第756話 第六章「拒否したまま共有する」後編
敵映像が更新された。
今度は、七面王都全体が中央広場へ避難している。
整然とした列。
白い旗。
王家の盾。
美しい。
「味方映像?」門守。
「出典、敵投射網」とリゼ。
「内容は王家防災計画と一致」と門守。
「敵がこちらの計画を使った」とユノ。
「正しい避難像を敵が流した?」
「正しい一案を、唯一の現在として」
中央広場の地下には、古い熱交換管がある。
人が集まり過ぎれば、南避難所と同じ熱が上がる。
「映像を消す!」
「消さない」とユノ。
「人が集まる!」
「白縁を付ける」
敵映像にも。
味方が以前作った予測にも。
ユノは弓を取る。
右手薬指が痛む。
「使用一分。以後、演奏停止」とリゼ。
「監督が厳しい」
「兄さまは痛みを美しい姿勢で隠す」
「姿勢は美しくありたい」
「痛み三」
「二」
「顔は三」
「顔の監査が流行っている?」
「友人が増えた」
弓を引く。
音が鏡へ走る。
敵投射――白縁。
出典、敵側。
作成時刻、未確認。
構造条件、中央広場熱管。
実現確度、人流により上昇。
王家旧防災像――白縁。
出典、王家。
作成年、災害前。
現行構造と不一致。
ユノ自身の避難予測――白縁。
出典、ユノ。
確度、暫定。
編集意図、中央集中回避。
「自分の像にも」と門守。
「味方だから真実、にしない」
「王家の面子」
「面子で熱管は冷えません」
七面王都の鏡へ、白い枠が増える。
美しい像ほど、枠が目立つ。
演出を演出として示す。
ユノはかつて、争いを止めるため人が信じやすい像を選んだ。
今は、信じやすさそのものを危険情報へ含める。
中央広場の人流は止まらなかった。
映像を見た者。
見ていないが隣人へ聞いた者。
王家の旧避難訓練を覚えている者。
情報は、表示を拒否しても口から口へ移る。
「熱管、圧力上昇!」
地面の鏡が赤く曇る。
「南避難所へ逆流まで九分!」
「中央広場を空ける!」
「どこへ!」
北門、崩落条件。
東水路、逆流。
西鏡塔、倒壊予測。
全て危険。
「西端市の外周路」と門守。
「受入れ拒否中」と別の役人。
「避難情報だけ共有する条項を」ユノ。
「今から条約?」
「永続条約ではない。九分の通行条件」
「西端市は同盟映像を拒否している!」
「映像を送らない」
「人は送る?」
「西端市が選ぶ」
ユノは境界へ走る。
走る姿は優雅ではない。
右手を胸へ押さえ、面布の端を踏みかけ、砂へ膝をつく。
リゼが先に境界板を叩く。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
七。
八拍目。
境界番が出る。
「中央広場、何人」
「推定千六百」
「映像を持ち込む?」
「持ち込まない」
「王家旗」
「外す」
「武器」
「封印」
「通行後、同盟参加と記録する?」
「しない」
「西端市の路を地図へ公開?」
「公開範囲は市が決める」
「受入れは三百。残りは」
「別路」
「全員じゃないと救わない?」
「救える人数を救う。残りを理由に三百を落とさない」
境界番が木板を裏返す。
そこに、西端市側の地元記録。
外周路の崩落確度六割は、古い王都図に基づく。
市側は三日前に支柱を交換している。
現行確度、二割。
「記録を公開しないと言った」とユノ。
「結論だけ返すと言った」
「これは理由も」
「今、必要だから」
「同盟参加?」
「違う」
「救難協力?」
「九分だけ」
「成立」
「契約みたいに言うな」
「九分後に終了します」
西端市の門が、人三百ぶんだけ開く。
門が開いても、最初の列は動かなかった。
「案内索へ右手」と境界番。
先頭の女性が、手を引く。
「触らないで」
「触覚案内を選んだのでは」ユノ。
「市が選んだ」
「あなたは」
「肩へ触られるのが嫌」
「では床板」
「足裏が鈍い」
「熱板」
「火傷痕がある」
用意した三つの方法が、全部使えない。
選択肢を三つ置けば自由になる、とは限らない。
三つとも同じ身体を前提にしていれば、一つの命令を三色に塗っただけである。
「何なら分かる」とリゼ。
「風」
「風向き布?」
「見たくない」
「音?」
「低い音。高いと耳が痛い」
ユノはヴァイオリンを持つ。
右手薬指は痛み二。
演奏すれば、王家の音として人を従わせる可能性がある。
「僕の音は嫌?」
「知らない」
「試して、嫌なら止める?」
「止める合図」
「左手を二回叩く」
「見えない」
「床を足で二回」
「分かった」
低い一音。
空気が振動する。
方向を示すのではない。
南門の安全域へ置いた土管が、同じ音を少し遅れて返す。
女性は反響の差を聞く。
「右」
「そう」
「正解を言わないで」
「失礼」
彼女は一歩進む。
二歩。
三歩目で止まる。
床を二回踏む。
ユノは即座に音を止める。
「何が」
「聞かないで。今は止める」
「承知」
後ろの列が詰まる。
「急いで!」
女性が肩を固くする。
ユノは振り返る。
