第454話 第十一章「法廷へ戻る線路」後編
行政側は、設備局の代理人だった。
灰色の制服。
言葉は丁寧で、敵意は見えない。
敵意がないことは、被害がないことを意味しない。
「設備十三種は、追跡危険から対象を保護するための制度です」
「同意します」とセレナ。
法廷が少しざわつく。
「同意するのか」と代理人。
「制定目的について。現在運用の適法性には同意しません」
「申立人らは同制度によって三年間、司法照会から保護された」
「同時に乗降、医療、教育、裁判申立てから除外された」
「本人らは非公開を望んでいる」
「非公開と権利停止を同じものにしないでください」
「人員登録なしに権利を付与すれば、不正利用を招く」
「どの不正」
「重複配給、偽装乗車、犯罪者の逃亡」
「それぞれ別の対策があります。配給は匿名索の一回照合。乗車は身体反応と車両半片。犯罪捜査は個別の令状。全員の旧名と住所公開を前提にする必要はない」
「実装されていない」
「今夜、試験運用しました」
「無資格修理者による違法改造」
「現場資格!」ロロが傍聴席から叫ぶ。
「発言許可」と裁判官。
「料金取るぞ!」
「黙りなさい」とセレナ。
「お前が言うと一番腹立つ!」
「ロロ・ピクスの技術記録を専門証拠として提出します。資格の有無は証拠能力でなく信用性の評価へ」
「十四歳」と代理人。
「回路は年齢を読みません」
「未成年の改造を公的制度へ」
「公的制度が四十七人を設備としたため、現場で必要になった改造です」
「原因論と適法性は別」
「別だから、両方審理してください」
セレナは混ぜない。
制度が悪かったから何をしてもよい、とは言わない。
違法改造が人を救ったから無条件に正しい、とも言わない。
ロロの改造は後で監査される。
設備局の分類も後で監査される。
人命が助かった事実と、手続の責任は両立する。
「設備十三種を解除した場合、追跡危険をどう防ぐ」と代理人。
エリアが証人席へ立つ。
「公開権利と非公開住所を分けます」
七枚の透明板のうち、二枚だけ。
公開板。
空白板。
「公的に登録するのは、生活者集団が存在し、医療、教育、食料、乗降、裁判申立てを受ける権利。所在地は分散鍵で非公開。救難時は本人指定の複数者が開く」
「地図へない住所を、どう管轄する」
「管轄を住所だけで決めない。利用した線路、被害を受けた制度、本人が選んだ申立先の複合管轄」
「管轄選びが可能なら、有利な法廷を選ぶ」
「国家はすでに、設備分類を移すことで有利な管轄を選んでいました」
中央拘束設備局への移管票。
翌朝、別管轄へ。
住民には選べないのに、制度は選べる。
「同じ権利を人へ返すだけです」エリア。
「公爵令嬢の理想論」と代理人。
エリアの顎が上がる。
「母の出自を言う必要がありますか」
「何の話を」
「肩書で意見を下げたからです。私の設計上の欠陥を示してください」
「分散鍵が破られる可能性」
「あります」
「認める」
「破られないと偽る設計より、安全です。更新条件、失効条件、救難時の開示範囲を公開する」
「追跡者が制度内にいれば」
「だから一人で開けない」
「全員が共謀すれば」
「その時は破られます」
「不完全だ」
「完全な保護は、本人を永久に閉じ込める以外にありません」
法廷がまた静かになる。
「私たちは、それを保護と呼ばない」
サナは医療車から遠隔証言した。
フェルの足は処置中。
背景は白布で隠し、車両形式と位置が分からない。
「医療記録へ名前は必要か」と救難法担当。
「薬歴識別は必要。出生名は不要」
「同姓同名の誤投薬を防ぐため」
「だから名前だけへ頼らない。本人所持記録、身体特徴、アレルギー反応、処置時刻」
「記録を失えば」
「再確認する」
「意識不明なら」
「危険の少ない処置から。同行者情報。車両側の救命札」
「本人の住所がなければ継続診療は」
「本人が選んだ連絡路へ送る。住所と連絡を同じにしない」
「緊急時の代理判断」
「救命に必要な範囲、期限付き、後から監査。最終目的地、公開名、司法協力は決めない」
「あなたが強制移送した場合は」
「記録し、本人が回復した時に異議を受ける」
「医師が訴えられる」
「必要なら」
「それでは医療者が萎縮する」
「責任を問わない仕組みは、患者を萎縮させる」
「均衡は」
「救命行為の合理性と、解除手続を分けて審査。強制したこと自体を隠さない」
サナの回答は速い。
速いが、フェルの脈を測る時だけ言葉が止まる。
「患者の状態」と裁判官。
「本人へ聞いて」
フェルが画面へ顔を出す。
