第734話 第七章「選ばなかった行動」後編

 第二波。

 火球が六つへ増える。

 罠も学ぶ。

 住民へ板を渡すなら、板ごと吸収炉へ接続する。

 床から赤い鎖が伸び、十二枚を炉へ引く。

「板を捨てる!」ロロ。

「三人が炉裏にいる!」エリア。

「盾を最大なら全員隠せる」とカイル。

 黒板の手順が光る。

 全対象を背後へ集約。

 それを読んだだけで、身体が正しい位置へ動こうとする。

 カイルの恐怖は、火ではない。

 自分が守らなかった誰かの名前を、後で覚えることだった。

「俺が受ける」

 言う。

 ハルが首を振る。

「助けて、って言え」

「王子に命令するな」

「今、指揮者じゃない」

「だから頼みか」

「そう」

 カイルは苺を一つ、半マントの内ポケットから出した。

「なぜ今!」ロロ。

「怖い時の非常食だ!」

「王家の威厳が果物一個!」

「黙れ!」

 苺を握る。

 潰さない。

「助けてくれ」

 声は小さかった。

 それでも、全員へ届いた。

 エリアが路図を六本へ分ける。

 ハルが三人を炉裏から引く。

 ロロが赤鎖を二本だけ外す。

 セレナが吸収値を読み上げる。

 住民は板を持つ者、支える者、火傷へ水を運ぶ者へ分かれる。

 アムナは人数を一人ずつ数える。

 ノクスは十二枚のうち、一枚を列から外す。

「その一枚、何に使う!」カイル。

「ナ!」

「本人の意図は不明!」セレナ。

 外された板が、床の吸収線を一か所だけ切った。

「結果は有効!」

 カイルは最大ではなく、十九で盾を張る。

 強すぎない。

 弱くもない。

 六つの火球を、七つの受け方へ分ける。

 中央炉は臨界へ届かない。

 赤い光が、途中で止まる。

 盾庭の天井が開いた。

 だが、盾庭は六つの火球で終わらなかった。

 中央炉が臨界手前で止まった瞬間、天井の十二孔が一度閉じ、別の音を立てて開く。

 今度は火球ではない。

 細い火槍。

 落下点が小さいぶん、板で受ければ貫く。

 盾で受ければ一点へ負荷が集まる。

 逃げれば、中央の住民九人を追尾する。

「第三波、記録にない!」ハル。

「記録が今作った」とセレナ。

 黒板へ新しい手順。

 分散防御を選択した場合。

 個別防御板を高密度攻撃で無効化。

 対象カイル、最終的に最大盾へ復帰。

「学習が速い」とアムナ。

「いや」とカイル。「速いんじゃない。戻す先が一つしかない」

 どんな新しい選択をしても、最後には古い英雄へ戻ると決めている。

 人は変わる、と言う者の中には、変化を一時的な迷いとして扱う者がいる。

 結局あなたはあなたらしく振る舞う。

 結局王は一人で守る。

 結局子供は親を待つ。

 その「結局」が、予測型の最も頑丈な檻だった。

 火槍、十二。

「最大なら防げる」とロロ。

「炉が食う」とエリア。

「十二を三十未満で受ければ?」ハル。

「一点へ来る。盾面が薄いと抜ける」

 カイルは右腕を上げた。

 肋部が軋む。

 背中の古傷が、息を短くする。

 それでも王盾炎は応じる。

 二十八。

 二十九。

「カイル」とエリア。

「まだ最大じゃない」

「最大の一歩前は、最大へ行くための位置」

 王盾炎が三十へ触れかける。

 吸収炉の目盛りが跳ねる。

 その時、二度。

 カン、カン。

 板を持った男が、停止合図を鳴らした。

「左が痺れた! 交代!」

 カイルの炎が一瞬揺れる。

 過去の彼なら、聞こえなかったふりをした。

 聞けば自分の集中が乱れる。

 乱れれば全員が危ない。

 だから、守るために他人の限界を後回しにする。

 今は、右腕を下げた。

「交代!」

 言い直す。

「俺も!」

「誰と!」ハル。

「誰でもいい!」

「雑!」

「選ばせろ!」

 足首を痛めた少女が、床に座ったまま手を上げた。

「板は持てない。でも、盾の留め索なら引ける」

