第726話 第三章「機関室で死ぬ修理工」後編

 ハルが一次弁へ締付け器を噛ませる。

 残響が灯る。

 右へ四分の一。

 戻し八分の一。

 押し込む。

 工具が自分で動く。

「気持ち悪い!」

「工具へ失礼だ!」

「おまえの手じゃない!」

「バズの手順!」

「もっと気持ち悪い!」

「本人の前で言うなよ!」

「今いない!」

 一次弁が開く。

 冷却圧が戻る。

 主軸の音。

 カン。

 カン。

 コ。

「まだ短い!」

 エリアが床へ四本の線を引く。

「欠け歯は四番ではない。軸が一周する前に位置がずれる。外側の輪が逆回転している」

「外輪と主軸が別!」ロロ。

「住民の足場が回るほど、内側の歯を逆へ押す」

「救助を続けると故障が悪化する設計!」

「誰がこんなの――」ハル。

「誰、より何のため」とセレナ。

「修理工を残すため」とアムナ。

 ノクスが通風管へ頭を入れる。

 二本尾が逆方向。

「ノゥ! グル!」

「焦げ、二か所?」ハル。

 ノクスが噛む。

「翻訳不採用!」

 アムナが油布を二枚出す。

 左右へ置く。

 ノクスは右の布を押し、左を外へ出す。

「右が焦げ。左は別」

 通風管の右奥から、赤い煙。

「炉じゃない!」ロロ。「爆薬管!」

「機関故障へ見せた別系統」とセレナ。

「直しても爆発する」

 ロロの顔が止まる。

 自分が修理を完了しても、部屋は爆発する。

 死亡記録は修理失敗を予測していない。

 修理に残ることだけを予測している。

「機械は直せる」とロロ。

「罠は」とハル。

「直す対象じゃない」

「止める?」

「爆薬管を外す。主軸は交代で保つ。外輪の人を出す」

「ロロが外す?」

「……俺が場所を言う」

 言えた。

 ロロは通風図を床へ描く。

「ハル、右管三番。カイル、盾板で火花を遮る。エリア、外輪へ抜ける路。セレナ、爆薬の刻印。アムナ、人数。俺は――」

「何を」とアムナ。

「交代表」

「機械から離れる?」

「まだ」

 黒板が更新。

 対象、作業を分担。

 対象、主軸へ残留。

「まだ予測内」とセレナ。

「俺が最後に残るところを待ってる」

「先に出る?」ハル。

「それだと修理を捨てるだけ」

「じゃあ」

「交代する」

 ロロは主軸の把手を握る。

 左手。

 補助腕二本。

「三十秒。次、エリア」

「私?」

「寸法を読める」

「肺より腕が先に終わる」

「二十秒。次、カイル」

「右腕は盾で使う」

「左で回せ。本来左利きだろ」

「王族礼法へ反逆する機関!」

「礼法で歯車が回るか!」

「次、ハル」

「左肩」

「腰と右手。十秒」

「セレナ」

「右手首。五秒なら」

「アムナ」

「力、足りない」

「押すんじゃない。数える。交代の空白を一秒作る」

「空白」

「誰も握らない一秒。機械が何をするか見る」

 修理工は普通、機械から手を離さない。

 手を離した瞬間に壊れるかもしれないからだ。

 しかし手を離さなければ、その機械が人の力を前提に壊れ続ける設計かどうか分からない。

「交代開始!」

 ロロ、三十秒。

 補助腕の根元が軋む。

 右手の痺れは使わない。

「二十八、二十九、三十」とアムナ。

 ロロが手を離す。

 一秒。

 主軸は逆回転しない。

 代わりに、床下の補助歯車が自動で噛んだ。

「自動保持がある!」

「最初から人が残る必要なかった!」ハル。

「三秒しか持たない!」ロロ。「でも交代できる!」

 エリア、二十秒。

 カイル、二十秒。

 ハル、十秒。

 セレナ、五秒。

 毎回、一秒の空白。

 施設はその一秒を記録できず、黒板の行が乱れる。

 対象、主軸へ残留。

 対象、退出。

 対象、残留。

 未定義。

「爆薬管、外す!」ハル。

 右管三番へ入る。

 一、二、三。

 残響工具を使わない。

 ロロの口頭手順だけ。

「上の留め具!」

「揚げパン?」

「それは細工具! 今は『焼き肉』!」

「太い!」

「名前で寸法を覚えるな!」セレナ。

「俺の工房では通じる!」

「公的手順にするな!」

「公的にする時は絵を付ける!」

 ハルが爆薬管の留め具を外す。

 カイルの盾板が火花を受ける。

 エリアが外輪へ紙地図を投げる。

 住民が自分で回廊を渡る。

 最後の一人が外へ出た。

「人数!」ロロ。

「住民九。こちら七。全員」アムナ。

「主軸、捨てる!」

 ロロが言った。

 捨てる。

 直せる機械を、今は直さない。

「機関室から出る!」