「今は痛い。薬は効いている。登録は個人だけ希望。駅の場所は出さない」
「出生名は」
「今名乗った名が出生名だ」
「住所」
「出さない」
「住所なしで処方を求める」
「身体はここにある」
自分の膝を叩く。
「薬は住所へ飲ませるのか」
裁判官は答えない。
ミラの証言は、自由港救難車から。
「無名乗車は危険では」と鉄道法担当。
「名前を聞く方が危険な客もいる」
「犯罪者」
「子供、難民、政治犯、借金契約で売られた人、家族から逃げる人」
「犯罪者も含む」
「含む。救命時に犯罪照会しない」
「逃亡を助ける」
「死なせない。裁判へ行くかは、救命後に別」
「法執行へ協力しない?」
「令状と本人の権利を見て決める。無条件ではしない」
「私人が法を選ぶのか」
「国家も選んでる。十三番へ落とす法と、追う法を」
「あなたの救難路は料金体系が不透明」
「今、関係ある?」
「制度信用性」
「収支公開を出す。赤字。儲けてない証拠にはならないけど、取ってない料金は分かる」
「寄付者は」
「公開できる者だけ。匿名寄付は上限あり。特定乗客の情報と交換は禁止」
「違反時」
「私を運営から外せる」
「誰が」
パルが画面へ割り込む。
「同じ飯の人」
「未成年?」
「推定十一」
「推定」
「年齢分からないと、意見ない?」
「そうは言っていない」
「じゃ聞いて。名前なしでも数えられる。索は本人が持つ。車両は半分。降りたら重ねる。事故なら全員探す。名前が必要な人だけ名前を使う」
「索を盗まれたら」
「盗まれたって言う」
「言えなければ」
「赤手袋」
「誰」
「医療役。人は変わる」
「不完全だ」
「完璧って言う人、値段を後から言う」
裁判官の眉が動く。
「それは経験則か」
「生き残り則」
行政代理人は最後に、イヴァの署名を出した。
「設備分類は、現地救難者自身の申請で始まった」
「認めます」とイヴァ。
「住民を救った」
「一部を」
「追跡から守った」
「そう」
「なら制度は有効だった」
「最初は」
「現在の非公開希望も同じ」
「同じではない」
「何が」
「七十二時間の危機対応と、三年間の生活制度。私の代理署名と、本人の現在選択。照会停止と、権利停止」
「あなたが延長した」
「十一回」
「必要と判断した」
「判断した。責任を認める」
「制度へ責任を転嫁していない?」
イヴァの放送口調が消える。
「私の責任を制度の免罪に使うな」
低い声。
「私が署名した。私が説明しなかった。私が止めた。だから私を裁け。だが四十七人の医療と乗車と裁判を、私の罪が決まるまで止めるな」
「あなたが作った被害だ」
「被害を受けた人へ、加害者の裁判終了を待てと言うのか」
「救難者でもある」
「だから、英雄にして制度を残すな」
イヴァは左耳を法廷へ向ける。
聞こえにくい側。
「私は無罪を求めていない。人を設備へ戻さない仮処分を求める」
「あなたに申立権は」
「ないなら、住民の申立てを聞け」
オルサが立つ。
「イヴァ・レイルを、私たちの代表とは認めない」
法廷がざわつく。
「ただし証人として話すことを認める。責任を一人へ全部載せることも拒む。最初の救難で生きた者がいる。延長で失ったものもある。両方、記録しろ」
「あなたは彼女を赦す?」中央裁判官。
「その質問を法廷が先に決めるな」
「では何を求める」
「今日、薬を飲めること。明日、学校を開けること。列車へ人として乗ること。住所を出すか自分で決めること。弟を探すか、私が決めること。イヴァを殴るかも、私が決める」
「最後は権利では」
「比喩だ」
「本当に?」ハルが小声。
「黙れ、赤マフラー」
「現在名で呼ばれた」
「物名だ」
審理中、列車は三つの管轄を越えた。
工業線法。
中央鉄道法。
巡回救難法。
管轄が変わるたび、行政代理人は却下理由を変えた。
工業線では、設備所有権。
中央では、人員登録欠如。
救難法では、当事者身元不明。
同じ人間が、線路を一つ越えるたび、別の理由で存在を拒まれる。
セレナは三つの却下理由を並べる。
「行政は、本件を設備と主張し、次に未登録人員と主張し、次に身元不明乗客と主張しています」
「管轄ごとの法的評価」と代理人。
「なら、少なくとも人員であり乗客である評価を自ら提出した」
「仮定上」
「設備だけでは説明できないと認めた」
「認めていない」
「記録を読みます」
言葉は逃げられる。
記録は、逃げた方向を残す。
ヘスタの監査記録。
『生体反応四十七』
行政の移送票。
『占有者は旅客車へ退去せよ』
切離し命令。
『申告しない生体は設備付属物として移管』
