第460話 第二章「七人の証人」後編

 第四証人、テト・ヴァン。

「事故当時十二歳。小駅ノルンの信号手伝い。正式な見習いではありません」

「事故車へ乗っていた理由」とセレナ。

「折返し区間の手動信号を運ぶため。中央の自動札が雷で止まった。僕が三角札と横縞札を持って乗った」

「色は」

「言いません」

「なぜ」

「色だけだと、僕は間違える可能性がある。形と縞で記録してください」

「記録」

「位置は接続台の外側。窓より低い。背伸びすれば床面が見える。火は僕の左下。小柄な人が横縞札の方へ走った。だから追った」

「逃走者と思った?」

「信号札を持っていくと思った」

「実際に持っていた物」

「銅板。後で分かった」

「人物の服」

「濃い。色は言わない。袖に細い格子模様」

 ミコの現在の服は無地だった。

「雨の向き」

「上へ降った」

 代訴官が眉を寄せる。

「雨は降るから下だ」

「窓の外から入った水が、僕の頭の上の板へ流れました」

「それを上と」

「僕が立っていた向きでは」

「聞いた音」

「笛。切断音。もう一度、切断音。僕の順番では三つ」

「切断音は二回?」

「最初の笛を、旧法廷は切断音に数えた」

「なぜ」

「証拠車の笛は金属板を叩く。音が似てる」

「今、区別できる根拠」

「笛は余韻が二拍。切断は一拍で終わる」

「十二歳で聞き分けた?」

「駅では毎日聞きます」

「子供の記憶は不確かだ」と代訴官。

 テトの帽子が少し下がる。

「大人の記憶なら確かなんですか」

「一般に経験が」

「僕は十二歳で、あなたより列車音を聞いてました」

「無礼だぞ」

「停車案内です。次は、無礼。降りるなら今です」

 ベルが咳を隠して笑う。

 第五証人、ミコ。

「今日の氏名を」とセレナ。

「ミコ」

「三年前の記録名」

「照合を拒否」

「拒否理由を公開する必要はありません。事故当時の位置」

「第六収容車。銅札棚の近く。座席にはいなかった」

「なぜ」

「水を取りに行った」

「見たもの」

「棚の裏が光った。銅札の端が熱くなった。札へ穴で名前が入っていた。燃えたら、誰が乗ってたか全部なくなると思った」

「持ち出した」

「うん」

「許可」

「取ってない」

「逃げた?」

「走った」

「目的地」

「出口」

「どの出口」

「その時、開いてた方」

「方向」

「火を背中へして、左」

「第三証人は、あなたが前へ走ったと」

「ティアの前は知らない」

「第四証人は横縞札の方へと」

「札は見てない」

「追ってきた人物」

「帽子の子」

「テト・ヴァン」

「今は」

「三年前は知らない」

「切断音」

「一回。足の裏へ来た」

「耳では」

「火がうるさかった」

「雨」

「顔へ当たった。横から」

「どちら」

「私の右頬」

「あなたが銅札を持ち出したことで、証拠管理が切れました」代訴官。

「燃やせば管理が続いた?」

「職員へ渡すべきだった」

「誰が職員か分からなかった」

「イヴァ・レイルがいた」

「見えてない」

「あなたは逃走を助けられたのでは」

「誰に」

「イヴァ・レイルに」

「見えてない人に?」

 ミコは首を傾げる。

「それ、助けられたんじゃなくて、あとから物語へ入れられたんじゃない?」

 セレナの記録筆が一瞬止まる。

「質問に答えなさい」と代訴官。

「答えた。知らない」

 第六証人、オルサ・レイ。

 締結レンチを証言台の外へ預ける。

「事故当時、保守作業員。移送区分は十三番。左小指欠損は事故前」

「位置」とセレナ。

「証拠車と第六収容車の連結器脇。床下点検口」

「見たもの」

「保守液が管継ぎから漏れた。火が走った。ミコが銅札を持って動いた。テトが追った。ティアが号令した。イヴァが運転台へ入った」

「全員の顔を」

「顔はミコとテトだけ。ティアは声。イヴァは外套の裾と三つ編み」

「見分けられた根拠」

「他にあの長さの青い三つ編みはいなかった」

「火の方向」

「下から上」

「サナは上から」

「俺の下と医者の上が同じ面だった可能性は、今は考えてる。当時は知らん」

「切断音」

「二回。俺が切った」

 法廷車の空気が一度、硬くなる。

「何を」

「一回目、安全封線。二回目、主連結楔」

「目的」

「燃える証拠車を医療区画から離す」

「被移送者が逃走できるように?」

「逃げる先は火の向こうだった」

「中央運行院の命令を受けた?」