「この列の停止は九十秒まで。待てない人は左の熱板路へ。彼女へ進行を命じない」
「一人のために列を分けるのか!」
「一人を除外した列を、全員の列と呼ばない」
九十秒後。
女性は自分で音の再開を求める。
低い一音。
南門へ進む。
「何が怖かった?」リゼが問う。
「聞かない約束」ユノ。
「兄さまにじゃない。本人に聞いた」
女性は少し考える。
「昔、音に合わせて歩かされた」
「今も音」とリゼ。
「今は、止められた」
同じ技術でも、停止権が誰にあるかで意味は変わる。
ユノは自分の演奏へ白縁を付けない。
代わりに、音を止めた時刻を記録する。
正しい案内を示すことより、案内を拒めた証拠を残す。
映像は流さない。
路面の凹凸。
熱板。
風向き布。
肩へ触れる案内索。
見ない者にも届く避難情報。
残り千三百は、北門と東水路へ分ける。
誰も中央広場へ残さない。
ユノは幻を使えば、全員へ一瞬で道を見せられる。
使わない。
道案内の速度は落ちる。
人が迷う。
説明員が必要になる。
権利には費用がかかる。
費用がかかるから権利を外すのではなく、費用を制度へ載せる。
「案内員、足りない!」
「王家護衛を半分」とユノ。
「あなたの護衛が減る!」
「王家の面子で熱管は冷えないと言いました」
「命も!」
「僕の命一つを、千六百人より重く表示しないでください」
丁寧な口調。
だが次の瞬間、耳鳴りが高くなり、敬語が落ちる。
「リゼ、右」
「熱板?」
「違う。鏡塔の影」
西鏡塔が倒れる。
予測より早い。
中央広場から外周路へ移る人波の振動が、塔の古い基礎へ入った。
「予測外!」門守。
「予測に人流変更が入っていない!」ユノ。
「白縁!」
「間に合わない!」
塔の鏡面が、巨大な刃として倒れる。
西端市は映像を見ていない。
ユノはヴァイオリンへ手を伸ばす。
幻で塔の落下位置を見せれば、速い。
見ない選択を破る。
手を止める。
「床!」
リゼが額縁を地面へ叩く。
鏡像へ確度を示す縁色を付ける術〈トゥルース・フレーム〉を、像ではなく影の縁へ使う。
倒れる塔の実影。
地面へ白い線が走る。
映像ではない。
現物が作る影の境界。
同時に境界番が警告板を三度踏む。
太い振動。
倒壊。
西端市の住民が、白い影線から離れる。
塔が落ちる。
鏡面が外周路をかすめ、七枚へ割れる。
破片の一枚が、ユノへ向かう。
リゼが彼の上着を引く。
ユノは右手を突き出さない。
薬指、使用禁止。
左肩で転がる。
破片が白い髪を一筋切った。
「兄さま」
「怪我は」
「私に聞く?」
「現在の君に」
「なし。兄さま、右手」
「痛み三」
「演奏停止」
「承知」
塔の倒壊は止められなかった。
人は巻き込まれなかった。
真相を表示することと、物理危機を止めることは同じ一手ではない。
【現実/西端市外周路・仮設食卓/覚醒/熱管圧力低下から四十分】
西端市は、同盟映像の受信を拒否したままだった。
王家の防災像も。
敵投射も。
ユノの予測も。
代わりに、危険板の形式だけを七面王都へ渡した。
凹凸。
熱。
風向き。
裏面に出典。
見たい者だけが裏返す。
「参加ではない」と境界番。
「記録します」とユノ。
「拒否を?」
「拒否したまま共有したことを」
「英雄談にするな」
「しません。受入れ三百。案内遅延十二分。倒壊塔一。負傷七。公開しなかった支柱交換記録が判断を遅らせた。王家側旧図が更新されていなかった」
「こちらの失敗も書く?」
「僕の失敗も」
「何」
「見ない人へ、見ない方法まで僕が設計しようとした」
「してた」リゼ。
「君は早く言って」
「言った。兄さまが美しく聞き流した」
「美しさが罪状へ入る日が来るとは」
「前から入ってる」
食卓には、鏡を使わない土器が並ぶ。
ユノは自分の顔が映らない皿を珍しそうに見る。
「王子様、鏡なしで飯食える?」境界番。
「口の位置は知っています」
「確度」
「九割」
「残り一割」
「耳鳴りが強い日に、杯へ話しかける」
「兄さま」とリゼ。
「冗談です」
「白縁」
ユノは空中へ四角を描く。
「冗談、八割。過去の実例、二割」
境界番が初めて笑う。
ユノは音の鳴らない鏡片へ、新しい白い筋を一つ刻む。
リゼの「見ない」印の隣。
同盟映像、拒否。
避難情報、条件付共有。
理由、部分非公開。
「遠い札へ伝わる?」境界番。
「伝わりません」
「なら何のため」
「次に会った時、こちらが勝手に『全都市が参加した』と語らないため」
航路札は今を遠くへ送らない。
後の再会で、過去を一つにまとめないために残す。
旧反射塔が七回光る。
ユノは八つ目を光らせない。
西端市も、光を返さない。
返さないことを、敵対とも同意とも数えない。
一都市は、同盟映像の受信を拒否した。
それでも、危険情報だけを共有し、人を三百人受け入れた。
同盟へ入らなくても、同じ空を救うことはできる。
その事実は、どの美しい映像より説明しにくく、どの映像より長く残った。