第490話 第五章「投票の時間がない」後編
第二の異議。
工場発電車。
『炉を病院へ全部送れば、外島の揚水が止まる』
「必要電力」ロロ。
『病院七、揚水三、学校一』
「合計十一。炉出力十」
「足りない」ハル。
「数字がそう言ってる」
「一を切る?」
「誰が」
全員が黙る。
「選択肢を絞る者」とカイル。
「構造上、同時全出力で炉が焼ける」とロロ。「安全な案は三つ。病院七・揚水三・学校零。病院六・揚水三・学校一。交互供給」
「医療」
『病院六で人工呼吸は維持。保温四人のうち二人を断熱室へ移す。移動リスクあり』サナ。
「揚水」
『三を切ると島の飲水が六時間後に止まる。二なら十二時間』
「学校」メラ。
『照明は要らない。衛生水ポンプだけ一。手回しなら零にできる。子供と大人二人で交代』
「本人へ負担」
『希望を取る。子供だけへ回さない』
「案」カイル。
ロロが早口になる。
「病院六、揚水三、学校零。学校は手回し。保温二名を断熱室。二十二分後に自由港電池が来たら病院七、学校一へ戻す。炉温上限百八十。超えたら揚水二へ」
「選ぶ者」
「病院患者代表、外島水番、学校車代表、炉運転者」
「四者の合意を待てる?」政府代理人。
「三分」テト。
「間に合わなければ」
「安全下限。病院六、揚水二、学校零。残り二は炉保護」ロロ。
「誰が決めた」
「構造が決める範囲。配分は人が決める」
三分後。
四者は、交互供給を選んだ。
病院七を八分。
揚水三を四分。
学校は手回し。
「短い周期は炉に悪い!」ロロ。
『六分と三分』炉運転者。
「もっと悪い!」
『じゃ十二分と六分』
「患者」サナ。
『十二分なら予備電池併用で可』
「成立」
「俺の承認は?」カイル。
「要らない」と全員。
「少し寂しい」
「権力を減らすって、拍手も減ることです」とセレナ。
第三の異議。
移動群れナミル。
人数としては百九。
台帳上は乗客零。
家畜、荷車、寝台、移動炉、織機、祖先布。
『中央へ全員を入れれば、家畜は外』
「外に置く場所」エリア。
『ない』
「家畜を捨てる?」政府代理人。
『あなたが祖母の脚を捨てるなら』
「比較が」
『あの獣は、祖母を三百日運んだ』
生活は、財産と家族を簡単に分けない。
「選択肢」とエリア。
「中央外縁の荷重棚。南側の旧貨物環。移動群れの現在路へ臨時固定」
『現在路』
「危険」
『知ってる』
「固定時間、四刻。水、二刻。中央へ行く道は後から残す」
『現在路を選ぶ』
「全員?」
『聞く』
「時間」
『五分』
カイルは、待つ。
王太子が黙っている五分は、王命が止まっている五分ではない。
別の赤い命令が、全域を中央へ引き続ける。
待つにも力が要る。
五分後。
『現在路、八十二。中央外縁、十一。旧貨物環、九。保留、七』
「分ける」
『群れを?』
「本人たちが選んだ」
『再集合条件』
「十六時間後、南環。鎖がなければ自由港伝羽。変更可能」
『受領』
赤い鍵の残り、六分。
カイルは、全域投票をしていない。
していないことを、民主的と呼ばない。
本人の選択を全部待てたわけでもない。
医療代理が入った。
構造安全で案を切った。
通信不能地域には何も届かなかった。
それでも、一人が全てを決めるのとは違う。
違いは、結果が善いからではない。
誰がどこを狭めたか。
誰が最後に選んだか。
いつ返すか。
どこへ異議を出すか。
失敗した時、責任が空中へ消えないようにしたことだ。
「監査」とセレナ。
「今?」
「今から。病院牽引停止は目的適合。自由港費用全額負担は予算権限越境の可能性。後日議会承認が必要。移動群れの臨時固定は地域同意あり。ただし七名保留者の安全条件を個別確認できていない」
