第459話 第二章「七人の証人」前編

証人は、世界を持ってこない。

 持ってくるのは、世界のうち、自分の身体へ届いた部分だけである。

 背の高い者には見えた。

 背の低い者には見えなかった。

 窓際の者には雨があった。

 通路側の者には人の背中があった。

 目の良い者は遠い札を読んだ。

 目の悪い者は、近い火を大きく見た。

 にもかかわらず、法廷は証人へ尋ねる。

 何が起きましたか、と。

 それは本来、一人へ投げるには大きすぎる質問である。

 大きすぎる質問は、答える者を二種類に分ける。

 黙る者と、世界を縮める者だ。

 黙った者は信用されない。

 縮めた者は、縮めた世界の外側を嘘と呼ばれる。

 裁判史とは、その二種類へ第三の場所を作ろうとして、何度も失敗してきた歴史でもある。

「質問を分解します」

 セレナは七枚の証羽を、証言台の縁へ立てた。

「見たもの。聞いたもの。身体へ触れたもの。後から知ったもの。推測したもの。順番に答えてください」

「答えが短くなる」と代訴官。

「正確になります」

「事件の全体像が得られない」

「一人の口から全体像が出たら、その時点で疑います」

 ベルが片眼鏡を下ろす。

「第一証人、続行。ヘスタ・クレイ。事故当時の身体条件」

「身長一六九。近距離視力一・〇、遠距離〇・七。透視眼鏡を使用。右手人差し指へ監査染料。座席は第六収容車、右側五番窓。車体先頭へ向く固定席。私は通路側へ上半身を四十五度」