「受けてない」

「無断切断」

「そうだ」

「イヴァの指示」

「受けてない」

「合図」

「見てない」

「では、なぜ旧判決でイヴァとの共同行為と」

「列車を曲げたのがイヴァ、連結を切ったのが俺。同じ時間に別々にやったから、一つの計画へまとめられた」

「実際には計画がなかったと」

「俺にはない。イヴァの頭は知らん」

「今も彼女を信用しない?」ハル。

「質問許可」とセレナ。

「ください」

「採用」

 オルサはイヴァを見ない。

「信用の話をしてない。見た話をしてる」

 第七証人、イヴァ・レイル。

 被告席から証言席へ移る。

 白い移送票の『証人』へ、書記が一つ穴を開ける。

 イヴァは進行方向へ向く椅子を自分で直そうとし、直せないことに気づく。

「事故当時十五歳。見習い車掌。主任車掌の指示下」とセレナ。

「はい」

「位置」

「第六収容車後端。火災後、補助運転台へ移動」

「見たもの」

「最初の炎は見ていない。保守警報。重力札の反転。第六車の荷重急増。証拠車の連結圧低下。主任車掌が本線維持を命令した」

「あなたは」

「下層折返しへ分岐を変えた」

「無断」

「はい」

「目的」

「燃える証拠車が本線の医療駅へ落下するのを避ける。第六車の負傷者へ重力を戻す。連結器を再捕捉できる保守索へ入れる」

「被移送者の逃走を予見」

「指定位置を離れる者が出るとは予見した。列車外へ逃げられるとは考えていない。外は雷雲だった」

「分類原簿の持出し」

「知らなかった」

「オルサの切断」

「最初の音を聞いた。二度目は運転台の雷音で聞こえない」

「火の方向」

「補助運転台へ入った時、左下」

「雨」

「前窓を上へ流れた」

「時刻」

「第六雷刻四十二分三十秒に分岐。運転台時計」

「ティアの救難記録では四十三分零秒」

「私の時計は校正済み」

「三十秒違う」

「はい」

「どちらかが誤りです」と代訴官。

「そうとは限りません」とエリア。

「時刻が二つ同時に正しいと?」

「まだ何も断定していません」

「ではイヴァ・レイル。あなたは自分が無罪だと」

 イヴァは改札鋏を持っていない。

 それでも、右手の震えを左手で押さえず、机へ置いた。

「国家線妨害の操作はした」

「罪を認める」

「操作を認める。目的は救難。逃走を計画していない。証拠を燃やしていない。連結器を切っていない」

「事故後、十三番分類の輸送へ従った」

「従った」

「何度」

「十一回」

「人を目的地のない設備として運んだ」

「運んだ」

「なら有罪では」

「その責任は争わない」

「矛盾している」

「責任があることと、していない犯罪で有罪になることは別だ」

 七枚目の証羽が伏せられる。

 右。

 上。

 前。

 左。

 下。

 二回。

 一回。

 四十二分三十秒。

 四十三分零秒。

 複数の真実が交差する食い違い〈クロス・ウィンド〉

 法廷は、七つの声を一つの事故へ戻せずにいた。

「ハル」

 エリアが小声で呼ぶ。

「うん」

「どう」

 彼女が聞いたのは、証言内容ではない。

 ハルは目を閉じる。

 言葉が壊れる時に聞こえる、ごく小さなひび。

 自分のため、誰かのため、世界のためと飾った約束の内側で、意味が割れる音。

 ヘスタの声。

 サナの声。

 ティア。

 テト。

 ミコ。

 オルサ。

 イヴァ。

 どこにも、鳴らない。

「誰からも聞こえない」

 代訴官が振り向く。

「それは証言ですか」

「違う」とハル。

 セレナは即座に言う。

「記録から除外します」

「不利だから?」

「再現不能だからです。凪野ハルの感覚は、発生条件、誤差、反証手段が確立していない」

「全員が真実を話している補助には」

「しません」

「彼を信用していない?」

「信用しています」

 セレナの返答は速かった。

「だから、彼一人しか確認できないものへ七人の人生を預けない」

 ハルは赤いマフラーの結び目を締め直す。

 信じてもらえなかったのではない。

 信じたから使わないと言われた。

 それは、信頼としてはひどく不器用で、法としては正しかった。

 ベルが七枚の証羽を見る。

「誰の言葉にも、魔法のひびはない。証拠ではない。だが、少なくとも嘘つきを一人選ぶ近道もない」

 車輪が再び鳴いた。

 法廷列車は次の折返しへ入る。

 七人の証人は、全員違う方向を指したまま、誰一人として言葉を撤回しなかった。