「生体と認識していた。旅客車へ退去可能と認識していた。申告の有無だけで人と設備を切り替えた」
「登録制度上」
「身体は申告で機械になりません」
中央裁判官が手を上げる。
列車の鐘が一度鳴る。
仮処分判断。
「本法廷は、最終的な身元、刑事責任、設備所有権、イヴァ・レイルの責任について、本日判断しない」
先に、決めないことを言う。
「ただし、以下を暫定認定する」
法廷車の窓へ、条文が光る。
一。
『設備十三種に分類された四十七名は、生体反応、生活記録、乗車照合、監査目視により、暫定的に権利主体たる生活者及び乗客である』
二。
『現在名、封印名、完全非公開の選択を理由として、医療、食料、教育、乗降、救難、裁判申立てを停止してはならない』
三。
『所在地情報と権利登録を分離する。所在地は法廷封印とし、本人または本人指定複数者の同意なく公開してはならない』
四。
『設備十三種としての切離し、無人資産回収、拘束設備局への移管を停止する』
五。
『匿名索による人数・希望停車管理を三十日間の試験運用として認める。安全性、偽造、緊急代理、記録失効は公開監査する』
六。
『残留生活車三両に対し、所在地非公開のまま配給、医療、教育資材を供給する。配給数は総数のみ。個別名簿を条件としない』
七。
『イヴァ・レイルの署名及び延長行為は別件として審理を継続する。救難功績をもって免責せず、違法性の推定をもって四十七名の権利を停止しない』
決着ではない。
暫定。
三十日。
法廷封印。
試験運用。
全てに期限と再審査がある。
永遠の正解ではない。
だからこそ、七十二時間の命令とは違う。
終了と見直しが書かれている。
「住所なしで配給」とフェル。
医療車の通信越しに、笑う。
「薬を住所へ飲ませずに済む」
「学校資材」とメラ。
残留車から。
「印刷板も?」
「教育資材に含む」と裁判官。
「型は私たちが選ぶ」
「申請を」
「名前なしで」
「集団符号で」
「成立」とミラ。
「法廷命令は契約では」と代理人。
「今は黙って」とオルサ。
二結びは保留車から聞く。
「私、人?」
中央裁判官が答えようとする。
ハルが画面の向こうで首を振る。
裁判官は言い直す。
「法廷は、あなたを権利主体と認める」
「名前なくても?」
「今の仮処分では」
「三十日後は」
「もう一度争う」
「負けるかも」
「ある」
「正直」
「法廷だから」
「信用、少し」
「段階は」ハル。
「決めてない」
「厳しいな」
仮処分の署名が終わる。
行政代理人は異議を出した。
セレナは異議を止めない。
異議を出せない制度は、住民が負けた時にも同じ扉を閉じる。
ヘスタは監査外套の焼けた袖へ、判決時刻を書いた。
ロロの改造は暫定認可。
カイルの王家は保証人ではなく、公開費用の立替人として登録される。返済条件は後日、住民評議で決める。
「借金が正式になった」とカイル。
「景気が悪い?」ハル。
「今回は悪くない」
「珍しい」
「借金の相手が見える」
オルサは法廷車の窓へ手を置く。
残留車の場所は映らない。
それでも通信符号は灯っている。
「駅の場所を見せず、存在を認めさせた」
「暫定です」とセレナ。
「水を差すな」
「期限を忘れないため」
「忘れたら、お前が言う」
「私一人へ監査を集めないでください」
「面倒な記録官だ」
「本日十人目」
「十人目の証明は」
「記憶です」
「証拠にならない」
「嗜好記録には十分」
オルサが笑った。
初めて、警戒以外の音で。
法廷車が次の分岐へ入る前、七通の封書が届いた。
同じ事故番号。
異なる封蝋。
七人の証人召喚。
名前は封印されている。
表面には、七つの方向記号だけ。
上。
下。
前。
後。
左。
右。
中央。
「次の審理?」ハル。
「観測事実だけ」とセレナ。「同じ事故について、七方向の証人が召喚されています」
「全員、見た場所が違う」エリア。
「内容はまだ開かない」
「犯人は」とハル。
「書かれていません」
「事故原因」
「書かれていません」
「じゃ、分かるのは」
「七人いること。法廷が召喚したこと。方向が異なること」
「それだけ?」
「それだけを、今は正確に」
セレナは七通を一つの箱へ入れない。
二通を法廷。
二通を監査列車。
二通を証拠列車。
一通を住民代表の法廷車へ。
真実を一か所へ集めない。
列車の窓に、七つの方向記号が反射した。
法廷へ戻る線路は、次の事件へも続いている。
だが今夜の仮処分は、今夜の人々を明日へ運ぶために出た。
それで十分ではない。
十分でないから、続けられる。