「力が要る」

「座ったまま両足で引く」

「足首」

「右は痛い。左は動く。勝手に全部壊すな」

「……頼む」

 カイルは王盾の左端へ、王家の紋章索を外した。

 本来、王以外が触れてはならない。

 儀礼上の禁忌。

 罠にとっては、想定外の手すり。

 少女が左足へ索を掛ける。

 板を持たない若者が、出口の継ぎ目から反射板を一枚剥がす。

 老女が水槽の蓋を鏡にする。

 布を巻いた男が右腕だけで板を立てる。

 ハルは移動索を火槍の間へ張る。

 エリアは路図を線ではなく点へ分ける。

 ロロは床溝へ短螺子を三本噛ませ、流れる熱の行き先をずらす。

 セレナは十二孔の開閉差を読み上げる。

 アムナは名前ではなく、役割と停止条件を二度復唱する。

「鏡、鏡。右へ一」

「水、水。板三へ半口」

「索、索。痛み三で離す」

「板持ち、板持ち。右腕だけ」

 カイルが叫ぶ。

「俺の盾を、六枚に割る!」

「能力の分割は未登録!」セレナ。

「盾そのものじゃない。受ける場所を分ける!」

 王盾炎は一枚である。

 だが、六つの反射面へ当てれば、六つの薄い影になる。

 炎の本体は十九。

 鏡へ三。

 水膜へ二。

 板へ一ずつ。

 少女が引く索で、左端だけ角度が変わる。

 十二の火槍が落ちた。

 一本目、王盾。

 二本目、反射板。

 三本目、水膜で散る。

 四本目、金属板を貫くが床溝へ落ちる。

 五本目、ハルの索を焼く。

 六本目、ノクスが尾で外した板へ当たる。

「ナアア!」

「熱いなら離せ!」ハル。

 ノクスは離す。

 命令ではない。

 選択である。

 七本目から十一本目。

 住民が互いの板を傾ける。

 十二本目は、カイルの顔へ来た。

 右腕は遅れる。

 左手が先に出る。

 王家の訓練で矯正される前の手。

 曲がった金属板を左で掴み、火槍を受ける。

 板は割れた。

 炎が頬を掠める。

 誰かの水が掛かる。

 誰かの索が肩を引く。

 誰かの声が「下がれ」と命じる。

 カイルは下がった。

 王が一歩退く。

 それで、中央の九人は前へ出られた。

 第三波の後、火傷は三人。

 老女の指先に一度。

 布を巻いた男の右前腕に二度。

 カイルの左掌に二度。

 セレナは傷を数え、誰の勇気が上かは数えなかった。

 アムナは記録の許可を一人ずつ聞く。

「火傷は医療情報。名前と一緒に残していい?」

「治療担当だけ」と男。

「役割は?」

「板を持った、まではいい。家を失った話は出すな」

「分かった。分かった」

 少女は、自分が板を持たなかったことを公開してよいと言った。

「持たないのも役割だったって残して」

 老女は焦がした鍋の話を残すなと言った。

「そこが一番、役立ったのに」とロロ。

「商売の信用が落ちる」

「百回焦がして今さら!」

「百回は話を大きくした」

「証言の信頼まで焦げた!」

 笑いながら、カイルは左掌へ水布を巻く。

 自分で結ぼうとして、片手ではうまくいかない。

 足首を痛めた少女が結んだ。

「王子、締めるよ」

「頼む」

「痛かったら二度鳴らす?」

「口で言う」

「進歩」

 王太子は、国民に進歩判定を受けた。

 罠より厳しい。

 だから、罠より信じられた。

 黒板が書き換わる。

 対象、全対象を背後へ――

 消える。

 対象、住民へ防御を分配。

 対象、最大出力を回避。

 対象、指揮権を失効後も――

 消える。

 対象、住民指揮へ従属。

 対象、救助要請を発声。

 その下。

 次回標準行動。

 未定義。

「初めて」とアムナ。

「俺が決められない王子になったからか」

「違う」とハル。

「何が」

「一人で決めない王子になった」

「美談にするな。怖かった」

「それも記録する?」セレナ。

「公開範囲を聞け」

「王太子殿下が苺を握りながら――」

「そこは封印!」