「四十五度の根拠」とセレナ。

「座席右肘掛けに外套の方眼糸が残った。事故後の記録写真にある」

「現物は」

「証拠車へ保管」

「見たもの」

「右の窓枠が青く光った。その後、床の継ぎ目から橙色の炎。天井札が白から黒へ変色。小柄な人物が銅板を胸へ抱え、私の右から左へ通った」

「顔」

「見ていない」

「服」

「暗色。濃紺か黒。火の光では区別不能」

「人物をイヴァ・レイルだと思いましたか」

「三年前の報告では、そう記した」

「現在は」

「小柄な人物。イヴァ・レイルは当時一七二。私より高い。姿勢を低くしていた可能性はある」

「後から知ったこと」

「イヴァが分岐を動かした。銅板が分類原簿だった。連結器が切れた」

「聞いたもの」

「切断音を二回。最初は薄い刃。次は重い楔。間隔は、監査印を二つ押すより短い」

「何秒」

「当時の私は測っていない」

「推測」

「最初に安全封線、次に主連結器」

「推測として記録」

 セレナの羽根が、ヘスタの見た向きだけを淡く再生する。

 青い窓枠。

 床の継ぎ目。

 暗い影。

 画面の外側は黒い。

 ハルは身を乗り出す。

「火の前に匂いは」

「質問許可を」とセレナ。

「質問許可をください」

「採用」

「匂い」

「甘い樹脂臭。その後、焦げた麻。保守液の可能性を考えた」

「三年前に言った?」

「言った」

「記録には」とベル。

 書記が旧判決冊を開く。

「『油臭』」

「保守液と油は違う」とロロ。

「当時の法廷は同一欄へ統合した」と書記。

「また統合かよ。制度って、名前を短くすると責任まで軽くなると思ってんの?」

「発言許可前」とセレナ。

「でも正しいだろ」

「正しさは手続を免除しません」

「正しいのに減点される世界!」

「学院試験で慣れてる」とハル。

「お前は正しくなくても減点されてるだろ!」

 第二証人、サナ・ホルム。

 赤い手袋を外さない。

 外した指の形まで、三年前の記録と照合されるからではない。左手の中指と薬指が完全には曲がらず、寒い車内では痛みが増すからだった。

「事故当時、被移送者。医療資格は失効扱い。第六収容車の前部、通路床で負傷者を処置していた」

「座席ではない」とセレナ。

「座って治せる出血じゃなかった」

「身体の向き」

「患者の頭側を前と呼ぶ。私は患者の左。列車の向きは見ていない」

「見たもの」

「天井から火が降りた」

 代訴官がすぐ顔を上げる。

「第一証人は床からと」

「尋問中です」とセレナ。

「だが矛盾が」

「あなたが急いで育てなくても、矛盾は逃げません」

 ベルが机を指で叩く。

「続けろ」

「火は天井の配管沿い。最初は細い。次に私の右肩側へ広がった。白い袖が火の向こうを横切った。人物は何かを胸へ抱え、私から見て下へ走った」

「下」

「床の低い方」

「通常、床は水平です」

「事故時は違った」

「根拠」

「患者台が頭側へ滑った。血が天井の溝へ流れた」

 法廷車が小さくざわつく。

「血が天井へ」とハル。

「私の見た範囲では」とサナ。「その時、天井だった面へ」

「重力反転を認識していた?」

「後から。現場では、床が私を裏切ったとしか思わなかった」

「聞いたもの」

「一度、大きな切断音。火が広がった後。小さい音は聞いていない」

「聴力」

「正常。ただし負傷者が叫んでいた。私も命令していた」

「何と」

「『三十秒だけ私にくれ』」

「術を使った」

「傷の悪化を止めた。治していない」

「火災前、熱源を使用しましたか」

 サナの赤い手袋が、膝で一度止まる。

「携帯滅菌器」

「燃焼式」

「雷熱式。刃を焼いた」

「保守液が漏れていたと知っていた?」

「知らない。匂いは血と消毒剤で分からなかった」

「あなたの熱源が着火した可能性」

「ある」

「事故原因を認める?」

「原因の一部になった可能性を認める。必要な処置だったことも同時に言う」

「都合がよい」

「都合が悪いから二つ言ってる」

 サナの声は甘くならない。

「私が滅菌しなければ患者は感染で死んだ可能性がある。漏れるべきでない液が漏れた。熱を使った。火が出た。三つを一文へして、『医者が燃やした』と書くなら、書いた奴の指を治す前に折る」

「脅迫」と代訴官。

「治療前と明言しています」とカイル。

「擁護するな、王太子」とサナ。

「はい」

「素直な患者がまた気持ち悪い」とハル。

「お前まで言うな!」

 第三証人、ティア・グランツ。

「事故当時十三歳。王立星航学院の救難観察実習。資格は見習い。右膝に古傷あり、未申告」

「位置」とセレナ。

「第六収容車と証拠車の接続部。床の救難円、中央から一目盛り後方」

「後方とは」

 ティアは口を閉じる。

「当時の記録では『後方』」

「いまの定義」

「救難円の零点から見て、番号が増える側」

「列車の後方ではない」

「必ずしも」

「身体の向き」

「火へ左肩。避難者へ正面」

「見たもの」

「小柄な人物が、私の前へ走った。銅板を持っていた。別の少年が追った。火は私の左。イヴァ・レイルは接続部の向こう、運転台側へ移動した」

「聞いたもの」

「切断音一回。私の号令の後」

「号令」

「『前へ三目盛り』」

「誰に向けて」

「避難者全員」

「前とは」

「救難円の零点方向」

「その定義を放送した?」

「していない」

「全員が救難円を見られた?」

「確認していない」

「なぜ」

 ティアの声が一語ずつになる。

「規格化された号令だと、思っていた」

「誰の規格」

「学院」

「列車側の規格と同じ?」

「確認していない」

「その時、右膝の痛みで位置を一目盛り変えた?」

「はい」

「申告しなかった」

「はい」

「三年前の審理では」

「私の号令は適切とされた」

「現在は」

「参照点のない号令は、適切ではない」

 ティアは言い訳を置かない。

 代わりに、双規刃の目盛りへ右親指を置いた。