第484話 第二章「一つの避難先」後編
中央への流入は続く。
家畜車から、角のある小獣が二十頭降ろされた。
中央の床は金属で、蹄が滑る。
飼育者が藁を求める。
「標準寝具を」と駅員。
「食べる」
「寝具を?」
「こいつらが」
「食用区画では」
「違う。寝具を食う」
学校車から子供が降りる。
中央照合台が、名前を求める。
メラが前へ立つ。
「今日の呼称だけ」
「戸籍照合が必要です」
「判決書を読んで」
「非常時です」
「非常時に権利が消えるなら、権利は平時の飾り?」
「安全確認です」
「出る切符を先に」
「到着審査後」
子供の一人が、学校車へ戻ろうとする。
中央誘導員が止める。
ハルが間へ入る前に、イヴァが言う。
「本人へ聞け」
「子供です」
「聞けない年齢か」
「判断能力が」
「何を判断する」
「避難先」
「なぜ戻る」とイヴァが子供へ。
「弟の紙、車内」
「弟は」
「別の駅。どこか分からない。紙に顔を描いた」
「取りに戻る危険を説明する。誰かが代わりに取る案も出す。決めるのはその後」
「一枚の紙のために運行を」
政府代理人が言いかける。
イヴァの放送口調が消える。
「一枚と決めるな」
子供にとっては、弟がまだ存在する証拠かもしれない。
セレナが左手で証羽を伏せる。
「記録しないの?」ハル。
「本人の絵を、法廷証拠へしません」
「でも戻る理由には」
「なります」
ロロの補助腕が学校車へ伸びる小型索を出す。
「俺が取る。手間賃一ルク」
「持ってない」
「じゃ、絵を見せろ」
「見るのが代金?」
「仕事の終わり確認」
「成立」
ミラなら金額を分類する。
ロロは工具で分類する。
同じ対価でも、所有のためか、尊厳を残すためかで意味が変わる。
中央駅の外へ、返答不能地域一覧が出た。
百二十三地点。
固定小駅。
移動工房。
季節牧群。
名前のない保守台。
その中に、テトの故郷に近い木造駅がある。
『ヴァン終点・応答なし』
テトの顔から、案内放送の硬さが消えた。
「電力線は」
「外環七十二。暗化」
「救難線」
「中央へ向けて転轍済み」
「じゃ、故郷へ行く列車がない」
「中央へ避難済みの可能性」代理人。
「確認は」
「応答なし」
「応答なしを同意にしないって判決出たばかりです」
「同意ではなく、推定」
「推定を行き先にしないでください」
テトは帽子の鍔を二度叩く。
大きな雷音が鳴る。
彼の身体が一拍固まる。
右足甲の枝状痕が、靴の下で痛むのだろう。
それでも手旗を上げる。
「ヴァン終点へ確認便を」
「列車余力がありません」
「ゼロスター号」ハル。
「片帆、牽引継ぎ損傷」とロロ。
「飛べない?」
「飛べる。帰れない確率が高い」
「行く?」
イヴァがテトへ聞く。
テトは口を開く。
故郷へ。
今すぐ。
その言葉が出そうになる。
しかし救護車には三十一人がいる。
彼は見習い車掌だ。
故郷の子でもある。
「保留」
「期限」
「五分。救護車の停車条件を作ってから、もう一度」
「受領」
保留は逃げではない。
戻る時刻を持つ限り。
七十秒後、中央の収容板へ載っていない通信が来た。
『こちら、季節牧群ナミル。乗客数、零と表示されている』
低い女の声。
背景には、多数の蹄と、木鈴の音。
「実人数」イヴァ。
『人、百九。大型角獣、四十六。小型、二百十二。卵籠、十一。水車二』
「なぜ零」セレナ。
法廷車から、痛む右手を使わず音声で参加している。
『中央登録では、車両でなく移動群れ。線路利用者でなく横断対象』
「中央へ移動希望」
『中央に土はあるか』
「避難床です」政府代理人。
『質問に答えていない』
「家畜区画があります」
『地面は』
「金属床へ敷料を」
『角獣は雷を足へ逃がす。敷料だけでは火が戻る。卵は中央重力で孵らない』
「では現在地維持を」
『現在地の鎖は二本切れた』
「別の安全地」
『東へ一刻の泥島。西へ半刻の水工房。北へ中央。群れは三つへ分かれる希望』
「群れ単位ではなく?」ハル。
『群れは一つの身体ではない』
その言葉は、翠獣環で聞いたものと似ていた。
多数が同じ方向へ歩く時、外からは一つに見える。
同じ方向へ歩く理由まで同じとは限らない。
『子持ちは泥島。水車班は工房。治療が必要な者は中央。角獣の一部は自分で渡れる』
