四へ行く前に交代」
「誰と」
「父王ではない誰かを探せ」
「そこは今関係ない!」
エリアは路図を展開しない。
法廷床へ、二つの行き先を文字で書く。
『本人の身体――被告席』
『法的役割――保護記録庫』
「道を分ける」と彼女。
「人を分けない?」とハル。
「本人が歩く線と、記録が保存される線を別にする」
「できる?」
「法が認めれば」
「法廷!」
進行法官は緊急中間命令を出す。
『被害公女役の移送を、記録鏡のみへ限定。本人身体を伴わせない』
左へ引く力が弱まる。
ロロが最後の接続を固定する。
「今!」
カイルが盾を閉じる。
右腕が下がる。
セレナが温石を投げる。
「受け取って」
「法廷で物を投げる?」
「緊急救護」
「証拠番号は」
「あなたの痛みを番号へしない」
カイルは笑いかけ、やめた。
審理は続く。
真相を語れば物理危機まで止まる、という都合のよい世界ではない。