「厳しい」
「監査者です」
「友人」
「だから後で逃げないよう今言います」
「ありがたい」
「珍しい」
「ハルの言い方、移った?」
「感染性です」
残り三分。
病院列車の牽引が止まった。
自由港電池、到着まで九分。
工場炉、安定。
学校車、手回し衛生ポンプ稼働。
ナミル群れ、三方向へ分割開始。
赤い鍵は、万能ではなかった。
万能でないから、使った範囲が見えた。
「延長要請」とテト。
「どこから」
「北西貨物環。重力固定、残り四分。住民希望の集計途中」
「一度だけ十分延長できる」と政府代理人。
「監査者」カイル。
セレナは記録を見る。
「必要性あり。代替手段なし。範囲を北西貨物環の重力固定と避難選択へ限定。全域延長は認めません」
「承認する」
「王太子が承認するのではなく、発動者として申請を受ける」
「言葉が細かい」
「権力は言葉の隙間から増えます」
「延長、北西だけ」
赤い鍵の光が、全域から一地域へ縮む。
カイルの盾も、小さくなる。
その時。
王家規格光が、二重になった。
中央王府から新たな命令。
『王太子発動の期限付き非常権限を停止する』
『王国非常継承法、第十二条』
『天災時、王国基幹網の統一保持を損なう地方権限は、中央王府が代行停止できる』
「代行停止」とカイル。
「条文は存在します」セレナ。
「成立時代」
「百四十七年前。三王内戦後」
「地方軍が線路を分けた時」
「はい」
「今は軍じゃない」
「条文上、地方権限」
「病院の停車も?」
「含める解釈が可能」
「異議」
「平時なら王国最高院。現在、線が暗い」
「つまり間に合わない」
「法的救済が物理時間へ遅れる」
「法が遅いんじゃない。線が切れた」
「両方です」
赤い鍵の光が、消える。
北西貨物環の延長表示も消えた。
病院列車の王命牽引が再開する。
中央へ。
工場発電車から遠ざかる。
ナミル群れの三路が、一つへ引き戻される。
保留札の上へ、赤い文字。
『同意』
「これが王命」とハル。
「王家名だ」とカイル。
「違う?」
「俺も王家だ」
「じゃ止めて」
「今の俺の権限では、中央王府の継承印を直接消せない」
「王太子なのに」
「王太子だから、王国の制度から外れていない」
「便利じゃない」
「権力が便利だと思ってたか」
「ちょっと」
「俺もだ」
カイルの声が低くなる。
本気の時の声。
「撤回するには、王家内部の命令として出す。中央王府が王の名を使うなら、俺も王太子の名を使う」
「今?」セレナ。
「今出せば、王家同士の競合で全線が停止する」
「止まれば救える列車と、止まれば落ちる列車がある」
「だから、手順が要る」
「投票を待つ時間は」政府代理人。
「ない」
「なら中央案を」
「違う」
カイルは右籠手を二度叩く。
「投票を待てないことと、中央が正しいことは同じじゃない」
「代案が間に合わなければ」
「間に合わせる」
「王太子の熱意は計画ではありません」
「知ってる」
カイルは、消えた赤い鍵の記録へ署名する。
右手は盾籠手で動きにくい。
左手で書く。
字は不格好だ。
王命の印は美しい。
本人の署名は歪む。
「まず、誰が何を失うかを出す」
「全域で?」
「全部は無理だ。だから、分からない部分を分からないまま表示する」
「それで命令を撤回?」
「撤回文だけでは列車は走らない。地域判断を有効にする付属命令を作る」
「時間」
「足りない」
「では」
「足りないことを、中央へ全部渡す理由にしない」
王命の赤い光が強くなる。
法廷車の車輪が中央へ向く。
カイルの期限付き非常権限は、終了時刻を待たず上書きされた。
終わるよう作った権限は、終わった。
終わらない王命だけが、全線へ残った。