「列車は何両」イヴァ。
『二両借りたい。全部は要らない』
「中央命令は全員を」
『命令へ、うちの人数が入っていないのに?』
政府代理人が収容板を調べる。
「移動群れは、標準旅客数の外部補正へ」
「補正って、何人」ハル。
「平均値です」
「今の百九人は」
「最新報告を反映します」
「反映前は、いなかった?」
「制度上の計算です」
ミコが中央収容板を見る。
「人数に入らない人を、上限へ入るって言った」
「悪意はありません」
「悪意がなければ、零にならない?」
「訂正します」
「訂正できるのはいい。でも、訂正されるまで落ちない仕組みも要る」
セレナが左手で記録羽を立てる。
「移動群れ百九名。中央収容計算へ未算入。発見時刻、記録。計算責任と救難責任を分けます」
「数字を直せば、中央へ入れる」政府代理人。
『入るかは、まだ聞かれていない』
イヴァが一度、息を飲む。
「ナミル。三つの希望を受領。安全条件を確認して、別々の線を探す」
『いつ』
「五分以内に第一案」
『遅れたら』
「泥島へ自力移動を開始。こちらの案を待たない」
『受領』
通信が切れる。
「中央へ来ないのに、命令違反?」ハル。
「今の中央命令なら」とカイル。
「じゃ、守るために反逆者を増やす?」
「それを王命で消せる」
「消す?」
「違反扱いを止める」
「また大きい命令」
「だから、まだ出さない」
カイルは右籠手を左拳で二度叩く。
決断の合図。
しかし決断したのは、命じることではない。
命じないまま責任を見続けることだった。
中央外周の荷重表示が、黄色から赤へ変わった。
人数は上限内。
列車重量が上限を越えた。
「外周第九鎖、百二パーセント!」ロロ。
「車両を切り離して無人化を」と代理人。
「無人にしても重さは減らない」とハル。
「不要物資を投棄」
「何が不要」エリア。
「標準救難目録外」
「弟の絵は」
「私物」
「ロロの工具」
「個人装備」
「サナの副木」
「医療標準に」
「規格外の長さは」
「審査」
「審査している間に鎖が切れる」
「だから標準化が」
「標準に合わない人から落ちる」とハル。
イヴァは中央駅の全列車表示を見る。
自分の停止標は、残り四分。
十八分だけ中央へ寄せる。
衝突は避けた。
その代わり、外周鎖へ荷重が集まった。
「分散させる」と言えば簡単だ。
どこへ。
誰を。
何を残し。
何を動かす。
それを決めない分散は、ただの放置である。
「全列車へ」とイヴァ。
通信が残る範囲へ放送を開く。
「イヴァ・レイルです。中央外周仮停止は、残り四分で失効します」
「各車両は、乗客数だけでなく、車両が現在担う機能、移動不能条件、希望行き先、保留期限を送ってください」
「中央へ行くか、行かないか、二択にはしません」
返答が一斉に来る。
病院。
電力。
学校。
食料。
家畜。
裁判。
名前を出さない生活。
故郷。
まだ分からない。
イヴァは全てを聞こうとする。
左耳を通信板へ。
右耳を車輪へ。
右手で時刻。
左手で鋏。
声が重なる。
「一つずつ!」
放送口調が強くなる。
「順番を――」
中央駅が揺れた。
外周第九鎖。
百五パーセント。
百八。
百十二。
「切れる!」ロロ。
白い鎖が伸びる。
中央へ集まった列車の重さを、一つの線が受ける。
イヴァがトランジットを構える。
「停刻標を」ハル。
「対象が多すぎる」
「一列車ずつ」
「第九鎖へ関わる車両、十四」
「十四回」
「私一人で?」
問いは、誰かへ向けたものではなかった。
それでも全員が聞いた。
イヴァは十四枚の切符を空へ投げる。
鋏を鳴らす。
一枚。
二枚。
三枚。
右手が震える。
四枚目。
心臓が一拍抜ける。
五枚目。
「止めろ!」サナ。
「列車を止める!」
「お前を止めろ!」
六枚目へ鋏が届く前に、外周第九鎖が切れた。
十四両のうち、八両が中央側へ。
六両が外側へ。
病院列車の後半。
工場列車の発電車。
学校車の一両。
そして、ヴァン終点へ続く外環線。
白い断面が、雷雲の中へ遠ざかる。
中央駅の収容板は、まだ表示していた。
『現在収容 二万九千七百六十三』
『収容上限 三万』
人数は足りていた。
線路が足りなかった。