「制度上、封印理由が弱い」とエリア。

「王家の安全保障!」

「苺で揺らぐ王家なら先に改訂しろ」とロロ。

 笑いが起きる。

 住民の一人が、曲がった板をカイルへ返した。

「殿下」

「何だ」

「守らせてくれて、ありがとう、は違うな」

「違う」

「一緒に逃げてくれて、ありがとう」

「それなら、受け取る」

 カイルは板を左手で持った。

 本来の利き手。

 黒板の未定義は、消えなかった。

 未来がなくなったのではない。

 施設が、次に誰へ命令を渡すか決められなくなったのである。

 未定義という文字は、勝利宣言ではなかった。

 分からないから安全、ではない。

 分からないものを危険として切り捨てる制度もある。

 分からないものを、都合のよい物語で埋める王もいる。

「この未定義、次にどう使われる」とカイル。

「不明です」とセレナ。

「不明のまま?」

「現在は」

「なら、俺の記録を消せとは言わない。何を入力にしたか、見せろと要求する」

 セレナが頷く。

「公開範囲は」

「王盾の出力、負傷、指揮手順は公開。苺は――」

「公開」とハル。

「なぜお前が決める!」

「非常時の食料管理」

「私物だ!」

「非常食なら公共物」とロロ。

「それなら修理食も公共予算で買え」

「工具に食べ物名を付けて予算を食うな」とエリア。

 議論は、出口が開くまで続いた。

 カイルは最後に、住民九人へ頭を下げた。

「守った、と王家の記録へ書かせない。共同で退避した、と書く」

 出口を見ていた若者が答える。

「書くのは勝手だ。でも、俺は後で訂正できる?」

「できるようにする」

「王子が?」

「王子だけではできないようにする」

 その答えに、若者は初めて笑った。

 黒板の下へ、小さな文字が増える。

 次回標準行動。

 未定義。

 補記。

 対象外部者の選択に依存。

 予測施設は、他人へ渡された選択をまだ死に方へ変換できない。

 カイルは左手で曲がった板を持ち、右腕を休ませた。

「行くぞ」

「誰が決めた」とハル。

 カイルは一拍だけ黙り、九人を見る。

「行ける者から。行けない者は言ってくれ」

 王の号令としては、ひどく長い。

 人の声としては、ようやく短かった。

 出口へ向かう前、カイルは盾庭の床へ七つの質問を書いた。

 何人いる。

 誰が動けない。

 誰が動きたくない。

 何を守ってほしい。

 何を守られたくない。

 誰が途中で止められる。

 終わった後、誰が訂正できる。

「王盾の詠唱?」ハル。

「次に使う前の確認」

「長い」

「最大盾より短い」

「詠唱中に火が来たら」とロロ。

「全部を聞くまで盾を出さない、ではない。分かる範囲を言い、分からない範囲を隠さない」

 セレナが書き加える。

 緊急時、一時防御を開始しても、本人の拒否が確認された時点で方法を更新。

「拒否で盾を消したら危険」と板持ち。

「消す、分ける、位置を変える、別の人へ渡す。方法を一つにしない」とカイル。

 彼は左掌の水布を見た。

 傷は軽い。

 次の章では動ける。

 だからといって、受けた理由まで消えない。

「この板、持っていく?」板持ちが問う。

 曲がった金属板。

「王家の展示室へ置けば、共同防御の象徴になる」とカイル。

「嫌」

「では置かない」

「直して、次に使う」

「王盾の代わりに?」

「王盾と一緒に。王子が一人で持たないように」

 ロロが板を受け取る。

「修理費」

「誰へ」とハル。

「王家と住民、半分ずつ」

「住民に払わせるな」とカイル。

「じゃあ王家七、住民三。住民分は使用権」

「商売が政治より細かい!」

「細かくない政治が壊したんだろ」

 カイルは反論しない。

 未定義の下へ、新しい行が増える。

 対象、次回行動を事前質問へ依存。

 施設は質問の答えを持たない。

 なぜなら、答える人は次回ごとに違うからである。