 全員が走る。

 ロロが最後ではない。

 先頭でもない。

 エリアの次、ハルの前。

 真ん中。

 機関室の扉を越える。

 背後で黒板が光る。

 対象、機関室を退出。

 死亡条件不成立。

「外れた!」

 ロロは振り向いた。

 機関室だけが爆発した。

 白い火。

 壁が内側へ折れ、爆圧を吸う。

 扉のこちらへ熱風。

 カイルが盾を出しかける。

「一人で受けるな!」ロロ。

 六人と一頭が床の防熱板を起こす。

 住民も二枚を持つ。

 爆風を分ける。

 炎が抜ける。

 機関室は黒く沈黙した。

 修理完了とは書かれない。

 ロロは生きている。

 爆発後、ロロは扉の前へ座った。

 壊れた機械を捨てる前に、一度、動いた時の音を鳴らして見送る。

 下面区の機関祖礼。

 しかし模型の主軸はもう鳴らない。

「鳴らす?」ハル。

「俺が鳴らしたら、俺の機械になる」

「違う?」

「生活がないって言っただろ。形だけ。俺の傷を盗って作った」

「じゃあ見送らない」

「証拠は残す」セレナ。

「どの範囲」

「爆薬管、主軸、自動保持。あなたの個人的な工具名は記録しません」

「何で!」

「戦術外」

「揚げパンは重要!」

「公的記録へ食べ物名を入れません」

「差別!」

 ロロの補助腕が少し上がる。

 悲しさが請求へ変わる前に、ハルが横へ座る。

「頼めたな」

「一回だけ」

「フルネーム」

「忘れろ」

「記録した」とアムナ。

「消せ!」

「本人へ返す」

「返されても困る!」

「じゃあ封印」

「そういう問題か!」

 黒板が、壊れた機関室の外へ新しい文字を出した。

 ロロの死亡記録は更新されている。

 作業分担。

 交代。

 機関室退出。

 その下。

 次回、同行者へ作業手順を渡した後、対象は最終点検へ単独帰還。

 爆発。

 死亡確認。

「帰ることまで予測」とエリア。

「俺なら戻る」ロロ。

「今は?」アムナ。

 ロロは黒い扉を見る。

「戻らない」

「機械を捨てる?」

「違う。壊した奴の思った時間に戻らない。冷えて、人数そろえて、証拠保全してから戻る」

「修理は」ハル。

「直す価値があるか、先に聞く」

「冷えてから戻る、を今決める」とセレナ。

「今すぐ戻らないと、証拠が――」

 ロロが言い、止まる。

 黒板が同じ文を待っている。

「証拠が熱で変わる可能性」と言い直す。

「戻る利点、記録」とセレナ。

「爆薬管の切断面。二次弁の位置。主軸へ仕込まれた自動保持の材質」

「危険」

「残火。二次爆薬。床落ち。俺が一人で戻る」

「最後、自分で危険へ入れた」とハル。

「事実!」

「なら対策」エリア。

 扉の隙間へ温度札を三枚。

 上、中、床。

 ロロは再機の残響を、長い棒へ三秒だけ移す。棒を差し込み、内部の弁へ触れさせる。本人は境界を越えない。

「揚げパン、温度確認」

「棒までパン!」カイル。

「長い揚げパン!」

「食べ物を延長するな!」

 残響工具が弁を一度回す。

 機関室の奥で、カチ、と二次点火音。

 全員が伏せる。

 扉だけが爆圧で膨らみ、内側から黒くなる。

「戻ってたら」とハル。

「死んでた」ロロ。

 冗談にしない。

 右手の痺れが三へ上がる。

 吸入筒を一度。

「今、直したい?」アムナ。

「直したい」

「戻りたい?」

「戻りたい」

「戻る?」

「戻らない」

 同じ修理工。

 同じ欲求。

 違う手順。

 ロロは扉へ封印札を付ける。

 冷却時刻。

 再進入人数、最低三。

 技師以外の停止権、一名。

 証拠記録者、一名。

 本人の喘息二以下。

「条件が多い」とハル。

「命を一個で払うより安い」

 黒板は、その条件を新しい標準行動として読み取ろうとする。

 だが、誰が三人になるか、誰が停止権を持つかは空白である。

「人を後で決める」とエリア。

「今の仲間へ固定しない」とセレナ。

「俺の修理を、俺の人格だけへ結ばない」

 ロロは扉へ背を向けた。

 見捨てたのではない。

 次に戻る権利を、一人の衝動から手続へ移した。

 答えた直後、通路全体が動いた。

 橋と婚姻塔と機関室の壁が、白い板へほどける。

 板は床、天井、扉へ組み替わり、八方向へ分かれた。

 正面の黒板。

 既知死亡場所を回避しますか。

 はい。

 いいえ。

 取っ手は二つ。

 今度は誰も、どちらにも触れなかった。

 床が自動で開き、彼らを下へ落とした。

 避けるという選択そのものが、すでに選ばれていた。